完全に舐められている。オメガモンにとっては屈辱だが、幸先がいい。甘く見ていればいるほど、一撃を食らった時に感じる激情は凄まじいものとなる。オメガモンは着地した。ミコトが場所を探知できた理由が想像できたのだ。自然の流れを探知できるミコトにとって、怖気が走るほど嫌いな人工物、すなわち熱を持たない装甲はすぐわかる。おまけに今は夜で気温も低いのだ。発見はたやすい。感知を防ぐ方法はないが、対抗手段がない訳ではない。


オメガモンは全速力で駆けた。大量の黄金色の被弾が舞う。それに追従する形でミコトは追いかけてきた。それを確認したオメガモンは辺りに弾丸をばら撒いた。爆発音がして、閃光が走り、辺り一面が氷結と化す。すぐに身を隠し、引き金を引いた。人工物が多いのなら、自然に発生すもので覆い隠してしまえばいい。爆発的に氷結した一帯により、正確な位置判断ができない。同時に視界を冴え木ぢ、足止めもできる。オメガモンの作戦は上手くいった。不愉快で耳障りな音が舞い、鮮血が辺りに散る。できるならそのまま絶命させたかったが、そこまでぜいたくは言えない。これでオメガモンの攻撃に全力で防衛してくれるはずだ、ここから距離をとって、形勢を立て直せばあるいは。


思えば、ここでオメガモンは気付くべきだった。思い出すべきだった。ミコトがどんなデジモンかを。ミコトが機械種を憎悪する理由は、古代種を蹂躙し、エネルギー体であるデジメンタルを搾取した鋼の帝国等の勢力が起源だ。その勢力に加担した過去があるデュークモンが嫌悪の対象なのは当然の流れである。デジタルワールド創世記、世界ははじまりの島と呼ばれるファイル島しかなかった。ミコトにとっては、それが世界のすべてだった。世界と時間が有限だったころ、なにもかもが早かった。古代種の末裔が眠る時間の流れが特に早いこの地帯は、ミコトにとってはかつての世界も同然だ。現代種にとっては寿命を縮める悪夢のような地帯。時空域と呼ばれるところを模して造られたエリア。もともと激情家な古代種がロイヤルナイツにいる理由、不倶戴天の敵である現代種だらけの席に着く理由。いや、いられる理由。あらゆるものを飲み込んで、いわれのない言葉をのみこんで、ミコトがいられる理由など、ひとつしかないのだ。ただでさえ短命な存在がデジモンとしてあり続けられるだろうか。ひとつの感情に囚われるだけでも、デジコアを消費して寿命が縮むような種族であるにも関わらず。古代種はもともと進化という概念より前に生まれたデジモンである。デジモンは人工知能をもったひとつのウィルスから誕生したとされている。その起源であるはずのウィルス種より前に生まれているわけだから、人工知能そのものが起源といえるかもしれない。進化というプログラムが生まれる前のプロトタイプ、あらゆるものに進化できる万能な能力、それがデジモンの姿をしているだけかもしれない。なにかが零れ落ち、何かが溢れる、そんな存在だったころの時代の生物なのだ。溢れて駆けて失くして残された正常な機能がデジモンの体を為しているから、ミコトはここにいる。


オメガモンが、現代種が、進化の概念がこの世界で最も忌避すべき、醜悪な存在が古代種なのだ。今はまだロイヤルナイツに身を置く余裕があるからいい。いつか見切りをつける時が来たらどうなる。どうしようもない飢餓と渇きに飢えているなにかは、手当たり次第にデータを取り込み、なお美しい輝きを放つに違いない。


微かに聞こえた声は、何かを発動させる。生存本能が悲鳴をあげている。それはほぼ反射的だった。周囲にあるものが粉みじんになる。駆け出したい衝動に駆られるたびに、イグドラシルが古代種からデジメンタルを取り上げた理由を理解せざるをえない。短命が唯一の欠点だった上位種が現代種への憎悪を滾らせたまま、その弱点を克服し、繁栄の機会を得たら、間違いなく現代種は滅ぼされる。過ぎ去った周囲が瓦礫と化す。冷静さを失いながらも、精細さを欠きながらも、オメガモンは銃口をふるった。物言わぬ骸になるのは、亡霊を滅ぼしてからだ。許されざる蛮行だけは阻止しなければならない。


『どうした、もう終わりか』


ミコトは防御などしなかった。躊躇せずオメガモンの目前まで踏み込み、その大剣を受け止めた。じわりと血がにじむ。赤い目が細められる。積み重なった瓦礫から現れた黄金色の閃光がオメガモンを貫いていた。


『お前の本気はこの程度じゃないんだろう?あの時のお前のように、私を倒しうるとっておきがあるんだろう?みせてみろ、若造』


焦点が合わない。立つこともできない。完全に感覚がやられている。嬉々としてこちらを見下ろす赤は、円卓では一度も見せたことがない狂気に満ちている。殺し合いを切望する。身を焦がすほどの激情を滾らせながら生きてきたこのデジモンは、それでも延命できているのはデジメンタルの恩恵だ。生きた亡霊だ。四散した部位が回復していくのを目撃する。いつも後方支援に徹するミコトがロイヤルナイツに行使する治癒術だ。そこまでの絶望をみせられて、オメガモンの意識はとぎれた。


「大丈夫か、若造」


表情がのぞめない黄金色に覆われた赤がそこにある。荒れ狂っていた殺気など、想像すらできない穏やかさを纏っている。見慣れた天井だ。デュークモンだったか、デュナスモンだったか、鍛練をしていて疲労困憊なままやってきたことまで思い出した。ロイヤルナイツに席をおいて日が浅い若人を、このデジモンは一度も名前で呼んだことはない。ロイヤルナイツに唯一存在するアーマー体について疑問を投げかけた時、イグドラシルが提示したデータは少々刺激が強すぎたようだ。いやな想像ばかりが滾り、忘れようと一心に剣をふるった結果がこれでは笑えない。治癒術を施され、オメガモンは、すまない、とつぶやいた。


「つまらないことを聞いてもいいか」

「なんだ」

「先代は、どんなやつだった?」

「イグドラシルにつまらない昔話でも聞いたか。そんなことを聞いてどうする」

「どうしたらいいか分からない、というのが本音だ」

「先代がどんな奴だったか、か。改めて聞かれると難しいが、あえて言うなら。虐殺でも蹂躙でも討伐でもない純然たる殺し合いができる相手だった。対等な者同士が己の英知を結してすべてを略奪し合うような烈火のごとき衝動を満たしてくれた。そんな相手だった、とでもいえば満足か?」


夢の中で向けられた焦がれるような眼差し。オメガモンではなく、遠くに向けられたのは、先代に向けられたからだろう。あの夢はデジゲノムが見せたかつての記憶なのか、それともイグドラシルのデータによるものなのか、オメガモンにはわからない。ただ仄暗いものがふつふつとわき上がるのは事実だった。


「なにを考えているか知らないが、若造、貴様はオメガソードから生まれたんだ。先代とは違う。先の戦争の経験者でもなければ、鋼の帝国の兵器が融合した存在でもない。誰彼かまわず殺気立つほど私は耄碌していないから安心しろ。始祖の席に座っている癖に、アーマー体の私にすら勝てぬ腑抜けではないことくらい、知っているさ」

「しかし、この程度の実力だった、と言われるつもりはない」

「くだらん。世代交代は始祖が残したルールであり、規則だ。後継を育成するのが私の役目だ。何のために待っていたと思っている」

「このタイミングでイグドラシルが無意味な情報を提示するとは思えないんだが」

「たしかにそうだ。予定調和がすべてのこの世界で意味のないことなどひとつもない。歴史を愚弄する奴らは私を侮る。腰抜けどもは私を遠巻きに眺めるだけで話にならない。単調な日々は過ぎていき、我慢に我慢を重ねた結果がこれとはな」

ミコト

「なんだ」

「心を持った者の生きる意味は、戦いの中にだけあると、そう思っているのか?ミコトは俺よりそれを知る受感性があるし、昇華するだけの経験があると思うんだが。衝動に振り回されることがあるのか?」

「貴様に何がわかる、若造」

「血に煽られすぎだ。亡霊かなにかか、お前は」


めずらしくミコトは声をあげて笑った。


「やはり最高だよ、おまえは。私に生きてることを教えてくれるのは、はやりお前だけのようだ。時が来れば、時間の流れさえ忘れさせてくれるような、ひと時を過ごせるはずだ。もっと私を魅せてくれ。いつかと同じように、引導を渡してやるさ」

「・・・・・・ミコト、それは」

「いずれわかるさ、いずれな」


恐怖よりも先に高揚を自覚したオメガモンは、気付けば中庭にいた。あの赤を見ているのが怖かった。


「わが友、オメガモンよ。何をしているのだ?」

「……デュークモン。いや、なんでもない。少し、恐ろしい夢を見た」

「夢?ああ、あの時のデータか?イグドラシルも酷なことをさせる」

「ああ」

「気を付けた方がいい、オメガモン。現代種と古代種には超えられぬ壁がある。アルフォースブイドラモンは我らに寛容だが、それは現代種が先祖がえりしたからだ。そして古代種を超えた高みに到達したからな。もともと豪胆な性質でもあるが、あれは少々生真面目すぎる。まともに取り合っていては、呑まれるぞ」

「それは忠告か?」

「いや、警告だ。あれも言っていただろう?わが友オメガモン、そして我、デュークモンこそがロイヤルナイツの両翼だと。ロイヤルナイツは、絶対的な善ではない。デジタルワールドの秩序維持こそが命題なのだ。非常な手段を行使することもある。思想が異なるがゆえに、従うべき正義も違うのは当然のこと。いつかぶつかることもあろうが、それはその時考えればいいことだ。杞憂は性分ではないだろう?」

「確かにそうだな」

「あれに興味を持ってほしければ、信仰する正義を定めることだ。あの酔狂は昔からそう言う輩を気に入る」


くつくつと笑うのは昔を思い出しているからだ。そうか、と思案にふけるオメガモンに、そうだ、とうなずく。 あの狂気に孕んだ赤が欲しいと血迷うのはなにもお前が初めてじゃないんだよ。愉悦に染まる心理をひた隠し、デュークモンは笑みを投げた。
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