輪廻迷宮
現実世界には同じ顔の人間が3人は居ると言われている。いわゆる他人の空似ってやつだ。でも考えてもみてほしい。デジタルワールドで遊ぶアバターは、それこそ探せばもっともっとそっくりさんはいるはずだ。なにせ顔の特徴を決めるパーツの数が限られているからだ。もちろん出回っているパーツの多様性は現実世界に存在しないものもあるから、選ぼうと思えば多種多様だ。でも髪や目の色、肌の色といった特徴を決定するパーツの数は把握できないが、プレイヤーによって選びたくなるパーツの傾向というのはやっぱりあるようで、はじまりの街ではどこかでみたような、が頻発する。だからどこかしらで差別化を図ろうとするのだ。そう、今の私のように。
「た、たしかに似てるわね」
「似ているのではなく、本人なのだろう?ごまかさなくてもいい。なぜ私から逃げようとするのだ、マスター」
「いやだから、アタシ、ほんとに知らないからね?みてよこれ、どこをどう見ても今日始めたばかりのビギナーでしょ?」
あわててIDカードを差し出す。カードの色はビギナー共有の指定された色であり、振られているナンバーは10桁だ。私は今日初めてデジタルワールドにログインした、本物の初心者なのだ。この時代にパソコンにネットがつながってないとかどういう生活をしていたんだ、と言われそうだが、弁解させてほしい。私は苦学生だった。家庭は不仲ではないが貧困とテレビで特集されそうな人間であり、ずっとガラケーで過ごしてきた。ネットを見るだけならガラケーで事足りるし、スマホは高い。もちろんガラケーでデジタルワールドなんて高性能なオープンゲーム、できるわけがない。そんな私がなんで始めたのかと言えば、就職して一人暮らしを初めて半年、ようやく趣味にお金をぶち込めるだけの余裕ができたのだ。SNSでつながっている人たちがやたらとスクショを張るものだから、うらやましくてたまらなかった私は我慢できなかった。デジタルワールドにデビューすると宣言したところ、心優しいフレンドさんたちが友達枠を埋めてくれた。おかげで初心者によるソロプレイにしてはずいぶんと充実した資金で開始することができた。ついでにキャンペーン中だった、あるコラボ先のアバターを入手することができた。これをつけていると、本来なら進化形路を開拓するのに膨大な時間を要する特殊な進化先が解禁されるというのだから、初心者はこれをつけてやれ、が攻略ウィキの一行目に書いてあるレベルのものだったのだ。つまり、私みたいなビギナーはそれこそいっぱいいるはずなのだ。どうして私はいきなり強そうな竜人みたいなデジモンに絡まれてるんだろう?
「・・・・・・たしかにそうだな」
「でしょう!?だからね、よく考えてみてよ。あなたを育てたっていうテイマーさんは、きっとこの世界が始まったばかりの頃からいたんでしょ?そんなの、百戦錬磨の伝説級のテイマーじゃない。普通に考えて。それに比べたら、私はまだ卵から孵ってすらいない雛なわけでしょ。間違える方が失礼よ、もっと自分のテイマーさんのこと誇りに思うべきよ」
なにいってんだろ、私。どうして知りもしないデジモンに対してこんな熱弁振るわなきゃいけないんだって話なんだけど、こうでもしないと納得してくれそうにないから仕方ない。
「世の中にはよく似てる人間が三人はいるっていうわ。誰が言ったかしらない、いい加減な噂話だけど。似ているのは事実みたいだし、いいんじゃない?」
「似ている、いや、正直マスターそのものじゃないかと一瞬思うくらいには似ているんだ」
「そんなに言われると逆に気になってくるわね、あなたのマスターさん」
ねえ?と私は孵ったばかりのチコモンに問いかける。まだおしゃべりすることはできないけども、意思疎通はできるらしく、くりくりとした黒い目がほころび、にぱっと笑う。かわいい、となでなですると音符が飛んだ。降ってくる嫉妬じみた視線が居心地悪い。頼むからそんなに威圧しないでほしい、この子がかわいそうじゃないか、こんなに大きなデジモンに睨まれたら。そうたしなめようとしたけれど、どうにも幼すぎて怖いという概念がないらしい。きゅいきゅい笑っている。肝が据わっているというか、図太いというか、無邪気というか、毒気を抜かれてしまい私は笑うしかなくなる。
そう、私が入手したのは、数多の進化先が約束されているチコモンである。古代種は寿命が短いけど、デジメンタルの入手法法が鬼畜だと聞いていたのでワクチン種のチコモンだけど。そう、この子は古代種の血を引く現代種、いわゆる末裔ってやつだ。寿命が長いし、進化できるし、デジメンタルにも対応している故に進化先が多様で初心者でも対応しやすい高スペックという長所だけ抜き取ったような種族。ほんとキャンペーン中でよかった。本来なら恐ろしく出現率が低いらしいから。今始めたら一番最初のデジタマとしてもらえるとしって、私はいまここにいるのだ。
「見ず知らずの私でよかったら話聞くけど。どうしてマスターさん探してるの?」
