Grimoire
第七話 The Grimoire of Armadel:アルマデル奥義書





お前の生きたいように生き、お前の死にたいときに死ね。
我々はその選択を自ら決めることのできる権利を得たのだ。
貴様は権利を得たのだ。

「俺はアンタを許さない。許すものか。」

ならば、私を殺しに来い。
今、お前が十字架を握り、剣を私に突き出したように。
私を殺しに来い。
殺すために生きろ。

「殺してやる。殺してやるさ。お前が殺してきた人間の分だけ殺してやる。そして後悔させてやる。」

そうだ。
そうだ。
貴様はそうでなくてはならぬ。
貴様は私の罰だ。
私が犯してきた罪の罰だ。
罪人は必ず咎められなくてはならぬ。
罪人には必ず罰を与えられなくてはならぬ。
私を殺しに来い、シトリー。
私はそのために貴様を吸血鬼にしたのだ。

「だが、私は貴様を殺さねばならぬ。私の望みのために。私の100年のために。シトリー、我が罰を滅ぼさせねばならぬ。」

ヘルシング邸の地下をアスカはゆらゆらと歩いていた。
昔を思い出す。
それは遥か昔。
だが、アスカはその時の記憶を鮮明に覚えていた。

「殺してやる。今度こそ。今度こそ。」

廊下の端にアーカードが立って居る。
そこはアスカの部屋の前だった。

「―――だが、お前はもう吸血鬼狩りなどできやしない。」

にいっとアーカードが笑った。
アスカが睨む。

「今朝はヘルシングの屋敷に吸血鬼が侵入したらしいじゃないか。」

楽しいそうに言うアーカードを無視してアスカは与えられている自室へ戻ろうとドアノブに手を差し出し、扉をあけた。
終始アスカは黙りこくったままだ。
しかし、アーカードは続ける。

「お前の寝床の真上に立たれたようじゃないか。」

アスカの動きが止まる。
アーカードはにっと笑うとアスカの肩を掴み、部屋へ押し込んだ。
突然、押されたアスカは思わずゆらゆらと足元を迷わせる。
しかし、瞳はアーカードを睨んだままだった。

「本当は、貴様、気づかなかったのではないのか?本当は奴の気配に気づけなかったのではないか?」

ぱたん、とドアが閉まる。

「ふざけるな!」
「ふざけているのは貴様だろう!?アスカ!」

怒鳴り声と共にアーカードはアスカの胸ぐらを掴み、引き寄せた。
まるで狼のような鋭く恐ろしい視線をアーカードは浮かべる。

「吸血をやめて何を考えているかは知らぬが、その足元が覚束無ぬ身体で何ができる?太陽の日を浴びただけで、油断すれば肌を焦がす貴様に何ができる?」

胸ぐらを掴むアーカードの姿はまるで鬼の様な姿であった。
しかし、その姿に怯むことなくアスカはアーカードを睨み、口角を上げた。

「貴様、私の何を見た?私の心の破片を見つけて、はしゃいでいる様じゃあ、世話ないね!」

床へアーカードはアスカを振り落とした。
床に叩きつけられたアスカは小さく呻き、それでも自分を振り落としたアーカードを睨んだ。
二人の尖った視線が交差する。
しばらくしてアーカードは視線を離すとテーブルの上の皿に目をやった。
皿には並々と血が盛られている。
その皿を目にしてアーカードは鼻で笑った。

「自慰行為の途中だったのか。」

皿に盛られているのはアスカ自らの生き血であった。
吸血できぬ吸血できぬ欲求は毎晩、アスカを苦しめる。
それを唯一凌ぐ方法が、自らの血を啜るということだった。
まるでそれは男が毎晩、女の身体を想像して行う自慰行為に似ている。
アーカードは自分を睨むアスカを見て、にいっと笑う。

「お前の主はこれを知っているのか?」

アスカは答えない。

「知るはずがないよな。知られたら困るからな。お前は彼女にとって強くて理性のある吸血鬼なのだから。」

近くにある木製の椅子にアーカードはどかりと座り、床に這い蹲るアスカを見下ろした。
頬杖をついてアスカをただ見つめる。
透き通るほど白い肌にはアーカードの残した手形が残っている。
赤々とそれはくっきりと残っている。

「アスカ。」

アーカードの言葉にアスカは反応する。
それはアスカの生き血が盛られた皿をアーカードが掲げたからだ。
そしてその皿はそのまま反転され、ぼとぼとと床に零れ落ちてゆく。

「すまぬ。零してしまった。」

ぼたぼたと床に零れ、じわじわと床に広がる。
貴様、とアスカは言葉を発しようとしたが、歯を喰いしばってそれを飲み込んだ。
それはアーカードが何を考えているか分かっていたから。

「どうした?アスカ。舐めないのか?」

アーカードの足元にアスカの血の血溜まりが出来ている。

「お前の大切な大切な血だぞ?お前の身を粉にして産んだ前の欲求を癒してくれる血だぞ?」

生唾を飲み込む音がする。

「舐めないのか?這い蹲って、床に顔を押し当てるようにして、舐めないのか?」

舐められるはずがない。
アスカはぐっとアーカードを睨む。
不死の王を前にして這い蹲って足元を舐めることなど、アスカは絶対にしたくはなかった。
出来ない。

「舐めろ。吸血鬼ならば、這い蹲ってでも舐めろ。」





アスカが燃やした樹をインテグラルは睨みつけるように見つめた。
黒々と灰と貸した樹の根元には真っ黒焦げの鴉の死体が放置されたままだった。
インテグラルが最も後悔しているのは、吸血鬼の許してしまったことだ。
今回は被害が無かったことが不幸中の幸いであるが、吸血鬼の侵入を許してしまったことは最強のヴァンパイアハンターとしての名に傷を作ってしまった。
インテグラルは歯を喰いしばる。

「インテグラ。」

名を呼ばれ振り返る。
そこにはウィネが立って居た。
赤髪を一つに束ね、紅い口紅を唇に塗っている。

「インテグラ、お時間、あるかしら?」

鋭いウィネの視線にインテグラルは一瞬、驚いてしまう。
初めて見る彼女の鋭い視線だ。

「公務が終われば。」
「ならばいいわ。公務が終わったら貴女に相談したいことがあるの。」

ウィネが薄っすらと笑った。

「わたしのために、時間を割きなさい。インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。」

彼女の笑顔の奥の狂気を初めてインテグラルは見た気がした。
何か得体の知れないものがインテグラルの前に居て、微笑を浮かべている。





ずずず

「美味いか?」

ずずず、ずずず・・・

「美味いか?自分の血は美味いか?アスカ!」

這い蹲って血を啜っている。
アスカがアーカードの足元で両手をついて、這い蹲って、己の血を啜っている。
その姿が面白く、楽しく、愛おしくてアーカードはたまらなかった。
黙々とアスカは血を床から舐め取る。

「アスカ。麗しのドラキュリーナ。」

一滴も落とすことが出来ないアスカはアーカードの靴に跳ね返った血も舐め取るべく、舌を進める。
ちろちろとアスカは舐めた。

「違えるな、アスカ。お前は吸血鬼なのだ。」

アーカードの腿の辺りをアスカは舐めた。
長い赤い舌でアスカはアーカードを舐め続ける。

「貴様は吸血鬼なのだ。」

アスカの蒼い瞳にアーカードの姿が写りこむ。
アスカが一瞬、笑った気がした。








to be continued...
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