Dual life3
「ミコトに見せたいやつがいるんだ」
「ミコトおにいちゃんも、みる?」
ふたりに連れられてやってきた子供部屋。ミコトがみたのは、ようやく帰ってきた太一と光をみるやいなや、おかえりーっと飛びついてきたピンク色の生命体だった。あ、コロモンって結構でかいんだ、と思いながらあわててドアを閉めたミコトを、だーれ?ってコロモンは不思議そうな顔をして見上げている。
「太一、こいつなに?」
「昨日、父さんのパソコンから出てきたんだ」
「えっ、パソコンから?」
「そう」
こくり、とうなずく光の手の中で、ぐうう、というコロモンのお腹が鳴る。そりゃそうだ、今日の夕方から何も食べてないんだから。
「すっげー、こいつ、さわってもいい?」
「お腹すいたぁ」
ぐだっと伸びているピンク色のスライムが光からミコトに移動する。すんすんと鼻を鳴らしたコロモンは、なんだかおいしそうな匂いがする、と目をキラキラ輝かせた。
「なあ、太一。こいつって何くうの?」
「なんでもたべるよ、こいつ。ぼくのお菓子も、ミーコのご飯も、ぜーんぶ」
「へー、お菓子くうんだ。じゃあ、くうか?いっぱいもってきたんだ、お菓子」
ミコトがリュックをおろすと、いよいよコロモンの目がきらきらと輝いた。食べるー、とピンク色の耳で元気に返事をしたコロモンに、いくつかお菓子を渡した。開け方が分からなくて涙目になっていて、光がひとつひとつ教えている。
「それにしても、ひっでーな」
「あー……そっか、ぼくも光もミーコ捜してたから……」
「片づける?」
「うん」
お世話されていなかったコロモンのせいで、子供部屋はうんちだらけになっている。ゲームなら病気になって死んでいるところだが、現実世界ではそこまでデジモンの生態が反映されるわけじゃないらしい。太一とミコトは30分ほどかかって部屋を片付けた。ばくばくミコトのお菓子を食べ終えたコロモンは、思い出したように光の腕の中で拗ねていた。ミコトが触りたいといってもやーだといって光の腕から出てこない。ミコトがうんちを処分する。ついさっき、ケーキとごはんをたべたから、おいしそうな匂いはミコトたちからする。光は困ったように太一とミコトを見上げる。
「コロモンも食べたいって、ケーキ」
「コロモン?光、そいつに名前つけたのか?」
「コロモンは僕の名前だよ」
「ごめんね、ミーコのこと。お兄ちゃんもお外で自転車の練習してたから」
「やだ、ぜったいゆるさないんだから。とっても寂しかったし、怖かったんだよ。ひどいや、ふたりとも。僕はふたりしかいないのに」
「光、そいつ」
「わたしは、光。光。お兄ちゃんは、太一。太一。それと、ミコトお兄ちゃん」
「太一と光、ミコトおにいちゃんってだれ?」
「ん」
「おれ、ミコト。よろしくな」
「ミコトおにいちゃんじゃないの?」
「ミコトでいいよ」
「じゃあ、太一と光とミコト」
「そう」
「そいつ、言葉が」
名前あったんだ、って驚いている太一の隣で、ミコトは餌付けを試みるが、ミーコの大捜索にみんな駆り出されてしまったせいで、ずっと放置されたのは傷心ものだったらしい。ひどいんだひどいんだとコロモンはボールのようにふくらんいる。あーんと口を開けてお菓子は食べるが、ごめんと謝ってもなかなか許してくれない。それとこれとは話がべつらしい。結局ミコトのお菓子はなくなってしまった。大きくげっぷをしたコロモンは、ようやく許してくれた。仲直りの印だよって勢いよく光の腕から飛んで行ったピンクの塊が光の顔面に抱きつく。今度は太一の顔につく。ミコトはお菓子の片づけをしてたからされなかった。がさごそしてたミコトがあったあったとリュックから取り出したものにコロモンが反応する。
