これから始まる後日談
「また喧嘩したの、大輔?」
「姉ちゃん」
「ったく、パートナーデジモンと選ばれし子供は一緒にいないと駄目だっていってるでしょ?」
「でも、オレだって一人になりたいときだってある!」
むくれる大輔にジュンは苦笑いした。
大輔はパートナーであるブイモンといまいち仲がよくない。
もうひとりの自分だってジュンから聞いたときは、うそだろ、しか浮かばなかったようだ。
たしかにブイモンはジュンの知っている《デジタルワールドの冒険》に出てくるブイモンとは似ても似つかない。その理由をようやく知ったばかりだ。
ブイモンにとってデジタルワールドの危機も、デジタルワールドの冒険も、初めてではなかったのだ。それもパートナーである大輔を差し置いて、である。秋山遼という少年と共に冒険を繰り広げたというブイモンは、きっと特定のパートナーでなければ通常の進化ができないという制約をかいくぐるデジメンタルによるアーマー進化とジョグレスという特異な能力があったから、特別に呼ばれたのだ。大輔にとっては初めてでも、ブイモンにとっては全てが二度目という落差。頼りにはなるけれど、その思い出を語るとき、知識を語るとき、その側に居たのはきっと秋山遼だった。今まで意識したことが無かったにせよ、彼がこうして目の前に現れた。そしてブイモンがその再会を喜んだ。遼には野生のデジモンから進化したというサイバードラモンがいたので今回は同行しなくていいといわれたとき、残念そうな顔すらした。これはもう大輔にとってとても面白くない。
たとえ、大輔が選ばれたきっかけであるカイザーの目的が遼の救助をするために、ミレニアモンによって時代を飛ぶという途方もないことをやらかすためであり。その目的を阻止し、賢にその方法を一緒に探してやるから一緒に来いと引っ張り込むことに成功したとしてもだ。京や伊織と共にそのために一生懸命時を超える方法を探し回り、ゲンナイさんを通じてホメオスタシスに接触、ようやく原始のデジタルワールドにいくことができた。そして、はじまりのデジタルワールドで、大輔達は本来存在しないはずの選ばれし子供として、世界を救うことになった。賢にとっての悲願である遼との再会。そして同じ時代への帰還。
とんだ放課後の大冒険になってしまった。
ミレニアモンと融合したサイバードラモンは再構成され、デジタマになった。
今は大輔達は復興しつつあるデジタルワールドの手伝いに追われている。遼がいることで大輔はなおのこと疎外感を感じるらしい。寂しそうな顔をしている弟を慰めつつ、ジュンは笑った。
「押して駄目ならひいてみればいいんじゃない?」
「え?」
「ブイモンは普通のパートナーデジモンとちょっと違う出会い方しちゃったから、大輔の特別感をまだはっきりと自覚できないのよ。なら自覚させてあげればいいんじゃない?」
「でもそれってかわいそうじゃん」
「じゃあ大輔ばっかり寂しくていいの?」
「それもやだけど」
「ならやってみなさいよ、いっぺん」
「でも思いつかねーよ」
「そお?ならいいこと教えてあげるわ。遼君のデジタマ、孵ったんだって。さっき連絡があったわよ」
「ほんとに!?」
大輔の目は輝いた。生まれたときから世界を滅ぼしてしまうほどの強大な力をもってしまったミレニアモンは、遼というパートナーがいながら一緒に居られない運命にあった。それがようやく転生することで叶ったのだ。記憶があるのか、ないのかはわからない。でもよかった。涙が止まらなくてみんなに笑われたことを思い出すと恥ずかしくなってしまうが、いいのだ。心が温かくなるから。それに遼にパートナーができたことで、大輔はようやく安心することができる。だから遼のパートナーの誕生は大輔にとってなによりの朗報だった。
「いってみたら?」
「おう、そうする!姉ちゃんは?」
「私は新しいデジモンについてのデータをゲンナイさんに渡す仕事があるからもちろんいくわよ」
楽しみよね、新種のデジモン。ウインクするジュンにそっちかよと大輔は肩をすくめた。相変わらずだ。
ジュンと大輔が遼の家を訪ねると、それはもう大騒ぎになっていた。
「元気な幼年期ねえ」
「すっげえ、金ぴか」
「大輔のデジメンタルみたいね」
「奇跡の?あれ、時間制限あるから難しいんだよな。マグナモンつよいんだけど」
「ウォレス君もだっけ」
「運命だっけ」
