デジタルワールドもリアルワールドとおなじように、冬至が近付くにつれて夜が長くなる。日が短くなる。まだ5時だというのにすっかり日が落ちて、デジタルテイマーたちが活動拠点としているこの街も真っ暗になる。街灯が明るく照らす閑静な住宅街のメイン通りには、ちらほらと帰宅帰りのアバターがいる。サラリーマンだったり、学生だったりするが、みなその通りの外見をしているとはかぎらない。好き勝手に弄られた趣味全開のアバターだらけのこの街は、とあるサーバを利用したコミュニティサイトである。IDとパスワードを入力しないと住宅の中に入ることができない仕組みである。行きかうアバターたちの中に女子高生のアバターが白い息を吐きながら、あったかそうな耳あてのついたヘッドホンをしながら歩いている。部活帰りというコンセプトなのか、可愛いキーホルダーがついたカバンとキャラクターものの布地のカバンをぶら下げている。このコミュニティサイトに登録している学生が所属するという体で配布されている中でも人気が高い女子高生の制服に、このあいだ出たばかりのコートを着込んでいる。メガネはすっきりとしたデザインだ。一見すれば、帰宅帰りの学生だ。うっとりとしたため息を吐いていなければ。そして、そのヘッドホンと眼鏡が世界で一番いとしい人を追跡するためだけに存在する、ハッカー御用達の違法アイテムでなければ、何の問題もなかった。



ミコトには恋焦がれるデジモンがいる。ファンクラブ会員の一桁を張るくらいには大好きなデジモンが。お近づきになるために、違法ハッカー集団に所属するくらいには大好きなデジモンが。



ガンドラモン、マグナキッドモン、ベルスターモン。この3体の究極体は総じて、海外の有名な小説になぞらえて三銃士と呼ばれている。ガンドラモンはメタルエンパイアを母体とする悪名たかきクラックチームに属しており、マグナキッドモンは草なし根のトラブルメイカーとして有名だ。いずれもガンマニアに絶大な人気を誇っているが、その中でもミコトが熱狂してやまないのは、ベルスターモンである。二丁拳銃を華麗に操るその容姿から、ガンマニアの人気の頂点に君臨するベルゼブモンを模して、ベルゼブモンレディと呼ばれる女性型デジモンだ。愛用の二丁拳銃はベルゼブモンの愛銃の妹分であり、ウルヌカスモンの意匠である。誰とでも気兼ねなく打ち解けあい、特に銃使いのデジモンとは気が合う仲間が多く、他の三銃士からはベル子という愛称で呼ばれている。漆黒のレザースーツを身に着け、攻防や飛行などに応じて変化するマフラーを愛用していることで知られている。露出度の高めなセクシー路線のガンレディにミコトが運命の出会い(彼女はそう信じている)をしたのは、まだミコトが生徒と呼ばれていた時代の話だ。



ネット環境がととのい、デジタルワールドにダイブできるようになったばかりのミコトは、右も左もわからない初心者だった。チュートリアルの街をうろうろしたり、デジモンを育てたり、ネット通販をするだけで満足する子供だった。学校の友達と一緒に遊ぶのが楽しかった。そんなある日、まだ高価なアバターが購入できない上に、ネットの危険性も上滑りしかしらない友達がハッカーたちのお遊びの餌食になった。その子はリアルとアバターを一致させる上に、名前も平気で晒す、写真も平気であげる、そんな子だった。とうぜん、無邪気に個人情報を晒しまくるそのこの巻き添えを食ったミコトは、あるとき、別の友達と買い物中にたくさんの大人たちに声を掛けられた。その日からミコトは大人気だった。怖くなって友達と逃げていたら、助けてくれたのがベルスターモン、いや、正しくは進化前として有名な魔人型のデジモンだったのである。


「ちっちゃい子供に寄ってたかって、何してんの、いい大人が。ケーサツよぼうか?」


彼女は颯爽と現れた。凛とした声と綺麗な顔立ち、そして慄然とした態度。そのすべてにミコトは魅了された。あっという間に伸してしまった彼女は、友達とミコトを安全なところにまで送り届けてくれたのである。ものすごくかっこよかった。おびえきっていたミコトたちに手を差し伸べてくれた。


