こっちへおいで



ジュン、メールが届いていますよ。太一からですね』

「え、太一君から?へえ、珍しいこともあるもんねえ」


四苦八苦しながらローマ字打ちを人差し指で押している、微笑ましい小学6年生に思いをはせる。いつもなら、大体このくらいかな、とあたりを付けて本宮家の固定電話か、ジュンの携帯電話のはずだ。相手の時間を拘束しないで、好きな時に見てほしい、という気遣いはまだ小学生にはない。ジュンはドット絵のガーゴモンが指差すファイルをクリックした。誤字脱字があるけど、いいたいことはわかるので赤ペン先生はやめておこう。ざっと目を通した、ジュンは、へー、やるじゃない、と感嘆する。


『どうしました?』

「みてよこれ、選ばれし子供たちでチャット始めたんだって」


パスワードとIDを入力しないと入れない、会員制のチャットルームの招待状だった。アドレスは太一の家のパソコンなので間違いないだろう、ガーゴモン曰くウィルスメールのプログラムではなさそうだから。


『どうしてまた?』

「あの時のウォーゲームで懲りたらしいわよ。みんなと連絡取れないのはやっぱりまずいってことになったみたい。インターネットにつなげば、アクセスできるみたいね。構造はゲンナイさんの隠れ家と同じよ。ほら、デジヴァイスを端子でつないで、個人認証とパスワードとIDを入力するタイプのやつ。やってみましょうか」


ジュンは太一のデジヴァイスのプログラムを持っているので例外である。、ジュン用にわざわざパスワードやID、個人認証に使っているデジ文字のプログラムコードを打ち込むページが追加されている。これは光子郎かゲンナイさんの入れ知恵だろう。メールをうつにも四苦八苦するような太一がチャットの管理人なんて出来るわけがない。見覚えのある名前がカタカナ表記で並んでいた。しかし、確認しにきただけのようで、一言二言コメントしてから出ていく子供たち、デジモン達ばかりである。スクロールしていけば、、ジュンが入室したとき、反応してくれたのはタイチだけだった。どうやら待っててくれたようだ。


「お招きありがとね、太一君」

「あ、、ジュンさん、来てくれたんだ!待ってたぜ」


この文が帰って来るのに10分くらいかかった。そのうち、何度か会話をする。、ジュンさんうつのはえーなってきて、思わず笑ってしまう。心配しなくても太一が高校生になるころには、ケータイメールをうつ速度はみんな早くなっているだろう。そのうち、いちいち文字をうつのがめんどくさくなってきたのか、太一は今日の予定を聞いてきた。どうやらチャットに集まった子供たちは予定が合わなくて暇らしい。いいわよーって言葉を最後に、ジュンはチャットルームを後にした。


「あれ、姉ちゃん出掛けるのか?」


パソコンをきってヘッドフォンを外した、ジュンは、廊下で大輔に鉢合わせした。めずらしーという顔をしている大輔をぺしっと叩きつつ、、ジュンは笑う。


「いーじゃないの、たまには」

「百恵さんとこ?」

「うーうん、太一君とよ。大輔もくる?なんか暇みたいよ。ゲームでもする?」

「オレ、これから部活!」

「あ、そっか。太一君が休みなら大輔は部活よね、ごめんごめん忘れてた。いってらっしゃい」

「いーなー、姉ちゃん」

「馬鹿言ってないで、行ってきなさい。レギュラーかかってるんでしょ」

「姉ちゃんも行かなくていいのかよ?」

「そうだった。それじゃーね、大輔」

「おう!」


大輔は階段に向かった、ジュンを見届けて、エレベータに向かった。あー、よかった。ディーターミナルで、ジュンが太一のマンションに向かったと太一に報告しつつ、大輔はエレベータのスイッチを押した。それは一昨日に遡る。


「なあ、大輔」

「なんすか?太一先輩」

「大輔、ジュンさんって、京ちゃんの兄ちゃんと付き合ってるのか?」

「は?え、なんでっすか?え?」

「え、違うのか?」

「え、ちがいますよ?」

「え、でも、フェス見に行ったんだろ?」

「あー、あれですか?あれは京の兄ちゃんが振られちゃって、京の姉ちゃんとうちの姉ちゃんが友達だから一緒に行っただけっすよ。払い戻しできないから、もったいないからって」