「それなに?」
「これ?カメラ」
手元のインスタントカメラ。これ、記念に取ろうと思って。デジモンは電子機器だと壊れるけど、インスタントカメラだと大丈夫だと思うし。ミコトは、笑ってーといいながらカメラをのぞく。コロモンは目をぱちくりしながらにこーっとわらった。ぱしゃっとフラッシュを焚いたら、びっくりしすぎてひっくり返る。なに、なに、いまのなに!?と大パニックになってしまい、二段ベットの下に逃げ込んでしまった。いよいよコロモンが怖がって出てこなくなってしまう。光があわててコロモンにカメラについて説明しに向かう。あとでその写真ほしい、といってきた太一に、ミコトはうなずいた。そしてニヤニヤ笑う。
「ファーストキスコロモンだな、太一」
「な、ち、ちがうよ!なし、今の無し!」
コロモンが光に抱かれて帰ってくる。
「ともだちのしるし、なしなの?」
「ともだちのしるしなのに、太一、いや?」
「あ、いや、そうじゃなくってミコトっ!」
けらけら笑うミコトにコロモンはむうっとボールのように膨らんだ。またうんこをした。片づけをしていると、ドアの向こうから裕子さんがそろそろ寝なさいと笑いながら声をかけてくる。はーい、とみんなで返事をして、誰が誰のベッドで寝るかじゃんけんで決めた。じゃあいってくる、という男の人の声がする。あ、今日、お父さん夜から仕事なんだ、と太一は言った。裕子さんも一緒にドアを出ていくみたいで、ミコトの分食材が減ったので買い出しにいってくるわね、と声をかけられた。またはーいと返事をして子供部屋に引っ込む。
「じゃあ、何して遊ぶ?」
「トランプ!」
「えー、光強いから、僕やだ」
「とらんぷってなーに?」
「トラップっていうのはね」
「えーっ、ほんとにトランプやるの?しっかたないなあ、じゃあ、トランプとってくる」
太一はリビングに向かった。おもちゃをまとめて放り込んである箱の中にあるそうだ。ミコトは光と一緒にコロモンにトランプ遊びのルールについて教えていた。なんか不思議そうな顔をして太一が帰ってくる。どうした?ときいても何でもないと首を振られ、ミコトは首をかしげた。ババ抜き、七並べ、真剣衰弱、いろんなトランプで遊んでいたら、裕子さんが帰ってきた。あわてて電気を消して、みんなでトランプを片づけて、そのままみんなでベットに眠った。数時間リアルにうとうとしていたミコトは、隣の太一に起こされる。なんだよーと欠伸をすると、太一は必死な様子でミコトを引っ張った。
「またへんなのが!?」
「へんなの?」
あまりに太一の声が大きいから、光が目を覚ます。
「へんなのって?」
「コロモンみたいなやつが父さんのパソコンの中から出てきた!ちょっと来てくれよ!」
太一に引っ張られる形でミコトは隣の書斎に足を踏み入れる。コロモンを抱いたままの光も遅れてやってきた。
「へんなのとはなんだ。わたしはむかえだ」
声がペンモンで思わず吹くミコト。そこにいたのは、どうみてもかわいいヒヨコのデジモンだ。えっという顔をする太一と光を尻目に、コロモンはミコトがおむかえの友達だと知ってショックな顔をしている。
「なんでおまえがいるんだよ」
「わたしがおむかえだからだ」
「おまえかよ!」
「おむかえ?」
「おむかえだ。かえるぞ、コロモン。ここはわたしたちのいるべきせかいではない」
「やだ!ぼくはここにいる!」
「やめておけ。わたしたちがであうのはまだはやい、はやすぎる」
「なんで?」
「わたしたちはまだであってはいけない」
「いやだっ!」
コロモンは叫んだ。
「わがままをいうな。こればかりはどうにもならん。そもそも、おまえがここにいることじたいがじこじゃないか」
「やーだーっ!」
