BLUE FOX PALADOX


「なあ、ちょっといいか?」

「あ、は、はい!なんでしょう、石田君」

「なんでそんな硬いんだよ」

「だって石田君がアタシに話しかけるなんて珍しいと思って」

「なんだそれ」

「アタシのところにパートナーが来るまで、ちゃんと話したことない気がするんだ」

「……そういえばそうだな」

「でしょ?で、そんな石田君がアタシに何の用?京にもお姉ちゃんにも話せないことなんだろうなー、とはお察しするけど」

「まあ、そうだな」

「で、なになに?協力するかは報酬によるわよ」

「知ってた。これでどうだ」

「さっすが、石田君!毎度あり!」

うふふ、と怪しく眼鏡が光る。ヤマトから渡されたバンドのチケットを数える姿は商売人のごとく。井之上家の次女は要領よく生きている。ちょっとした臨時収入のためならヤマトたちのバンド活動のリークもするし、太一たち選ばれし子供たちの中学生活を実況だってする。お姉ちゃんとお姉ちゃんのお友達のお願いを聞くことでちゃっかりおいしいポジションをゲットし続けてきた彼女は、基本的にもっとおいしい報酬を提示すればそっちに流れていく。まるでマスメディアのごとき流動性ながら、ぎりぎりのラインを保っていられるのは、基本的に傍観者的立場であり続けているからだろう。面白ければそれでいいのだ、この子は。

「で、なーに?」

「ひとつ聞きたいんだけど、ジュンさんと井之上のお兄さんて付き合ってるのか?」

「え、そんなことを聞きたかったの?じゃあチケット返すよ、見合わないもん。付き合ってないよ」

「え、そうなのか?」

「付き合ってるわけないじゃん。お兄ちゃんはただいま3度目の破局を迎えたばっかりで、絶賛女不審に陥ってるところだもん。可哀想だからお姉ちゃんとジュンさんで一緒に遊びに行ってるみたいだけど、ホントなら彼女さんといくはずだったところに行ってるだけだしね」

「いや、でも、最近井之上のお兄さん、よくジュンさんと話してるだろ?」

「そりゃ、お兄ちゃんがOBだからに決まってるじゃない。ジュンさん、よくお兄ちゃんにアドバイスもらってるもの。まあ、師匠みたいなもんだし、お兄ちゃん。卒業作品の最終調整だからって、ジュンさん夜遅くまで残ってるの石田君も知ってるでしょ?PVのプロモ、忙しいからって断られたんだから」

「まあな。そうか、付き合ってないのか。ありがとう、井之上。助かった。これ、お礼に渡しとく」

「え?いいの?じゃ、遠慮なくもらうね」

「他のやつにはいうなよ」

「はいはーい、わかってるって」

「ほんとかよ」

「ちゃんともらえるものもらえたら何も言わないわよ、アタシはね」

「ほら」

「りょーかい、火消しはまかしといて」

にっこり笑った井之上家の次女に、ヤマトはため息をついたのだった。井之上家で一番苦手なのは間違いなく彼女である。でも、今回ばかりは仕方なかったのだ。京は間違いなく根掘り葉掘り聞いてくるし、口にチャックがついていない京ではお台場小学校組に筒抜けになるだろう。そうすれば瞬く間に噂は広がってしまう。お姉さんはいわずもがな。お姉さんはヤマトのバンドのファンなのだ、めんどくさくなることは間違いなかった。ただでさえジュンはヤマトのバンドの活動の裏方として助っ人をしてくれている貴重な人材なのである、トラブルになればもともと乗り気ではなかった助力がますます遠のいてしまうだろう。もともとジュンとヤマトの接点はなにもかもが間接に間接をはさんだものなのだ。そんなヤマトが選ばれし子供とデジモンという関係以外で、初めてできたジュンとの直接的な繋がりをこんなところでなくしたくは無かったのである。

きっかけははっきりしている。ヤマトとジュンの交流は、中学生になるまでは、お世辞にもほかの選ばれし子供たちと比べて飛びぬけて大きいものではなかった。ゲンナイさんと一緒に選ばれし子供たちの冒険や戦いをバックアップしてくれた、心強い味方であることは事実だし、頼りにしていた。大人だから遠い所に行く時、保護者役として同行してくれた。ふりかえれば必ずいる、待っていてくれる存在であることはわかっていた。でも、それは他の選ばれし子供たちにとっても同じだったし、ヤマトにとってもそれだけだった。大きく関係が変化したのは、やはり大輔が選ばれし子供に選ばれたことだろうか。

最愛の弟が選ばれし子供になったとわかった時、いままでバックアップに徹していた ジュンは、本格的に選ばれし子供たちの活動に関わるようになった。今までは見守る立場だったが、明らかに守る立場に変化した。あたりまえだ、大輔は家族なのだから。しかも京も伊織もジュンにとっては、まえの選ばれし子供たちと違って家族ぐるみの付き合いをしている妹や弟みたいな存在だった。より身近な存在だった。それは関わり方が変わってくるのも当たり前である。そのあたりまえがヤマトにとっては、あまりにも新鮮にみえただけ。ジュンが家族や仲がいい友達に向けるなにもかもが、ヤマトのしっているジュンと違っていたから、驚いただけだ。そのなかにヤマトが入っていない、というあたりまえの現実が受け入れられなくて、なんだかいやだった、それだけである。気付いたら、ジュンを目で追っていた。今までのなにもかもが間接的な関係では物足りなくなった。つまりはそういうことだ。