「あ、そうなのか」

「うちの姉ちゃん、全然おしゃれしないから、時々京の姉ちゃんに連れてかれるんです。たぶん、着せ替えごっこしたあとじゃないっすか?」

「あ、あー、なるほど。だからいつもと様子が違ったんだ。車から出てくるからてっきり」

「京の姉ちゃんもいたのに気付かなかったんですね」

「いや、気まずいだろ、なんとなく」

「そうっすか?」

「うん、気まずい」

いつも意識していない女の子が女の子になっているのを見てしまった感覚である。

「じゃあ、、ジュンさんは付き合ってる人いないんだ?」

「いないっすよ、たぶん」

「そっか」

「なんでそんなこと聞くんすか?」

「え、あ、あー、なんとなく」

「なんとなく」


じとめの大輔である。


「なんだよ」

「姉ちゃん、そういうの興味ないと思います」

「え、まじで?」

「パソコンでなにかしてる時が一番楽しそうなんです。俺のサッカーの試合とってくれるけど、編集してるときが一番楽しそうだし、機械を使ってるときが好きなのかも」

「光子郎みたいだもんな」

「はい」

「ほんと似てないな、お前ら」

「でも、俺の自慢の姉ちゃんです」

「うん、知ってる。なあ、、ジュンさんって他に好きな物ってないの?」

「なんでしょう、チャットとか」

「チャットォ?あのパソコンでうつやつ?」

「はい、そうです。海外の人とよくやってます」

「え、、ジュンさんって英語できるんだ」

「はい、できます」

「そっか、ますます光子郎っぽいな。チャットかあ。どんなの?」

「パソコン部のひとのあつまりとか」

「へー、そっか。そういうのもあるんだ。光子朗に聞いたらできるかな」

「さあ?」

「そっか、サンキュ、」

「はい」


大輔が知っているのはここまでだ。光子郎がこっそり教えてくれたのは、そのあとのちょっとしたやり取りである。


「太一さんがチャットを考え付くなって思いもよりませんでした」

「それどーいう意味だよ、光子郎」

「叩いて直そうとする人とは思えないです」

「いうようになったな」

「お互い様です」


あはは、と二人は笑った。これでパスワードを入力すればいける。デジタルワールドのデジタルゲートを開く要領をまねさせてもらった。ただのパスワード画面だけだと突破されてしまう。デジヴァイスの認証を追加したのだ。USB端子でつなげばいける。こうして出来上がったのだった。



ぴんぽん、とチャイムが鳴る。はーいという声がして、太一がやってきた。


「おじゃましまーす」

「どーぞ。だれもいねーけど」

「あれ、ホントだ。光ちゃんは?」

「京ちゃんとどっか遊びに行くって朝出掛けた」

「あー、そっか。太一君の家って共働きだっけ」

「そうそう、だから今はだーれもいないんだ。ヤマトたち捕まんなくてさ、この夏休みじゃみんな遊びに行ってて相手がいなくて暇してたんだー」

「あはは、そうなんだ。どーする?ゲームでもする?」

「する!大輔から聞いたけど、、ジュンさん、××強いんだろ?やろーぜ!」


こっちこっち、と太一が案内する。スリッパを用意するくらいには成長のあとが見られる太一に感心しつつ、ジュンは子供部屋を急いだ。


「へー、光ちゃんと部屋別れたんだ」

「オレだって一人部屋ほしいって。いいよなー、大輔。小1もう一人部屋だったんだろ?」

「ちゃんと部屋で寝始めたのはもっと上がってからだけどね」

「あはは、なんだよそれー。光はちゃんとベッドで寝てたのに」

「光ちゃん、お兄ちゃん子だもんねえ」


つられて笑った、ジュンと共に、太一は部屋に戻ってきた。さっきのチャット画面がつけっぱなしだ。だめじゃない、と、ジュンは笑って指を指す。太一はあーそれ違うやつとかえす。


「違うやつ?」

「、ジュンさんが来るの待ってたら暇でさ、デジモンってキーワードでヒットしたページを見てたんだ」

「へー、そうなの。見てもいい?」

「いーけど、つまんねーやつらだぜ。デジモンなんか嘘だっていうんだ」

「まあ、見たことないなら仕方ないわよ」

「ディアボロモンの戦い見てたくせに、居ないっていうんだ」

「あ、そうなの?」


ちょっと見せて、と、ジュンはパソコンを見る。カーソルを動かす。こいつ、と太一は指を指す。、ジュンは目を細めた。


「これ書いたの太一君?」

「え、そーだけど?」

「ガーゴモン、急いでくれる?」

「かしこまりました、、ジュン。それでは失礼いたします」

「え?」


はあ、と、ジュンはため息をついた。


「太一君、こういうところでは誰が見てるか分からないんだから、じぶんのこととか、友達のこととか、デジモンのこととか、勝手にしゃべっちゃいけないのよ?」


ドット絵のガーゴモンが太一のコメントデータを食べてしまった。チャットでは、いきなり消えてしまったコメントに、大騒ぎになっている。どのみちゲンナイさんが動くとは思うけど、先に対処したことを報告ヨロシク、とガーゴモンに言いながら、ジュンは苦笑いした。あー、そういえば、そんなこと先生がいってたような、とつぶやく太一に、ジュンは軽く叩いた。


「太一君はまずネットマナーを学ぶべきよね、光子郎君に教えてもらったら?」

「でも光子郎、うるさいんだよなあ、こういうの」

「いやいやいや、あたりまえだからね、太一くん」

「どーせなら、ジュンさんがいいな」

「もう仕方ないわねえ」

「やった」

「なーに、なんかうれしそうじゃない。言っとくけどあたしはスパルタよ?」

「いいんだよ、、ジュンなら」

「なによそれ、へんな太一君」


ジュンは笑った。
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