デジモンアドベンチャーbi
「ただいま−!」
元気な女の子の声が八神家に響き渡る。勢いよくドアを開けた女の子は、自分の体より大きいランドセルを抱えて、入ってくる。靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、やってきた。
「おかえりなさい、あかり。おやつあるから、手を洗ってきてね」
「はあーい!」
今日のおやつはなーにっかなー、と歌いながら脱衣場に向かった少女は、すみっこに片付けられている台を持ってくるとその上に乗っかる。そして、学校で習ったばかりの手洗いの方法をするため、腕まくりをするのである。タオルで手を拭いていると、ただいま、という声が聞こえる。あかりはあわてて脱衣所から出た。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえりなさい!はやいね!」
にこにこしながら出迎えてくれた妹に、太一と光はただいまと笑顔で返した。
「ただいま、あかり」
「ただいまー!」
「わ、テイルモンさんだけじゃなくて、アグモンさんも一緒なの!?おかえりなさい!」
「ぼくも会いたかったよ、あかりー!」
「わーい!」
いつもはデジタルワールドのファイル島にあるエリアの守護デジモンもやっているアグモンである。テイルモンはいつも光と一緒に帰ってきていたが、アグモンが一緒に帰ってきたのは冬の頃だったから、本当に久しぶりである。軽く1年くらいたつだろうか。当時幼稚園児だったあかりとの初対面はアグモンにとっても大事件だった。テイルモンにいわせればこっちの世界にくることができるようになった四月の頃から大事件である。
八神あかりは小学1年生の女の子である。太一とは7歳差、光とは4歳差の女の子だ。お台場霧事件のときはまだ1歳だった。光が風邪をひき、太一がキャンプとくれば、まだ1歳のあかりと光の面倒をお母さんは一度に見られない。実家に帰ろうと考えたら光がいやがって聞かない。結果、お父さんが看病、太一は一人でキャンプにいくことになり、お台場霧事件の時にはさいわい巻き込まれずにすんだ。1年後の冬休み、夏休みはいずれもデジタルワールド、もしくはネット上での出来事だ。アグモンたちがあかりと会う機会はなかった。あかりは太一や光から、デジモンのこと、デジタルワールドのこと、いろんなことを聞かされて育った。実際にデジモンと会うことになったのは、2002年からなのだ。テイルモンはびっくりである。玄関から入ってきたら、きらきらした顔の女の子がかけてくるのだ。テイルモンさんってよばれたし。かつての光によく似た女の子だから、もしかして妹かと聞いたらうれしそうにうなずいたのだ。ああだから3年ぶりに会った光はやけにお姉さんじみているのかと悟ったテイルモンである。太一も光もデジモンのことが大好きになってくれた妹がかわいくて仕方ないらしい。年の離れた妹なのだ、あたりまえだろう。だから、選ばれし子供のこと、戦いの日々についてはなにも教えていなかったのだった。
アグモンたちと手をつなぎながらやってきたあかりは、さっそくおやつをあげることにしたらしい。光と違って不思議な力があるわけでもなく、太一たちのように選ばれし子供になるような事件に巻き込まれたこともない、普通の女の子として育ってきたあかりである。今日も遊びに来たとしか思っていないのだった。
八神家は太一の部屋、光の部屋、そして両親の部屋にわかれている。あかりはまだ1年生だから両親と一緒に寝ているのだ。おやすみなさーい、とお母さんと一緒に部屋に入っていったあかりを見届けて、太一は光を部屋に呼んだ。これから、ジュンさんや百恵さんといった新しい選ばれし子供が現れた理由と、新たな敵について調べるためである。
お母さんが寝静まったころ、あかりはトイレに行きたくて目を覚ました。何度ゆすっても起きてくれない。むくれたあかりはしぶしぶ起きた。そしたら、パソコンが光っている。
「だいじょうぶ?」
飛び込んできた赤い生き物をあかりはそっと抱きかかえる。ぐったりとしている小さな命を抱えて、あかりは一生懸命看病した。
「なんでおれをたすけた」
「え、だめ?」
「おれはおわれてるんだぞ」
「わるいひとに?」
「おまえのあにきやあねきから」
「えっ、デジモンさん、わるいひとなの?」
「・・・おれをあいつらにひきわたすのか?」
「どうしておわれてるの?」
「しらん」
「え」
「きづいたらおわれてた」
「なんにもわるいことしてないのに、追われてるの?それってへんだよ、デジモンさんかわいそう」
「・・・・・・」
「わかった、わたし、デジモンさんのこと、かくしてあげる」
「いいのか?ばれたらおまえもただじゃすまないぞ?」
「え、そうなの?」
「わかってないのにいったのか、おまえ」
「だってデジモンさん、怪我してるもん。痛そう。元気になるまで一緒にいてあげる」
にこにこ笑ったあかりから脱出する気力もないギギモンは、勝手にしろとばかりに目を閉じた。
「おれの名前はデジモンさんじゃねえ、ギギモンだ。おぼえとけ」
「ギギモンさんだね、わかった!」
給食からこっそり持って帰ってくるお菓子、光が学校から時々持って帰ってくる京のコンビニの商品、そういったものを重ねながら、ギギモンは少しずつ元気になっていった。
「ギギモンさん?」
「今のおれはギギモンじゃねえ、ギルモンだ」
「ギルモンさん」
「あかり」
「なーに?」
「頼みがある」
「?」
「おまえのあねきが持ってる機械があるだろ、あれ、もってきてくれ」
「えっ」
「ずっと考えてた。どうして追われなきゃいけないのか。どうして嫌われなきゃいけないのか。当たり前だと思ってたんだ。でもあかりが優しくしてくれた。だから疑問に思った。おれはどうしてこんなことになったのか、知りたい」
