古代種とは、デジタルワールド創世記に繁栄を極めたが、滅亡した種族のことである。デジタルワールド創世記、それは非進化という概念の時代だった。デジタマによる転生のシステムが存在せず、生まれたデジモンは一生その姿であり続け、死とは消滅のこととされた。デジメンタルという膨大なエネルギー体の力を得て、擬似進化という形で力を行使できた古代種が頂点だった。古代種が歴史の覇者たりえたのは、生まれつき、他のデジモンよりも能力値が高かったこともある。ただその代償として、寿命を司るデジコアのデータの消費、すなわち感情の起伏が激しいという特性を持っていたため、短命という欠点があった。


やがて時代は下る。


デジモンは様々なデータを取り込み、その地域に適した生体に変化する個体が生まれるようになる。その個体はデータを蓄積し、体の構成を分解、再構築を繰り返すことで上位の存在となり、寿命を克服するという特性をもっていた。偶発的に生まれたこの個体はやがて爆発的な増殖を見せ、古代種との主導権争いで優位に立っていくと、進化という概念が生まれる。

非進化と進化の概念の争いの果てに、進化の概念がデジタルワールドの秩序となり、すべての指針となると、非進化の象徴であった様々な事象は淘汰されるようになり、現代種がデジタルワールドを席巻するようになった。今となっては、古代種のデジタルゲノムを持つ現代種、もしくは進化の概念に適応することで短命を克服した古代種の末裔のみが存在する。純粋な古代種は、例外を除いて、存在しないといっていい。短命である古代種が生きながらえるために所持していたデジメンタルが、デジタルワールドによって封印状態である以上、その存在は許されないと考えた方がよさそうだ。そもそも古代種という存在自体が非進化の象徴である。進化の否定、非進化の概念の遺産という特性を備えているのだから。



オメガモンが最も危惧していたことのひとつ。それがロイヤルナイツ唯一のアーマー体にして、唯一の例外である純粋な古代種であるミコトの存在である。



もともと、ロイヤルナイツの始祖とされているのは、古代デジタルワールドに君臨した皇帝竜、インペリアルドラモンパラディンモードだ。彼は古代種が現代種との争いの果てに生み出された、ジョイントプログレスという技術によって誕生したデジモンだと言われている。その技術の起源を遡れば、非進化と進化の概念の争いに巻き込まれた多くのデジモン達の嘆きや悲しみに呼応して生まれた、オメガモンだ。本来なら古代種を殲滅するために投入された究極体の機械型デジモン2体が突然融合し誕生したデジモンだ。その融合を参考に鋼の帝国が生み出した技術により、人工的に生み出された最終兵器が破壊神と呼ばれた皇帝竜のドラゴンモードだった。最終兵器を投入された2つの勢力の争いが、より戦争を悪化させた。オメガモンとインペリアルドラモンDMの抗争の果てに、調停したのがインペリアルドラモンPMである。オメガモンが先か、インペリアルドラモンPMが先か、結論は出ないが、インペリアルドラモンDMにオメガソードを託し、パラディンモードを覚醒させた先代のオメガモンがいたことは事実である。だが、進化の概念が世界を統べることで争いに決着がつき、その和睦の席に呼ばれた多くの勢力の代表の中に、先代のオメガモンの姿は無かった。始祖はオメガソードを残し、ロイヤルナイツに加わることはなく、姿を消した。彼らがどこに行ったのか、知る者は一様に口を閉ざしている。ロイヤルナイツが代替わりすることは残されたオメガソードから誕生したオメガモンが、始祖の席に座ることからはじまった因習でもある。


その創世記の記憶を保持しているうちの1体がミコトであり、アーマー体でありながら、唯一のフリー種としてロイヤルナイツの1席にいる理由でもある。現代種がデジタルワールドの覇者となってから、鉱石を巡る鋼の帝国と他勢力の争いの調停から加わったデュークモンとは犬猿の仲であるのはよく知られている。ミコトからすれば他のデジモン達はすべて自らを滅ぼした現代種の末裔なのだから、憎しみの対象であることは事実だ。にも拘わらず、彼がロイヤルナイツの1人であることこそが、意味があることなのである。ロイヤルナイツに全ての属性のデジモンが揃っていることと同じくらい。ミコトがロイヤルナイツをどう思っているのかは黙して語らないが、イグドラシルより昔からデジタルワールドを知っているデジモンはそう多くない。それだけで希少価値があった。


フリー種という属性は少々厄介なものであり、現代種には三すくみという抑止力があるが、それがないのだ。そのかわりに得意とする種族もなく、苦手な種族もない。ただ平等に相手することが可能である。唯一の純粋な古代種であり、デジメンタルを所持することが許された存在である。非進化の概念と対峙した時、唯一、能力をいかんなく発揮できる存在であり、非進化の概念が世界を覆った時、おそらく繁栄することが約束された存在でもある。非進化の概念に一番傾倒しやすい存在でもあり、今の進化の概念が繁栄を極めている世界のこともよく知るデジモン、それがミコトなのだ。