「もう大丈夫。よくがんばったね、女なのにしっかりしてるよ」


友達を守り切ったミコトに、彼女はあたまをくしゃくしゃに撫でてくれた。安心して大泣きしたことを覚えている。ケーサツの調査により、ネットに流出するきっかけとなった友達は大人にこっぴどく叱られ、ネットから画像は削除され、犯罪行為をやらかした何人かは逮捕された。それでも一度ネットに流出したものは一生残り続ける。おかげでミコトはいろんな迷惑を被ったし、まともな職業につけるまで気が気ではなかった。それでもなんとかやってこれたのは、ベルスターモンに恋に落ちたからでもある。


あのときは泣きじゃくるばかりで、助けられた羞恥心と安心感、パニックになっていたせいで、ろくにお礼も言えなかった。名前を知りたい、捜しだしたい、と決意して、必死でミコトはデジタルワールドの暗黒面に落ちていくことになる。


ミコトが彼女と一方的に再会したのは、社会人になったときだ。いつか、を夢見て、ミコトはあの魔人型デジモンのことを徹底的に調べ上げた。過ぎた年月から究極体になっていると算段した。膨大な進化経路の中から、あの時の魔人型デジモンとよく似た性格の究極体を捜した。究極体の個体で、あの日、あの場所にいたデジモン、しかも自由にテイマーの街に顔を出す魔人型デジモンだった過去があるデジモンとなれば、非常に少ない。そのなかで行きついたのがベルスターモンというわけだ。三銃士の交流しているSNSを違法に覗き見た先で、ミコトはそれらしきエピソードをゲットした。マグナキッドモンがベルスターモンとベルゼブモンの犬猿の仲をからかっている中で出てきた思い出話の中で、それらしきくだりがあったのだ。デジモンには性別がない。男だろうが女だろうがそんなことはデジモンに本気で恋しているミコトには何の問題もなかった。


成熟期だった彼女は、究極体となりすっかり変わっていたが、ミコトはすぐわかった。あの綺麗な目と二重瞼、そして輪郭のいい唇。そして凛とした声とカッコいい性格。デジモンの姿形は変われども、あの時の面影は間違いなくあった。当時は男性型デジモンと言われても通るくらいのカッコいいデジモンだった。今は露出度が高めな粋な女ガンマンとなっている。この上なくミコトにとって理想的なデジモンとなっていた。拗らせていた初恋はいっきに再燃し、勢いよく燃え上がった。話しかけたい、お近づきになりたい、あわよくば付き合いたい。タイミングを計っていたものの、ベルスターモンの行きつけの場所や目撃情報があった場所は足しげく通うのだが、自由気ままな野良猫みたいな生活をしているデジモンである。この広大なネットの海、そう簡単に見つかる訳もない。どうせなら運命の再会をしたいと無駄にハードルの高いきっかけを望んでいたミコトは、気付けばもうストーカー生活のために社会人をしていると言っても過言ではなかった。


これは一般的にストーカーと呼ばれる行為である。デジモンが対象でも違法であることにはかわりない。ミコトだってかつては追われた身である。頭がお花畑になっているだけではない。ただ、三銃士のうち二人は草なし根であり、絶大な人気を誇るデジモンだからファンクラブや情報を逐一調べるアプリがでたりする。面白がって彼らはそれをなかば公式扱いしているものだから、ミコトはそのライフワークを辞める気は微塵もないのだった。ベルスターモンの存在そのものが至高と化しているのだ。


(ベル子かわいい!)


ミコトは笑みを抑えきれない。眼鏡越しに表示されるのは、マグナキッドモンが三銃士の打ち上げを動画にしてアップしたものだ。ミコトが社会人になってなお、女子高生の姿をしているのは、あの時助けてもらった当時の格好を出来うる限り再現したかったからだ。ああ、あのときの、と言ってもらうのがミコトの夢である。


(やっぱりおしゃれだなあ!)


ベルスターモンのストーカーと化して早×年である。ミコトがお店を特定するのははやかった。IDとパスワードを入力すれば、アバターは女子高生でも入っていいお店である。ミコトは早速二酸化炭素を求めてその動画とおなじお店に入ったのだった。


予約はすでに入れている。ミコトと同じような理由でやってくるお客さんは多いようで、マスターは三銃士が食べていたものと同じものを出してくれるらしい。三銃士が座った席に案内してもらえた。ありがとうございます!とさっそくはいったミコトは、ベルスターモンが座っていた席を陣取った。壁には酔った三銃士が残した落書きが残されている。サインもある。パシャパシャ撮りまくっていたミコトは、スタッフに呼びかけられて振り返った。