「いくの?」
「ああ」
「・・・・・・わたしも、いく」
「なんだと?ほんきか?」
「だって、ギルモンさん、ひとりぼっちはさみしいよ?」
「・・・・・・勝手にしろ」
「うん」
お姉ちゃんごめんなさい、と謝りながら、眠っている光の枕元からこっそり機械をもっていく。あかりはギルモンとともにデジタルゲートを開いたのだった。
デジタルワールドは、あかりが太一や光から聞いていた世界ではなかった、空は灰色の雲に覆われ、たくさんのデジモンたちが争いを繰り広げている。傷つき、倒れるデジモンたちがたくさんいるのに、気にかける者は誰もいない。
「ここ、ほんとにデジタルワールドなのかな?お姉ちゃんたちがいってた世界じゃない」
「おれの知ってる世界はこうだった」
「そうなの?」
「ああ。ここにいたら見つかる。こい、案内する」
「うん」
あかりはギルモンにつれられて、かつて住処にしていたというエリアにつながる転送地点へ移動した。
「けっ、主のいない間に好き勝手しやがって」
そこは荒らされ放題の洞窟だった。やけに生活感がある一角があるが、すべて物取りにでもあったかのようにひっくり返されている。
「ここがギルモンさんのおうち?」
「ちがう。おれをかくまってた物好きのアジトだった場所だ。今はどっかいっちまってるみたいだな。ここを拠点にするぞ」
「うん」
そして、少しずつ調べていくうちに、デジタルワールドがおかしいことにあかりたちは気がついた。
デジタルワールドがおかしくなり始めたのは、半年前らしい。この世界の四つの方位を司るデジモンたちが、それぞれの領土をめぐって争いをはじめたのがきっかけだという。それぞれの領土にすんでいるデジモンたちはそのデジモンに付き従うことで世界は戦争状態になったというのだ。おかしい、おかしすぎる。さすがにあかりだって気づく。これはいくらなんでも太一たちが教えてくれたデジタルワールドとかけ離れているではないか。
太一たちは教えてくれたはずだ。アグモンはファイル島のエリアのひとつを守護していて、とっても大変だけど偉い仕事をしていると。やることは四つの方角を司るとっても偉いデジモンがいて、そのデジモンのいうことを聞いて、みんなが仲良くやれるようにすることだって。太一たちもいろんなことをしてるんだって。そのとっても偉いデジモンが戦えっていっているというのだ。みんなが仲良くしないといけないって、太一たちにいっているはずのデジモンたちが。
ここにいたるまでで、ギルモンとあかりはファイル島、サーバ大陸、フォルダ諸島、といろんな地域をめぐり、突き止めることができた。その旅路でギルモンはグラウモンに、メガログラウモンに、進化していった。テイルモンやアグモンみたいに、疲れるとちっちゃくなったり、もとにもどったりしないんだねってあかりは不思議そうにいう。そのたびに彼は鼻を鳴らして笑うのだ。おれはほかの奴らとは違うんだと。
「思い出した」
「どうしたの?」
ずいぶんと遠くまで来た、という話をしていたとき、メガログラウモンはぽつりとつぶやいた。不思議そうに首をかしげるあかりに、彼はしばらくの沈黙の後口を開いた。
「おれは止めようとして、それで」
「メガロさん?」
ブラックがつく種族にばかり進化してきた彼は、どんどん長くなる名前にむずがゆくなり、いつしか愛称でよばせるようになっていた。
「あかり、あのとき、おれを助けてくれたこと感謝する」
「え?どうしたの、突然」
「おれはようやく思い出すことができた。おれがこの世界にきたのは、そう、この世界を救うためだ」
テンペスト、というウィルスの仕業だと彼はいう。四聖獣すら狂わせるほど強烈な感染力を持つ強力なウィルスだと。
「どうしてメガロがそれをしってるの?」
「それは、おれが、」
彼は立ち上がる。
「あかりは隠れていろ」
「え?」
「敵襲だ」
それは1年前、あかりがはじめて見た怖いデジモンだった。どうして、が先走る。あのとき、お兄ちゃんたちが倒したはずなのに!
「やっとみつけた」
「え?」
「半年前、おれの前に現れ、おれから奪い去っていったその力返させてもらう!」
あかりは怒りを見た。
メガログラウモンがひれ伏したデジモンをつかみあげると、0と1の粒子に砕き、そして体に取り込んでいく。鮮やかな光があたりを包み込んだ。そこにいたのは、漆黒の騎士だった。青いマントを翻し、彼はあかりのところに向かう。
「テンペストは七大魔王が放った悪質なウィルスプログラムだ。おれはそれを止めるために派遣された。だが、それを察知され、二つに裂かれた。ようやく本来の姿を取り戻せた。感謝するぞ、あかり。さあ、選ばれし子供たちのところに向かうぞ、さすがにゲンナイたちエージェントが四聖獣たちの違和感に気づいているはずだ」
カオスデュークモンはあかりを乗せ、ゲンナイの隠れ家に向かった。ずっと行方不明だったあかりをみた光は無事でよかったとあかりを抱きしめて泣き出してしまう。なにやってんだ、ばかやろう!と太一の怒った声を聞いて、あかりはごめんなさいといいながら泣いた。そして疲れて寝てしまったあかりを見送り、彼らはカオスデュークモンから新たなる脅威についてようやく正確な情報を入手することができたのだった。
そして翌日。
「いくの?」
「ああ」
「どうして?」
「そういう運命だったからだ」
「そっか、ならまた会えるよね」
「なぜそう思う?」
あかりは笑った。
「だってわたしが会いたいから」
「いってろ」
薄く笑ったカオスデュークモンは青いマントを翻し、姿を消した。あかりの元に彼が帰ってきたのは、ちょうど2年後、小学校4年生になったときのころである