コロモンが叫ぶ。泣きわめく。もっと一緒に居るんだ、と叫ぶ。太一も光もさすがにいきなりのお別れはいやだとチッチモンにいうが、堅物はガンと譲らない。さすがにこの展開は予測してなくて、1日くらい待ってもいいだろ、とミコトは提案してみる。チッチモンとミコトが仲いいと知った太一たちは交渉をお願いしてくる。チッチモンはパートナーが自分とは違う意見を尊重することは許されないとなおさらかたくなになる。ああもうなんだ、これ!?ミコトは混乱した。これが好感度をまんべんなく上げた弊害ってやつ!?ミコトはなんとか取り持とうとするが、真っ向から対立するみんなをまとめ切れるほど、まだミコトは力がなかった。先にキレたのはチッチモンだった。はやくかえるぞ、とチッチモンからペンモンに進化して、コロモンを取り上げてしまう。やだーと叫んだコロモンの体が光った。パートナーとなるべき人間との邂逅と突然の離別宣言、デジモンは感情の高ぶりでデジコアが消費され進化がうながされる。どごーんと爆発する書斎。ミコトの目の前で、大きな大きなアグモンは、太一たちを連れて行ってしまった。
「あーもー、なんでこうなるんだよ!」
うまくいけば光が丘テロ事件そのものが無かったことになり、別のイベントが始まるかもしれない、と期待していただけに、失敗した悔しさはひとしおだった。
「っつーかなんでお前なんだよ!パロットモンはどうした!」
「なんの話だ。お迎えは私だといっているだろう!いくぞ、ミコト」
「いくってどうやって?ここ最上階なんですけど?」
「そのデジバイスはなんのためにある。私を進化させるためだろう。いくぞ、乗れ!」
デジヴァイスが起動する。ペンモンは鮮やかな光に包まれた。
ディアトリモン
成熟期
古代鳥型
ワクチン種
強力な脚力を持つ生きた化石と呼ばれる古代鳥型デジモン。翼は飛ぶのに十分な面積を持たないが、そのかわりに強靭な筋力を持った脚を備えており、時速200kmを超える速度で疾走することが可能である。また、非常に凶暴な性格であり、動くものはすべて敵とみなし襲い掛かる習性がある。また、全身を覆う羽毛は金属を含有しており、よほどの攻撃でなければディアトリモンにダメージを与えることは困難であろう。必殺技は怒涛の体当たりメガダッシュインパクト、広範囲にダメージを及ぼす巨大な咆哮デストラクションロアー。
「コカトリモンみたいなもんか」
「不快だ、訂正させてもらう。私の方が原種だ」
「あーそうかい!」
ミコトはディアトリモンにのり、八神家のベランダから豪快に飛び降りた。
あとをたどるのは簡単だった。大きくえぐられた道路。焼け焦げた自販機。踏みつぶされた公衆電話。大きな足跡が残されている自動車。横転事故で大惨事になっている夜のシャッター街。おそらく太一たちをひきそうになったから、かっとなって攻撃されたトラック。みつけた、とミコトが叫ぶ。おうちにかえろう、と泣く光と、どうしちゃったんだよって困っている太一。おそらく進化したことで成長期まであった自我が塗り潰され、野生のアグモンになってしまったから、会話が不能になったんだろう。
「太一、光!」
大きな声で呼ぶと、アグモンが攻撃してきた。どうやら二人と引き離されることは本能のどこかで覚えているようだ。だめ!という光の声が響く。思わずミコトは目を閉じた。ディアトリモンは高く跳躍して回避する。そして立体歩道を駆け抜け、上から攻撃を仕掛けた。アグモンの攻撃はディアトリモンの頑丈な羽毛にかき消される。光と太一、ミコトは向かい合う形で最前線で目撃してしまった。なんだこれ、どうすれば。ミコトは頭を抱えた。アグモンは完全にミコトを敵認定している。やめてって光や太一がいうほど、アグモンは混乱する。わるいことしようとしたのはあいつら。なんでかばう?太一たち説明するが、アグモンは知識が足りない、いうことをきかない、ひとりぼっちの時間が長すぎてなにもかもが足りない。疑心暗鬼の赤に瞳が切り替わり、どこかにいこうと二人を乗せたまま、光が丘から出ようと大通りを走り始めた。さすがにこれはまずい。ミコトは叫んだ。