未だにヤマトはその感情に名前が付けられないでいた。ジュンに可愛がられている大輔たちが羨ましいのか。その優しい眼差しのさきにヤマトがいたいのか。それともジュンの特別になってそのすべてを独占したいのか。タケルを中心に世界が回っていたヤマトが、じぶんだけの世界を回し始めてからまだ3年しかたっていないのだ。生まれて初めての感情である。とまどいしか生まれない。バンドだって、お父さんがやっていた、という話をきいてはじめたのだ。生まれて初めてヤマトがやりたいといった。じぶんだけの、を捜し始めた。思いのほか周りが盛り上がって、ヤマトもヤマトなりに楽しんでいるからやってるけど、まだまだいろんなことをやって、捜していくつもりだ。タケルのお兄ちゃんではない、ヤマトというものを見つけるために。その先でジュンとつながりができて、今まで知らなかったジュンを知って、ヤマトも知ってほしいと思っているだけかもしれない。みんなに認められるということに過敏な少年は、わりと自己顕示欲が強い。ジュンがヤマトのバンド活動に協力してくれていることがうれしいけど、あんまり興味がなさげなのが嫌なのかもしれなかった。

とりあえず、ジュンに彼氏がいないと知ってほっとするくらいには、ヤマトは ジュンのことを意識している。ポケットから出した携帯を操作して、メールを送る。今日はバンドで遅くなる。明日の朝食と弁当は期待しないように。食器はシンクにおいとくこと。まじかよという泣き顔のメールが届いたのは、すっかり暗くなってからだ。

「ヤマト君じゃない、どうしたの?いま帰り?」

「本番近いから練習してたら遅くなって。ジュンさんは?」

「あー、アタシ?ようやく卒業作品にメドがついたからね!もう遅いって追い出されちゃってねー、家に帰ったらまた頑張るわ」

「いつごろ終わりそうなんだ?」

「春休みを生贄に捧げればすぐできるわ、たぶん」

ジュンさん、大学行くんだよな?準備は?」

「い、痛いとこついてくるわね、ヤマト君。そうねー……あはは。正直、あと少しで終わりそうなの。これが出来たらゲンナイさんのところに持って行って、デジバイスのプログラムにアップデートしてもらおうかと思ってるわ」

「卒業制作までそんなプログラム組んでたのか……」

「まあ、今までの集大成だしね。大学行ったら、デジタルワールドの援助なしで組み上げてやるわよ、新しいアプリ。楽しみにしててね。将来はそっちに進むのが夢なの、アタシ」

「ユメ、か」

「ヤマト君はどうなの?新しい曲進んでる?」

ジュンさんが加わってくれたらすぐできるって、前も言っただろ」

「あっはは、まったー。光子郎君みたいな優秀な子がいるじゃないの、お台場中には」

ジュンさんみたいに、柔軟に対応してくれないんだ。光子郎は音楽方面は無理だから京ちゃんに任せたらテクノポップが出てきたからだめだ。俺のバンドはそういう方向じゃやってないって」

「あー……京ちゃん、今あっちにハマってるからねえ。百恵の影響かなー」

ジュンさんもああいう方が好きなのか?」

「まえいったと思うけど、アタシは音楽自体に興味はないわよ。作業するのにかかってた方が集中できるってだけでね。百恵の音響に使ったことがあるからやってるだけで。だからさ、アタシよりヤマト君の音楽に興味持ってる子にお願いした方がいいと思うわよ、正直」

「でも、オレはジュンさんだからお願いしたいんだ」

「えー、なんで?まあ、そりゃ、全然知らない子よりはいいでしょうけど、どうなのそれ」

ジュンさん、4月から大学だろ?」

「まあね」

「忙しくなるだろ」

「たぶんね」

「会えなくなるだろ」

「……えーっと、ヤマト君。それ、言い方間違ってない?まるでヤマト君がアタシに会えなくて寂しいって聞こえるんだけど」

「間違ってない。あってる。だから問題ないよ、ジュンさん」

「……えーっと……え、ほんと?」

「ほんとに決まってるだろ」

「そうよね、ヤマト君はそういうとこ真面目だもんね。冗談でいうわけないわよね。でも、えーっと、あー……ごめん、待ってくれる?全然想定してなかった」

羞恥で赤らんだ顔を隠すようにジュンはヤマトから視線をはずす。さらりと流されると思っていたヤマトは、思いのほか反応してくれたジュンに驚いてしまう。つられてこっちまで熱を帯び始めるのを自覚する。しばらくの沈黙。あたまのなかがぐるぐるしているのか、言葉がでてこないのか、ジュンはなにもいわないままヤマトと共に帰路を歩いていた。

「想定してないってなんだよ、なにを想定してたんだ」

「え?あー、そりゃ、太一君と空ちゃんについてとか、タケル君と光ちゃんと大輔のこととか」

「好きな人がいるのに、他のやつのこと話せるほど、余裕なんてないっての」

「あ、そ、そっか。そうよね、あはは……」

「驚いたのはこっちだよ」

「え?」

「流されると思ってた。恋せよ、少年って大輔をけしかけるみたいに、からかわれるのかと思ってたんだ。なのに、なんだよ、その反応。期待させるなよ」

「……」

ジュンさん?」

「期待しても、いいかも?」

ジュンははにかんだように笑った。
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