「申し訳ありません、こちらのミスでお客様がブッキングしてしまいまして……相席、よろしいですか?」


もともと相席ありきのお店である。ミコトはどうぞとうなずいた。三銃士ファンならよし、隠れ家的なお店だから期待する人ならそれもよし。ありがとうございます、とお詫びに割引券までもらってホクホクである。一人で結構お持ち帰りを奮発したから上客と判断されたようだ。ベルスターモンに青春を捧げたミコトである。それくらいの出費なんてことはない。前菜を並べられ、ミコトは最初の一杯に手を付けた。


メガネの向こうにはベルスターモンがキッドモン達と陽気に酒盛りをしている。その中に入れてもらった気分になりながら、ミコトはお酒をあおった。


(おいしいお酒!さすがはベルスターモン、私とお酒の趣味も会うんだ、やっぱり好きだなあ!)


空想に耽っていたところ、男性の声が下りてくる。どうぞ、とミコトは笑った。おひとり様は慣れている。そうでもなければ、こんなところに一人では来ない。でも、その声がどっかで聞き覚えがある気がして、うむ?と顔を上げた。


「あ」

「ああ、どっかでみたことあると思ったら、またお前か」

「ベルゼブモンさーん、こんばんはー!」

「おう、さっそく一杯やってるのか。好きだな、お前も」

「まあねえ!何年おっかけしてると思ってるの!」


ミコトは笑った。そこにいたのは、七大魔王の中でも絶大な人気を誇る元祖ガンナー。ベルスターモンが実力は認めているが、折り合いが悪いのか犬猿の仲と知られたベルゼブモンである。ミコトはベルスターモン至上主義者だが、ベルスターモンに関わるデジモンはなんだって好きなため、もちろんベルゼブモンも結構好きである。ベルスターモンについてのエピソードを聞くなら、まずは敵からといってはおかしいが、話題に事欠かない。犬猿の仲というだけはあり、ベルゼブモンからベルスターモンを紹介してくれと頼んだことはあったが、一方的に毛嫌いされてるから無理だと断られてしまった。そもそも嫌いな相手から紹介されたらベルスターモンの好感度が下がってしまう。それは困る。仕方ないのでミコトミコトなりにベルスターモンとの出会いを求めて三千里状態だ。


ベルゼブモンは適当に注文している。どうやら行きつけのお店のようだ。実際、これまで結構ベルゼブモンとは遭遇しているので、ベルスターモンも嗜好が結構似ているのかもしれない。同族嫌悪ってやつだろうか。ミコトはベルスターモンのベルゼブモンとの犬猿のエピソードが大好きなので、これからもずっと仲が悪くいてほしいと願ってやまない。


「どうだ、あいつの様子は」

「相変わらず頑固一徹よー、けんもほろろに断られてるわ、お客さん。ほんと、感謝しなさいよね、自分の腕に」

「知らねえな、アイツが勝手に作ったんだ。使いやすいから使ってるだけだしな」

「腕にほれ込んで専用の銃を作ってもらうとか、ほんと凄いわよね」

「もっと褒めてもいいんだぞ」

「やーよ、アタシの褒め言葉はベルスターモンに捧げるって決めてるの」

「ほんとに筋金入りだな、ミコトは」


ベルゼブモンは一杯煽って、苦笑いする。まあね、とミコトはひへらと笑った。ミコトのデジモンはベルスターモン狂信者なミコトの影響をもろに受けて育った。いつか自分もあんなガンマンに愛される銃が創りたいとガンスミスに弟子入りした。今では名を知られる名工になっていることは有名な話だ。テイマーの育てたデジモンがガンスミス2世にまで上り詰めるには、ミコトの経済的な支援があったのも事実である。その腕を見込まれて、ガンスミスの工房の経理面を担当するようになって、はや数年である。ベルゼブモンと顔なじみになるのも当然と言えた。もっとも、残念ながらベルスターモンは直接工房に顔を出すタチではない。郵送されてくるのをガンスミスが文句言いながら治して、その料金についてはミコトに丸投げするような状態である。仕事とプライベートはきっちりわけるから、ミコトはガンスミスに腕を買われているのだ。今のところ、仕事のツテをプライベートに悪用するつもりはないミコトである。