「どうにかなんないのかよ、ディアトリモン!」
「……っ」
「もとはといえばお前が聞く耳持たないから悪いんだろ!?」
「なぜ私ではなく太一たちを優先させるのだ、ミコト。私よりあいつらの方が大事ということか!?」
「だーかーら、そういう問題じゃないだろっ!お前、ほんとに俺のパートナーかよ!頭硬すぎるっての!大事なのは当たり前だろ。でも、いつだって味方でいるのは違うって!俺が知ってるパートナーは、相方が間違ってたら止めるし、怒るし、説得する!それがパートナーだろ、違うのかよ!」
ディアトリモンと間違えて飛行機を攻撃しようとしたアグモンの火炎弾が弧を描く。届かず近くの建物に被弾する光景を目撃したミコトは思わず叫んだ。。ディアトリモンが攻撃する。その衝撃で光が投げ出されてしまい、太一があわてて光をだけ止める。近くの茂みにダイブした太一たちは、アグモンを見上げた。怒りが更なる進化を覚醒させる。アグモンはみるみるうちに姿が変わり進化する。そこにいたのはグレイモン。ただしあらゆる最悪の条件が生んだ作用により、はるかに強い個体である。怒りの進化のため攻撃力特化。先程よりも凄まじい威力の火炎砲弾が飛んでくる。世代的に互角、しかも相手は怒りの感情で攻撃に補正がかかっている。ディアトリモンの翼に焼け焦げたあとが残った。
「ディアトリモン!?大丈夫か?」
「ぬう不覚を取った。まさかここまで進化するとは」
「なにいってんだよ、お前!」
「仕方あるまい、ミコト、お前の力をしばし借りるぞ。日の出が近い。それまでに決着を付けなくては!」
ディアトリモンの言葉に呼応するように、ディヴァイスが激しくひかりとねつを発し始めた。感情値と友情値が突破するのが見えた。浮かび上がるのは、ミコトの精神をホログラムにかけた時浮かび上がる不思議な文様。やがて紋章と呼ばれることになるそれは、解析されるディアトリモンを通じて実用化される。その解析個体がその紋章の重要性を知っていれば、たとえ不完全でも、運用は可能ということだ。ディアトリモンが光に包まれる。ミコトは、光に塗り潰された。
チィリンモン
完全体
聖獣型
ワクチン種
デジタルワールド創生の頃に誕生したと古代デジモンであると言われており、完全体にして究極体と互角の強さを誇ると伝承されている聖獣型デジモン。強大な力を持つデジモンではあるが、争いを極端に嫌い、殺生は決して行わないと伝えられている。デジタルワールドに生きるすべてのものを慈しむ慈悲深い性格をしているが、それ故に無益な殺生を行なう存在に対しては、手加減なしの制裁を加えることもあるという。必殺技は上空から一気に急降下し、脳天の角で相手を貫く疾風天翔の剣と素早い動きで分身を繰り出し、相手をかく乱する迅速の心得。またチィリンモンがオーラを放ち、ひとたび翼をはばたくとき、敵をも聖なる道に導く改心のはどうが放たれる。
すべてが光に満たされた時、すべては終わっていた。
1999年8月1日8:30
ぴんぽんとチャイムが鳴り、太一はリュックを背負って外に出た。
「あ」
そこには知らない少年がいる。キャンプの参加者だろうけど、知らない奴だ。
「え?なんだよ」
「えーっと、ひさしぶり?」
「え、どこかであったっけ?」
「これにうつってるの、おまえだろ?」
差し出される幼いころの写真。今、冒険がはじまる。