「・・・・・・私は探しているのだ、なぜ私を置いていなくなったのか知りたくて」
「え、まさかいきなり居なくなったの?」
「いや、兆候はあったと今なら分かる。思い悩んでいたようだから」
「ほうほう。それってあなたの言ってたロイヤルナイツってギルドのことよね?やっぱりギルドマスターって大変なの?」
「ああ、大変なのは否定しない。よくも悪くも個性的な奴らばかりだし、よく対立もする。マスターはよくやってくれていた。まさか私たちに任せて引退するとは思わなかった」
「デジモン達に任せて、か。すごいわね。みんな究極体って話だし、心配いらないって思ったんじゃないの?」
「それにしたって一言でも残してくれれば私は」
「まあ、現実世界(リアル)は非情に残酷なときもあるとしか言いようがないわね、それ。ほかのメンバーも探してる感じなの?」
「ああ。でも、彼女がいなくなってから長いこと経つ。もう戻っては来ないのではないかと皆、あきらめかけているのが現状だ」
「そうなんだ」
「彼女が初めて育てたデジモンもチコモンだといっていたことを思い出してな」
「へえ、そうなんだ。なんか親近感わいちゃうわね」
「彼女は凄腕のテイマーだった。そのチコモンはロイヤルナイツの始祖となり、寿命を終えたあとはデジタマになることを拒否してデジゲノムの海に還った。おそらくビギナー達のデジゲノムに解けているだろう。もしかしたら、君のチコモンがそうかもしれないな」
「そっかあ、それだけ大好きなテイマーだったのね。それだけ想われるテイマーになれるよう私もがんばらないと」
「・・・・・・君ならきっとなれるさ」
「お世辞でもうれしいわ。ありがとね。・・・・・・と、そうだ。悪いんだけど、私、ほんとにデジモンの名前わからないの。教えてもらってもいい?」
「ああ」
お別れの流れにもっていこうとするのを察知してか、それはもうあからさまにテンションが下がっていくのをみてしまうと罪悪感がわいてしまう。寂しそうな、悲しそうな、なんともいえない沈黙がさすがにかわいそうになってきた私は、まだ空きがあるフレンドの欄に登録することにした。笑顔になられると胸が痛くなるわ。
そして、私の名前を見て、何度か呟いた彼は名残惜しそうに振り向きながら帰って行った。恋に恋する乙女かよといいたくなる挙動だった。でも、SNSで聞いてみたら、ロイヤルナイツの創立はこのゲームが始まった本当に最初期だから、ゲーム時間で考えるとそれはもう神代の時代になるらしい。彼らの言うテイマーは実在したわけではない。そういう設定なのだ。当時のテイマーで継続している人はほんとうに少人数みたいだから、リアルが忙しくなったというのが定説のようだ。いつか帰ってきてくれると信じてずっと守り続けているデジモンたちだけの異色のギルドとか、もうこれだけで話が1本作れそうな濃さがある。面白いイベントだったね、と言われたけど、さすがにかわいそうだったから喜べないかなあ。
この日を境に、私が実績を上げるたびに何かと声をかけてくれるロイヤルナイツの面々が増えたのはうれしいけどね。
「アヤ」
「どうしたのよ、こんな遅くに」
「どうして最近呼んでくれないんだ?なんだ、私が役立たずだと言いたいのか?君のデジモン達は私よりずっと弱いじゃないか」
「いや、あの、あなたの出番はまだだから」
このころになるとロイヤルナイツの面々は究極体だと知った私である。まだまだ私の所属するギルドはレベルが低いからイベントなどではお世話になるけど、そんな日常的に頼むことはない。さすがに資金稼ぎにロイヤルナイツにヘルプを頼むとかどこの恥知らずだって話だし。というか呼んでないとかいってるけど、ロイヤルナイツの面々がこのイベントにこないかとよくメッセージ飛ばしてくるから、なんだかんだで三日に一回ペースで呼んでるんだけど。まだ足りないって?高レベルのデジモン対象のイベントクリアのために、いろんなプレイヤーさんからひっぱりだこのロイヤルナイツさんが?そんな馬鹿な。
たしかにかつてのマスターさんにそっくりな私が頼ってくれたらうれしい気持ちはわかる。複雑だけど。ランキング1位をずっと守っているかつてのマスターさんに近づいていくにつれて、彼らの注目度がどんどん上がっているのは自覚している。けどさすがにこうも理不尽なこと言われたら困る。社会人の私はもっぱら活動が夜なのだ。数少ない時間をゲームに当てているんだから時間だって限られてくる。やりたいことたくさんあるのに、こうも勝手にいろいろされると困る。せめて時間を選んでほしい。
「あのね、もう夜も遅いからあなたも寝た方がいいんじゃない?」
「君はいつも夜に起きるだろう?」
「ああうん、そうだけど」
こっちの住人からすれば、ログインするまでは寝ている認識なのはわかっている。じろりとにらんでくる巨体はさすがに威圧感が半端なくて怖い。さすがは世界の最強セキュリティと名高い円卓集団。デジタルワールドで唯一ギルドに人間がいない異色の集団。どうしよう、と考える。