遼はあちこち動き回っているパートナーを捕まえようと躍起になっているのだが、現実世界は知らないモノが一杯だ。はじまりの街で過ごしてきたこの子は、目移りするようで、その小さな体で跳ね回っている。刃がでている小さな金色のデジモンは、全身が光り輝いていてちょっとまぶしい。刀の角が重いのか、バランスが悪いのか、よくあらぬ方向に転がっていく。大輔達がきているとやっと気づいた遼は、ようやく腕の中に収まった新たな相棒を抱えて玄関にやってきた。
「あ、進化した」
「時間経過、うん、正常ね」
時計を確認したジュンはメモをとる。
「来てくれたんだな、二人とも。あれ、大輔、チビモンは?」
「あー、今は京んとこにいるよ」
「また喧嘩したのか?いいことだけどほどほどにしろよ」
ブイモンと大輔の心の距離を知っている遼は苦笑いだ。パートナーを持たない選ばれし子供という存在だった遼にとっては、パートナーが居る大輔のような子達がなによりもうらやましかったのだ。その告白を受けた今となっては大輔だって意固地になるほどばかじゃない。あいまいにうなずいて、大輔は名前を聞いた。
ジュンによれば時間経過による通常の進化をとげた金ぴかのデジモンは、やっぱり金ぴかだった。
頭についていた角が1本になり、左右についた。そして小さな四本脚がついた。ようやくバランスがとれるようになったようだ。それでも好奇心旺盛で落ち着きがない性質は変わらないようで、遼の腕から抜け出すと勢いよく廊下に突撃していく。急に立ち止まったかと思うと後ろ姿がじたじたしている。
「わーっ、なに刺さってるんだよ、そこ階段!」
思わずジュンと大輔は笑った。
「二人とも手伝って!抜けない!」
遼の必死のヘルプにあわてて二人は駆け寄った。
どうやらこのデジモンは転生前のことをなにも覚えていないようだ。生まれたときから超究極体だった前世のことを幼年期が覚えているのはあまりにもハードルが高かったらしい。まだしゃべれないらしく、不思議な音を発している金色の幼年期に大輔達は自己紹介をした。
「しばらくはこいつと一緒にいるよ。まだ進化できそうにないし、ついててやらないと」
「ってことは、しばらくは一緒に復興手伝えそうにないわね」
「ごめん。やっぱりさ、パートナーには一緒に居てやりたいんだ」
初めての自分だけのパートナーはやっぱり特別らしい。夢にまで見た、自分だけのパートナーである。遼の気持ちは痛いほど伝わってきた。遼はいろんなデジモンと仲良くなり、しかも進化させることができるという、テイマーとして卓越した能力を持っている少年だ。不可能を可能にする、とまで言われたのは、本来パートナーありきのデジモンを進化させることができるから、に他ならない。それでもいずれ去って行く彼らの背中を見送るのは多くの旅路の終わりだった。それが終わった。もしかしたら遼のその才能はこのパートナーを得たことで二度と発揮されないかもしれないが、それは遼とパートナーなのに一緒に居られないミレニアモンの悲劇の終わりでもある。それでいいのだ、きっと。
「じゃあさ、パソコン部で姉ちゃんの手伝いしてくれよ」
「それくらいならいいよ」
「ほんと?助かるわ、ありがとね」
「こいつもチビモンたちと仲良くなった方がいいもんな。分かった、今度連れてくよ」
「あ、でも、パソコン壊さないでね?」
「が、がんばる」
そして翌日。不機嫌なチビモンが居た。みんなかまってくれない。そそっかしい遼のパートナーは、あっちゃこっちゃに跳ね回り、その対応に追われている、心なし大輔も楽しそうだ。むー、という顔をしているチビモンである。幼年期で両手足が発達しているデジモンは非常に珍しいのだ。そもそも数が少ない。二足歩行でいろいろと行動できるのはチビモンの特権だった。移動にパートナーを必要としないのはチビモンだけだったからだ。でもライバルができた。金ぴかのデジモンは四つ足歩行ではあるけれど、自由に動き回るのだ。しかも突撃して曲がれないという面白すぎる特性を持っている。つられて笑ってしまうし、話題の中心にもなる。今は戸棚に突き刺さり、大輔が何やってんだよと取り外しているところだった。チビモンはむっとする。そこおれのせきなのに!
「だーいしけー!」
後ろから飛びかかってくるパートナーにのしかかられ、後ろからすっころびそうになる大輔はどこかうれしそうだった。素直じゃないんだから。ジュンは肩をすくめた。