デジタルハザードになりうる存在を抱えるロイヤルナイツに、ミコトが属するにいたる経緯としては、きわめて適当だ。問題はミコトが豊富な実戦経験があるということだ。数多くの死線を潜り抜け、かなりの場数を踏んでいる。今はイグドラシルを守ることにのみ、そのすべてが捧げられていることを考えれば、古代種が何を思うのかは想像に難くない。離れた場所から撃っても防がれるのが関の山だろう。守りたいものがすべて零れ落ちていったミコトが手にした力は、今やイグドラシルを守ることにしか存在意義を見い出せないでいるのだ。



その時が来たら、どうやってミコトを殺すか。



それは簡単であり、難しいことである。オメガモンの切り札であるオメガソードの使用はもちろんだが、もっと確実にミコトを殺したい。非進化の概念が世界を覆った時、ミコトがその拠点を守護する立場に立ったら、間違いなく熾烈を極める。誘い出すのが確実だが、ミコトは安い挑発に乗るようなデジモンではない。彼が冷静さを失って、一人でやってくる。そんな、オメガモンが一瞬で殺されてしまわないような方法を考えないといけない。そんな画期的な方法があったら、とっくの昔にやっていた。ハイリスクハイリターンしかない。身動きが取れないのが歯がゆい。デュークモンとオメガモンをロイヤルナイツの両翼だ、とミコトは言ったが、なんという皮肉だ。今は、ただ黙して静観に徹するしかない。オメガモンの先には微動だにしないミコトがいる。

オメガモンは不機嫌だった。非進化の概念に覆われた世界は、進化というシステムが否定された世界だ。オメガソードから誕生したオメガモンはともかく、テイマーにより育て上げられた仲間や幼年期から成りあがってきた仲間たちは生まれた姿に戻されてしまう。なんとおぞましい世界だろう。生まれたときからすべてが決められている世界では、他の生命と融合し続けなければ寿命が尽きて死ぬのだ。

誘い込まれた場所が場所である。自然地帯はミコトが最も得意とする舞台である。自然の力を戦力に昇華するレジスタンス時代が長かったミコトにとっては最高の戦場なのだ。初戦から難敵をぶつけてくれる。正々堂々を好むのは勝手だが、負けては元も子もないというのに分かっているのだろうか。こんなところで手の内を明かすのは避けたいが、考慮することが多すぎる。

ため息を飲み込んだ瞬間、鼓膜を震わせる轟音が響いた。即座に距離を詰めると、なにかが破裂する音がした。一種の安堵と危機感がよぎる。選ばれし子供のために紋章を掘り込むことで行使できる自然の力が限定されているデジメンタルとは違い、ミコトが所持するデジメンタルは最盛期の姿をしている。膨大なエネルギー体はいかようにも姿を変える。ミコトが使役するのはどれも厄介な術式だ。柔と剛を併せ持つ自在な自然のエネルギーでどれだけの現代種を屠ってきたのか、わかったものではない。視界に映していたミコトが消える。事変を悟ったオメガモンは視線を走らせる。どこにいった。


『聞くまでもないが、一応、問うておこうか、若造。ここで何をしている』


ぞわりと悪寒が走る。勢いよく振り返ると、月影が躍る丘に、ミコトはいた。悟られまいとかなり距離をとっていたはずだが、自然と共にあった古代種が看破するのははやかった。オメガモンは装填されていた銃弾を連射するが、強固にされた黄金色の輝きに防がれ、被弾することはない。追いかけてくる黄金色の閃光を避ける。ド派手な音を立てて砕け散る岩壁。貫通した衝撃は想像に難くない。期待はしていなかったが、生かして帰す気はないらしい。撤退が叶うなら今すぐにでもここから撤退したかったが、現代種への憎悪を隠そうともしないミコトは容赦ない。


進行方向に現れたのは黄金色の障壁。衝突する寸前で方向転換し、追いかけてきているミコトに発砲する。銃声が響くが、ミコトを傷つけるには至らない。人工的に氷結する小細工など、自然を味方に付けたかつての覇者には意味をなさない。純然たる悪意は、邪悪さを持たない。オメガソードは邪悪に侵されたデータしか作用しない。初期化したところで、フリー種はフリー種である。純粋なダメージしか与えられない。予想をはるかに超える速さで接近し、オメガモンの武装の合間を縫って、切断しようとする。オメガモンは伝家の宝刀を抜いた。どうにかかわすことができた。倦怠感に襲われながら嫌な汗が伝っていく。連発は出来ない。他の仲間に連絡を取りたいが、その猶予すらミコトは与える気はないのだろう。連絡で来たところで無意味だ。ミコトが展開する結界が重厚になっている。


『なるほど、そうくるか。面白くなってきた』
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