「じゃあ、今日は私たちがどれだけ成長したかみててくれない?最近物騒だからって、こういう依頼が出てるの。こっち襲撃される前に手を打たなきゃ」
「・・・・・・!ああ、わかった。たしかに君たちは奇襲をかけられたら、あっさり死にそうだからな。背後は任せてくれ。守ってみせる」
「えっと、守っ、見守って、ね?」
「ああ、もちろん」
「ならいいのよ、いいのよ、うん」
うれしそうにうなずく究極体はその外見とギャップが大きくてかわいいと想う、素直に。ただ。
「アヤ」
「なに?」
「君は私を捨てないだろう?突然いなくなったりしないだろう?」
こう、暗い瞳で問いかけてくるのは、背中がひやひやするからやめてほしいと心から想う。これがキャンペーンの特典とか運営はどういう考えなんだろうと疑問が飛ぶけども、SNSのみんなは面白がってくるから困る。悪のりしたら悪化しそうだから無難な対応しかできないんだけど。
「しないわよ、しないしない。みてよ、このレベル差。逆立ちしたってあなたには勝てないもの。捨てるってなにそれ。あなた達が弱っちい私たちを見捨てるならわか」
「そんなことするわけないだろう」
「あ、ありがとう」
なにを根拠にそんな断言するのかわからないけど、私はお礼を言うことにした。なにが不安なのかさっぱりわからない。こういう質問ばかりぶつけてくる時がたまにあるのが怖いのだ。機嫌を損ねたら本気で殺しに来るような集団ではないと知っているけれど、一度主を失っているデジモンはこういう側面もあるんだということを強調されているようでたまらなくなる。
「そういってくれて安心した」
「安心するのはこっちの方よ」
「アヤがいつかマスターテイマーとなって、私たちと肩を並べる実力になるのを楽しみにしている」
「ええ、がんばるわ。目標は高いにこしたことはないしね」
「もしまた捨てられたらと思って、いろいろと準備したんだが出番はなさそうで安心した」
「・・・・・・ん?」
さらっと怖いこと言われた気がする。
「君が突然居なくならなければ問題ないさ」
「そ、そう?」
「ああ」
どうしてこうも、究極体としてキャラ付けされてるNPCは気難しいキャラが多いんだろう、とほんと思う。かつてのロイヤルナイツのマスターさんが逃げ出したのこのせいじゃないかってネタにされるのはそのせいだ、きっと。むしろ好感度が低かったときの方が距離感が程よかったって声はあながち間違いじゃない気がする。私の場合、はじめから好感度が高い状態で始まったからなんともいえないんだけど。
「ところで。アヤ」
「なに?」
「君のブイドラモンがエアロブイドラモンに進化したそうだな、おめでとう」
「情報早いわね、ありがと」
「いよいよ次は究極体だな」
「そこまでいけたらいいんだけどね。うちのエアロは甘えたサンだからなあ」
「・・・・・・ふふ、いいじゃないか。甘えさせてやれ」
「そう?まあ、いいけど」
「次のランクには究極体の存在が不可欠だからな、がんばるといい。私たちも引き続き応援と手助けは惜しまないつもりだ。どんどん声をかけてくれ」
「ありがと」
「ああ」
本来なら多種多様なクエストをこなさないといけないんだけど、どうにも私のギルドは偏りがひどい。主にロイヤルナイツのせいで。いやありがたいんだけどね。ほんとはオリンポスとか天使勢力とか七大魔王とか接触を持ちたい勢力はたくさんあるんだけど、フラグすら立たない。主にロイヤルナイツが持ってくる高いランクのクエストの報酬がおいしすぎて。
「だいぶ君のギルドもデジモンが増えてきたな」
「そうね、いろんな子が居るわ」
「君一人で全て面倒見れるほど器用じゃないだろう?無理だけはするなよ?」
「ありがと。大丈夫よ、今のところは」
最低限の面倒はちゃんとやれているからいいんじゃないだろうか。できなければそもそもクエストを消化できなくて、メインストーリーの進行にも悪影響がでてくる。だからそこだけはきっちりやっていた。私の言葉に彼は笑う。
「ほかのデジモンに現を抜かすのはいいけれど、私のことはないがしろにしてくれるなよ」
「ああ、自分が蔑ろにされるのはいやなタイプよね、あなたって。私は私なりに平等に接してるつもりなんだけどね」
「平等か」
「いや?」
「いや、というか、面と向かっていうのか」
「だって私はあなたのマスターじゃないもの」
「そうだな、ああ、すまない。そこを気にしていたのか」
「そういうわけじゃないんだけどね、うん。じゃあ、いきましょ。そろそろクエストが始まるわ」
「ああ」
私はエアロブイドラモンを呼びに行く。彼に始祖とされているデジモンと同じ秘めた力を感じる。このまま行けばロイヤルナイツにも入れると言われた日から、やけに私の相棒はロイヤルナイツになついている。きっと今日も喜ぶだろう。
まさかログアウトできないという事態に陥り、さらに大喜びすることになるなんて、私は知りもしないのだ。