TRI TAMARS





ナイトモンのテイマーがデジタルワールドにログインをやめてから数ヶ月がたった。連絡ひとつよこさないテイマーにさすがに心配になった彼は連絡を煎れた。毎日仕事が終わると欠かさずログインして、ファームの世話を焼いてくれていたこころやさしいテイマーがまさかの放棄を決め込むとはどうしても思えなかったのである。休みになると遊びに来てくれる人間がいたから、ある程度交友関係は把握していた。結婚していて、子供がいる。ナイトモンよりずっと小さいこの子供は、テイマーにとってナイトモンたちと同じくらい大事な、もしかしたらそれ以上に大切な存在だといわれたことがある。人間はそういうものだ、と聞いていたから違和感はなかった。たんにうれしかっただけだ。それくらい大事にしてくれているとわかったから。


50日目になって、やっと返事が届いた。愛娘が亡くなったのは不幸な事故だった、とテイマーは返した。デジモンと違って人間は死んだら生き返らない。だから死んでしまったら、それはもう大変なことになる。あんなに元気だった子が、とファームのデジモン達は動揺したが、テイマー曰くデジタルワールドでは問題なく生活できても現実世界だとそうはいかない、それなりに難しい病気だったという。現代医療では完治が難しく、ずっとずっと長い間つきあっていかなくてはいけない、そんな病気。突然だったらしい。そしてこの49日間は突然亡くなった愛娘のための日だったという。それなら仕方ない。今だってきっとそれどころじゃないはずだ。それなら元気になったら帰ってくればいい、とナイトモンは返した。


ありがとう、がテイマーのメッセージだった。


そして、ログインしなくなってから1年がたった。ナイトモンはクレニアムモンに進化した。テイマーのいないファームは荒らされやすいのだ、敵影を確認するたびに撃退していたら気づいたら経験値がすさまじいことになっていた。デジタルワールドもテイマーの事情が事情である、ある程度考慮はしてくれていた。本来こなすべきノルマを免除してくれたおかげで、なんとかデジモンの力だけで回すことができた。テイマーが帰ってくる、とメッセージが届いたとき、デジモン達は歓喜に沸いた。

そして。


「みんな、紹介するよ。うちの家族になったミコトだ」


テイマーのうしろにひっついたまま、じっとこちらを見つめている少女がいた。


「いろいろあって、この子はうちの家族になることになったんだ。ほら、ミコト


こくん、とうなずいた少女はおそるおそる歩き出す。


「わたし、ミコトです。9さいです。よろしくおねがいします」


ぺこり、と大きくお辞儀をした少女にデジモン達はきょとんとした。よく遊びに来ていたテイマーの娘と同い年なのに、こんなに小さくてこんなにやせっぽっち。でもいい子なのは間違いない、テイマーの新しい家族なのだから。にこにこしながらみんな応じた。人間のことはよくわからない。テイマーが家族と言ったら家族なのだ。クレニアムモンとなっていたナイトモンにテイマーは驚きながらも今までファームを守ってくれてありがとう、と笑った。そしてこっそり事情を教えてくれた。

テイマーの奥さんは体が弱く、もともと子供を産むことも命がけだった。2人目は無理だといわれていた。幸せな9年間だった。でもこんなことになってしまい、途方に暮れていたテイマーと奥さん。49日がすぎたころ、事件が起こった。お隣さんが借金を苦に失踪、小学校に通っていたミコトはたった一人置き去りにされてしまい、いつまでたっても迎えに来ない両親により失踪が発覚したらしい。両親の家族は海外にいる。引き取れそうな環境にいる人間がいない。途方に暮れていたミコトに家族にならないかと声をかけたのは、奥さんだったという。愛娘と一緒に保育所にいつも通っていたため顔なじみだった。施設に送られるかどうかの瀬戸際、どうしても見ていられなかったらしい。右翼曲折経て、ミコトは家族になったという。人間は大変なんだなとしかクレニアムモンは思わなかった。

今日から現実世界は連休らしい。久しぶりに帰ってきてくれたテイマー、遊びに来てくれた奥さん、そして新しい家族のミコト。デジモン達はどうやって歓迎しようかずっとずっと考えてきた。そのサプライズパーティが開幕したと同時に、テイマーと奥さんはうれしそうに笑った。居心地悪そうにしているミコトがクレニアムモンは気になったのである。


「どうした、食べないのか」


とりわけられたケーキを片手にミコトはうつむいている。


「たべる。たべるけど、××ちゃんも食べたかったのになって。わたしが食べちゃってもいいのかなって」

「××には××用に用意してあるだろ」


供えられているケーキを見て、ミコトは首を振る。


「違うのか」

「××ちゃん、デジモンさんのこといつも話してた。かっこいいデジモンさんがいるって。今度遊びにいこって。わたし、ひとりできちゃった」

「××は喜んでくれるだろうが怒ったりしないだろう。ミコトも知っているだろう」

「うん」

「でも嫌だと」

「うん」

「ケーキを食べない方が怒ると思うがな」

「ほんと?」

「ああ」

「……食べる」

「ああ」


ミコトの立場はなかなか複雑だ。テイマーと奥さんをお父さん、お母さん、と呼ぶには、おいていったお父さんとお母さんから許可を取らないといけないらしい。ミコトは置いて行かれる前から喧嘩の絶えなかった家が嫌で、よくテイマーの家に避難していたらしいから、あんまり帰りたくないそうだ。人間は本当に難しい。


ミコト

「なに」

「助けて欲しかったら、私を呼ぶといい。必ず助けてやる」

「ほんと?」

「ああ」

「ほんとのほんと?」

「もちろん」

「ほんとのほんとのほんと?」

「ああ、ミコトが私の名を呼んだら必ず。コレを持って行け」

「これなに?」

「お守りだ」


テイマーから預かった子供用の携帯電話を渡す。どうすればいいか使い方を教える。××からかっこいいデジモンさんだと聞いていたクレニアムモンの言うことの方が、テイマーと奥さんよりも素直に聞けるらしい。遠慮がどうしても先に来てしまうかわいそうな5才の女の子にクレニアムモンは何度も言って聞かせた。





そして、1ヶ月後。





「いくら父親、母親とはいえ、自分の子供を平気で置き去りにするような連中になにができる。ほんとうにミコトを幸せにすることなどできると思っているのか?」


小学校からの帰り道、突然現れたお母さんに無理矢理連れて行かれそうになったミコトは無我夢中でクレニアムモンをよんだ。こんなに早く出番が来るとは思わなかったクレニアムモンである。ファームから現実世界に直通のホールを通り、守るように前に立ちはだかる。なにやらわめいている男に目をやる。お父さんではない男。コレが噂の不倫相手か。本当に人間は難しい。


ミコトに何をさせるつもりだ、こんなものを持ち込んで」


児童ポルノを連想させるおぞましいアイテムの数々を提示すれば、二人の顔は青ざめていく。お隣で聞こえてくる音にテイマーたちが気づかないとでも思っていたのだろうか!どこまで我がテイマーを馬鹿にすれば気が済むのだ。クレニアムモンは怒りのあまり剣を振り上げる。ひいっと男は後ろに下がる。女は警察をと叫ぶ。


「冗談も休み休み言え。こんな目に遭わせておきながら何を抜かす」


テイマーが撮影していた保護当時の写真を見せつければ、母親だったはずの女は仕方なかったのよと自己弁護に走り始めた。アザだらけの体、気まぐれに優しくしたり怒鳴り散らしたりする男、助けてくれない母親、ミコトがどれだけ心細かったか、寂しかったか。××という友達がどれだけ心の支えだったか。××の死がなければ、きっと仲むつまじい姉妹がいたはずなのに。そう思うとクレニアムモンはやりきれないのである。男を優先してしまう女だったのだ、子供を持つべきではなかった。わき上がる怒りを向けたところできっと二人はわからないだろう。


「わああっ」


ミコトが抱きついてくる。クレニアムモンはしっかりとミコトを抱きしめた。


「いっただろう、私の名を呼べば必ず助けに行くと」

「うん、うん、ありがとうっ」


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