「明日は休みなのか?」

「まーね、じゃなきゃ来ないわよ、こんなとこ」

「違いない。どうする、飲むか?」

「もちろん!そのつもりで来たわよ!」

「じゃあ、飲むか」

「はーい!」


ミコトはスタッフを呼んだ。おいしそうな料理とお酒が運ばれてくる。かんぱーい、と二人はグラスを重ねた。


「ところで、なんでミコトはそんなにベルスターモンが好きなんだ?」

「あれ、言ったことなかったっけ?」


結構お酒や料理が進んできたころである。愛銃のメンテナンスを頼みに来たら、もうすでにベルスターモン信者なミコトがいたからもちろんベルゼブモンは詳細を知らない。問われたミコトはお酒も手伝って饒舌になる。



昔助けられたところから始まって、どれだけベルスターモンを愛しているかを、凄まじいフィルターにかけながら喋り倒す。きっとベルスターモンはそんな昔のこと覚えていないだろうが、それでいいのだ。ミコトにとっての至高のデジモンは、人助けなんて日常茶飯事だろうし、日課で知り合う人なんて覚えちゃいないはずである。ただ自分の滾る気持ちを知ってもらえたら嬉しい。あわよくば好意をもってくれたらもっとうれしい。はずかしーなあ、とミコトは赤ら顔で笑う。ベルゼブモンは、ほっとしたような残念なような、複雑な表情をしている。あーあー、わかったわかった、とめんどくさそうにため息をついたベルゼブモンは、スタッフに度数が強めのお酒を注文した。


「それでストーカーと化したわけか」

「まあねー。おっかけよ、おっかけ。なんでか会えないけどねえ」

「そりゃ運が悪いとしか言いようがねえな、諦めろ」

「ひどーい」


ミコトはシェアする最後の一切れをつまみながら、ベルゼブモンを見上げた。ベルスターモンへの想いは、頭が沸騰しそうになるほどの想いの凝縮であり、圧倒的なものがあるのだ。語りだしたら止まらなくなるのは当然である。でも、ベルゼブモンからしたら、ニンゲンとちがって姿形が変わるデジモンを特定できたことが不思議でたまらないのか、どうやって判定したのか聞いてくる。そりゃもう、想いの強さゆえよ、とミコトは言う。酔ってるだろ、とベルゼブモンは苦笑いしている。


「まあ、正直なところ、ベル子がマグナキッドモンに喋ってたエピソードの中にさっき話したのとよく似たエピソードが出てきたのよ。あのとき、あの町にいて、しかも人間と接触した魔人型デジモンなんて限られてるもの」

「あのデジモンはミコトが思ってるより結構いるだろ、オレもそうだったし」

「あ、そうなの?まあ、ぶっちゃけベルスターモンじゃなくてもいいのよ。アタシの中ではあの魔人型デジモンはスーパーヒーローであってほしい訳でね。勘違いだったって、それから始まるものだってあるでしょ?」


からからと氷がグラスの中で回る。そのでこぼこを眺めながら、ミコトはにこーっと笑う。眼鏡の向こうにはアトランダムで表示されるベルスターモンの動画があるのだ。するとふいにベルゼブモンの手が伸びてくる。なに?と顔を上げたミコトはメガネをはずされた。アバターだから伊達メガネだ、視力は結構いい方である。


「人の話聞くときはそれ外せって何度も言ってるだろーが」

「ちょっとー、返してよ、高かったんだからね、それ」

「リアルタイムでストーキングするハッキングアイテムなんざバレたらスミスに殴られるだろ。バラしてやろうか」

「お願いだから、勘弁して。そんなことされたら、世界が終わる」

「そんなに好きか」

「大好きよ」


至近距離で目が合う。ベルスターモンがベルゼブレディといわれるだけあって、ベルゼブモンの中にあの魔人型デジモンの面影が見えてしまったミコトである。思った以上にお酒がまわっているようだ。ベルスターモンに似た形のいい唇が軽口をたたいている。彼女に言われたようで、嬉しいやら悲しいやら。そんなことをほざくミコトに、ベルゼブモンは谷よりも深いため息をつく。なによう、と口をとがらせるミコトに、ベルゼブモンは眼鏡をかざした。


「これ、返してほしけりゃもう一軒付き合え」

「えっ、ちょっと……もちろんそっちのおごりよね?」

「当たり前だろ、俺を誰だと思ってる」

「さっすがあ」

「ただし、ドレスコードはきっちりすろよ。ガキのアバターじゃ入れねえとこだからな」

「あ、結構、本格的なとこ?りょーかい、分かったわ。一回ログアウトする」

「なら、このアドレスに来いよ。待ってるぜ」

「はいはーい」


皮肉な笑みを湛えて、ベルゼブモンは舌打ちする。


「なーにが愛の力だ、気付けよ馬鹿」

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -