Iam loving2



ぴんぽーん、とチャイムが鳴る。

「こんな時に誰よ、もう。大輔、出てー?」

「えっ、僕?お姉ちゃんは?」

「私は忙しいの!」

「僕もゲームいいとこ!」

「あーはいはい、お姉ちゃんのデータから好きなモンスター持ってっていいから、お願い」

「え、ほんと!?やった!」

せっかくの土曜日だというのにパソコンとテレビを占領され、朝からずっとスタンバイしている姉に追いやられている。買ったばかりのテレビゲームができないとソファに寝っ転がって携帯ゲームをしていた大輔はようやく立ち上がった。ゲーム機を持ったまま玄関に向かっていった大輔を見届けて、ジュンは首に引っかけていたヘッドフォンをつける。

今朝からジュンはずっとぴりぴりしていた。

ほんの一週間前にあった2月28日の電子機器の不具合のニュースのせいである。お台場霧事件、もしくは光が丘テロ事件の関係者、そして未だに犯人が捕まらない電波傷害事件を覚えている世間に味を占めたメディアにより、この手の事件はとりわけ大きく報じられる。まだ一般人が気軽に情報を発信できない時代だからメディアといった一部を対応すればいいが、そのうちデジタルワールド側の隠匿工作にも限界が来る時代が絶対にやってくる。2月28日は閏年に伴う電子機器の不具合が原因であり、デジモンは関係ないとゲンナイさんから回答をもらえるまでは気が気ではなかったのだ。

あーよかった、で、気づいたら3月4日である。ジュン以外の子供達は緊張感から解放されてのんびりとしたものだ。ジュンだって未来予知に近い知識が無ければそうしたかった。現段階で警鐘を鳴らすのは不可能だ。だからせめて迅速に対応できるようにしたかった。

お台場霧事件以後、ジュンは選ばれし子供たちのネットワークの拡大に尽力してきた。光子郎やハーバード大学に通う小学生に話を持ちかけ、増え続ける選ばれし子供たちの情報交換や交流を兼ねた場が必要だと提案したのだ。それはお台場小学校にパソコン部を作る大義名分にもなり、ジュンがお台場中学校との連携を促進させるお膳立てにもなった。デジモンを知っている子供達のコミュニティとお台場霧事件や光が丘テロ事件に類似した出来事を語るようなコミュニティを作った。光子郎はどっちも行き来しながら、ジュンと手分けしてゲンナイさんにデジモンの関わりが疑われる事件について情報を提供するよう関係は強化されている。

なにせ選ばれし子供達はもちろんデジモンたちも、去年の12月31日の深夜、その情報伝達の拙さにより酷い目にあったのだ。ゲンナイさんたちとの連絡手段が確立していなかったせいで、偽物のメールに誘き出された。しかもデビモンによる分断作戦を再現され、みんなばらばらに飛ばされ、異次元に幽閉されてしまった。その上、再構成前のダークマスターズに蹂躙されたデジタルワールドで、歴代のボス達を一気に相手にしなければならないという無理ゲーを強いられた。新たな仲間である秋山遼がいなければ間違いなく詰んでいた。もし、アイドルコンサートに遠征にいっているジュンがゲンナイからのSOSに気づかなければ、きっと幽閉されている世界がミラーワールドだなんて気づかないまま、遼は太一達を見つけることができなかったに違いない。この教訓から、ホウレンソウは大事だとみんな学んだのだった。

選ばれし子供達の掲示板で、ジュンは正体不明のデジモンに注意喚起するゲンナイさんからのメッセージを受け、直感したのだ。冷戦時代のアメリカで製造され、2002年に遺棄される運命にある核兵器の1つが何者かにハッキングされ、お台場近隣に着弾するという大事件が起こったことを知っている。歴史の授業で必ず習う出来事だし、デジタルモンスターについて調べると一度は目にする超弩級の有名デジモンだ。今でこそデジタルワールドに受け入れられる形で転生し、テイマーにも愛好家が多いこのデジモン。原始のデジタルモンスターそのものの生態をしているため、人間世界との共存を決めたデジタルワールドにとって最も忌避すべき存在であり、本来のデジタルモンスターを愛好、もしくは誇りに思っている者達からは神聖視されている。たった40分の奮闘はデジタルワールドの冒険で何度も読んだから知っている。ジュンが何もしなくても大丈夫だとはわかっているが、できることなら協力したいと思うのはテイマーの端くれだからだ。

3月4日はジュンにとってまさにXデーなのだ。この日ばかりは友達との予定は入れなかったし、なにもしないと決めていたからほかには見向きもしないつもりだった。なのにまさかの訪問客である。ジュンは集中力が切れてしまった。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、空さん」

「え、空ちゃん?」

「うん」

「あれ、なんか約束してたっけ?」

「お姉ちゃん、はやく!どっか出かけるのになんでそんなゆっくりしてるの?」

「えっ、ちょっとまって、え、嘘」

きょとんとしているジュンに、はやく、と大輔は急かす。サッカー部の上下関係は絶対だ。たとえ空がすでにサッカー部を辞めてお母さんから華道を習い始めていたとしても、かつて太一とツートップだった彼女は大輔にとって尊敬すべき先輩であり、絶対に逆らえない先輩である。はやく!とよほど急かされたのだろう、大輔は騒がしい。さすがに空だとは思わなかったジュンである。一応、2月28日の事件については子供達に通知はしてあるし、何かあったらすぐに連絡するとは伝えてあるけども。なにかあったんだろうか。立ち上がったジュンを後ろから押していく大輔はどこか楽しそうだ。

「おはようございます、ジュンさん。遅いから迎えに来ちゃいました」

そこには、明らかに何処かにお出かけにいく格好をした空が居た。

「あーうんおはよう、空ちゃん。ごめん、今日なんか約束してたっけ?明日じゃなかった?」

「今日もですよ、ジュンさん」


たしかに空と遊びに行く約束はしていた。高校受験を控え、志望校を事前に見に行くために靴を新しくしたいと言っていたら、お誕生日が近いという情報も相まって一緒に買い物にいくことになったのだ。3月4日はもちろんNG,だから5日にしたはずなのだが。疑問符がとんでいるジュンに、空は教えてくれた。ゲンナイさんからデジモンは関係ないと教えてもらったとき、ミミはこれでハワイにいけると喜んだ。いいなー、と反応した空に、じゃあ二人でどっかでかけようかと提案したのがジュンだというのだ。そういえばずっと抱えていた緊張感から解放された矢先だったから、そんなこと口走っちゃったよーな、してないような。

「たしかにそう言われてみれば、そんな気が・・・・・・あっちゃー、ごめん。すっかり忘れてた。ちょっとまってね」

「お姉ちゃん出かけるの?」

「うん、出るわ」

「やった!」

「そーだ、大輔。ちょっといい?」

「なに?」

「もし太一くんか光子郎くんから電話がかかってきたら、私の電話に掛けるよういってくれる?あるいは頭に
171ってつけてね」

「うん、わかった。でも171ってなに?」

「お台場霧事件みたいな事件が起こったら使える留守番電話のことよ」

「わかった!」

去年、大輔はなんだかわからないけれど、とっても怖い思いをした、というぼんやりとした記憶が残っている。ジュンの言いたいことはすぐわかってくれた。

「わー、ごめんね!すぐに着替えるから待ってて!あ、あがる?」

「いいですよ、待ってます」

空はなんとなく予想はついていたようで、気にする様子はない。一つのことに集中すると周りがみえなくなる男の子を空はよく知っている。ジュンが似たようなタイプだと知っていれば、こうもなる。それにどこか噂話をする女の子のような、妙に生き生きとした、楽しそうな雰囲気がある気がする。ジュンは不思議に思いながら自分の部屋に引き返した。

ネット環境につなぐことができればいいのだ、最悪。なら、そういったところを選んで買い物なり遊び場を決めたりすればいい。必死で頭を回転させながら、ジュンはよそ行きに着替えて玄関に向かった。

「聞きましたよ、ジュンさん」

「え、なにが?」

「太一からキャンディもらったんですよね?あの太一から。ね、どうでした?」

「どうって、おいしかったけど」

「そっちじゃないですよ−」

空はどこか楽しそうだ。それはもう芸能人の恋愛模様を好き勝手かき立てる雑誌のごとく、好奇心に満ちあふれた顔をしている。にこにこ笑っている空に、以前のバレンタインデーを思い出したジュンはしまったと血の気がひく。結局あのキャンディーの入った袋、間違えてない?って返そうとしたら、引っ込みがつかなくなってしまったのか、やけくそになった太一からあげると言われてそのまま逃げ帰られてしまったのだ。さすがにわざわざ届けに行くのも、もし光と会ったら太一が余計かわいそうなことになる。というわけで結局太一の間違えてしまったホワイトデーのお返しはジュンが美味しくいただいたのだ。賞味期限が当日だったから仕方ない。てっきり太一は太一で別のプレゼント用意したと思っていたのに、なんだこの会話。もしかして太一君、クッキー渡しちゃったんだろうか。さすがに小学生である。込められた言葉に一番敏感な時期だ。

空は太一がジュンに好意があり、キャンディを渡したと思ってしまっているのだ。この反応は脈なしといっていいだろう。応援する体勢にはいている。

「太一に聞いても教えてくれないんですよね。昨日怒って電話切られちゃって」

そりゃ怒られるわよ、空ちゃん。片思い相手になんて話題ふっかけるの。知らないとはいえ、その事態を招いてしまったジュンは罪悪感が山積していく。いたたまれない。こんな空気の中連携とらないといけないとか普通にきつい。せめて、せめてフォローしなくては、とジュンは言葉を紡ぐ。

「私は相談に乗っただけよ、相談」

「え、相談ですか?」

「うん、そう。好きな子に誕生日プレゼントあげたいんだけど、なにがいいかなって。文房具とかいろいろ考えてはあげたけど、やっぱり一番は自分で考えた方がいいって教えてあげたわ。素直に伝えられないなら手紙にしたらってね」

たんなる相談相手だとアピールするつもりで言ったのだが、空はくすくす笑い始めた。

「空ちゃん?」

ジュンさんってほんとに大人の駆け引きって感じですね。だから太一、あんなこといってたんだ、ふふ」

振り回されてる太一っておもしろくて、と残酷すぎる言葉が聞こえてしまい、うわー、とジュンは心の中で叫ぶ。どうしてそっち方面に受け止めてしまうのだろう、空ちゃんは!

「いや、だからね?私は相談にのっただけよ?」

「そうですよね。うん、ジュンさんは相談に、ふふっ」

なにやらツボに入ってしまったらしい。涙すら浮かんできた空は、恋愛話にテンションがあがるミミのように意気揚々としている。とりあえずこちらが太一に気がないとアピールできただけいいとしよう。

「あ、ジュンさん。こんなときくらい、パソコンはなしですよ」

「えっ」

つづく





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -