Dual life
イベントを1つ終えて、早速、ステータスを表示してみる。
ミコト
性別:男
所属:小学校1年生
特記事項:落ち着きがないです
「……うるせえやい」
小学生時代お馴染みだった言葉をここで目にするとは思わなかったミコトである。まさか両親の制止を振り切っておばさんの家に駆けこんだからだろうか。それとも、太一にちゃんと謝らないで、茶化すようなことばっかり言ったせいだろうか、それとも意地悪なことばかり言ったせいだろうか。最初見た時にはなにも表示されていなかったはずの特記事項は、プレイヤーの行動によってころころと内容が変わることに定評がある。なにが条件かは分からないがまとめwikiにこんな言葉は無かったはずだから、結構種類が増えているかもしれない。ちなみにバリエーションとしては、リアル5歳児です、アニキです、地球にやさしいです、もったいないです、なんかがあったはずだ。体験版をプレイした有志達は一体何をしたのか、つっこみどころ満載だったのが記憶に新しい。思ったより普通の特記事項を残念に思いつつ、交友関係のページに飛ぶ。
キャラクターのアイコンが表示されている。選択すると、簡単なプロフィールがのっていて、ミコトへの信頼度に応じた言葉が掲載されている。もちろん、ここもプレイヤーの行動や会話でころころ変わることに定評がある。
お父さん:優しくて頼れるあなたのお父さん。
××から東京まで運転するほど車が好きらしい。
特記事項:あの頃はよかった
「何があったし」
お母さん:しっかりもので明るいあなたのお母さん。春休みなので
あなたはお母さんのお姉さんのお家に泊まりにきた。
特記事項:休戦協定の締結
「あー、これは謝りに行くフラグだな、間違いない」
八神進:冷静沈着でリーダーシップがある太一のお父さん。
お台場の高級マンション最上階に住める普通のサラリーマン。
特記事項:休戦協定の締結
「つっこんじゃだめだろ、そこは」
八神太一:お爺ちゃんのゴーグルがトレードマークの男の子。ちょっと泣き虫。
特記事項:誇りをかけた戦い
「無駄にVテイマーのネタ仕込んでやがる。っつーか誇り(笑)だろ、あれ」
デジモンカードの名前を当てはめる試みは面白いとは思うが、ちょっと無理やり感がにじみ出ているのは気のせいか。こっちの方が突っ込みどころ満載になっているので、こっちを重点的に確認することにしよう、と思いつつセーブを終える。
次のミッションは【らいげきのよるに】
クリア条件は【光が丘テロ事件を目撃しよう】
だが断る。全力で横道それるよ!暗転していた世界は、再び光を取り戻した。
「もしもし、八神さんですか?私です、桐谷です。あら?ちょっと電話が聞き取りづらいわね、ええ、麗子です、こんばんは」
おかしいわねえ、とつぶやきながら、おばさんは首をかしげている。隣にはお母さんがいる。
「あ、聞こえるわね、よかった。突然お電話してごめんなさいね、裕子さん。うちの甥っ子が太一君にご迷惑おかけしちゃったみたいで、ごめんなさい」
おばさんがミコトを見る。いたずらっ子な笑みを浮かべて、おばさんは声を弾ませた。
「そうなの、ええ、春休みだから遊びに来てるのよ、そうそう、ええ、そうなの。ふふ、そうなのよ。ちょっと早い反抗期みたいでね、うちの妹も手を焼いてるみたいで、あはは。そう言ってもらえるとうれしいわ」
ぎょっとしたミコトが何言ってんだ、この人、といった顔でおばさんを見上げると、おばさんはけらけらと笑っている。太一のお母さんの反応に、はらはらしていたらしいお父さんはほっと胸をなでおろすが、からかい調子のおばさんには苦笑いである。ちょっと、おねえちゃん、とお母さんは小声で抗議するが、おばさんは分かった分かったとうなずいた。
「ちょっと、妹が代ってほしいみたいだから、代わるわね」
お父さんとお母さんに電話を渡したおばさんは、ソファで聞き耳を立てていたミコトのところにやってきた。
「ちょっとー、ミコト君が悪い子になったせいで、うちのテレビこわれちゃったじゃなーい。どうしてくれるのかなあ?」
こつんと頭を叩かれる。
「オレのせいじゃねーよ、おばさん」
「だあれがおばさんだ、だれが。私はまだおばさんって呼ばれる年じゃないわよ、もう。美咲の結婚が早かっただけじゃない。麗子さんってよぼうか」
「れーこおばさん」
「相変わらず生意気なのはこの口か!」
「いひゃいいひゃい」
ぐにーと漫画のように良く伸びる頬を勢いよくつねられて、涙目になったミコトは棒読みの謝罪をした。
「まだ7つなのに口だけは達者なんだから困ったもんだね、君は」
はあ、とためいきをついたおばさんは、治ったかしらって言いながらリモコンを押す。相変わらず砂嵐のテレビである。せっかく東京が誇るチャンネル数を見せつけてやろうと思ったのに、と残念そうに唇をゆがませた。テレビだけではない。ラジオも、冷蔵庫も、お風呂のモニタも、オーディオも、パソコンも、ようするに電気をつかう家電がぜんぶおかしくなっているのだ、おばさんのいえ。これではお泊りというわけにもいかない。さっきから、モールス信号のように一定のリズムで点滅する電子機器を前に、大人たちはちょっと困り切っている。
今からホテル取れるかなあ、とぼやきながら、電波の入りが悪いPHS片手におばさんはベランダに出ていった。デジヴァイスは夕方から夜になろうとしている。えーっと、たしか、とミコトは映画を思い出す。昨日の夜、八神進さんの書斎のパソコンから出てきたデジタマ。次の日、八神裕子さんが仕事に行ったあと、時間の経過によってボタモンが誕生したはず。いつだろう?ミコトはベランダに出た。
「なーなー、麗子さん」
「うん?」
「ここにくるとき、シャボン玉―がーって言ってる人がいたんだけど、なんかお祭りやってたの?」
「あっはっは、残念でした。お隣の太一君と光ちゃんがしゃぼんだま遊びして遊んでたのよ。子供部屋からたくさん飛んでたからねえ」
「光ちゃん?あいつ、妹いるの?」
「そーよ、八神光ちゃんっていってねえ、4歳だったかな。太一君はお父さんとお母さんがお仕事いってる間、光ちゃんの面倒みてるのよ、えらんでしょ。ミコトと違ってちゃーんと朝ごはんだって作れるんだから」
「そうそう、ミコトの方が偉いことなんか、なんにもないんだぞ?」
「えー、それくらいおれだってできるよ!」
「まーた始まった、ミコトのできるもん」
なにそのひとりでできるもん的なノリは。やたら舞ちゃんが世襲してた懐かしの公共放送を思い出して、ミコトはつっこんだ。ちょっと手のかかる子供の態度をとりすぎたせいかもしれない。ミコトのキャラがどんどん固定化されていく。お父さんとお母さんはお菓子折りは何がいいかおばさんに相談している。だって、大体の1週目プレイは八方美人な優等生キャラになってしまうのが世の常で、2週目になってからはっちゃけるのがパターンと化していたミコトである。ちょっと面白いことがしてみたかったのだ。あんまりやりすぎると良くないとは聞いてたけど、太一のイベントで光と会うにはあの時ケンカ売らないとフラグが立たないってまとめwikiにあったから悪いのだ。お父さんたちのいうことをよく聞く子供でいると、ベランダで光が丘テロ事件を目撃するルートになってしまう。
「太一君にごめんなさいしに行くわよ、ミコト」
「はーい」
待ってました、おつかいイベント!元気よく返事をすると、お菓子を買ってもらえるわけじゃないからね、とおばさんからしっぺを頂戴した。
1時間後とテロップが出て、シーンが暗転する。気付いたら八神家の前だ。ぴんぽんとお母さんがチャイムを鳴らすと、はあい、という空の声がする。ああそう言えば裕子さんの中の人って空だっけ、とどうでもいいことを思い出しながらミコトはモニタに話しかけるお母さんを見ていた。こんなハイテクな物ミコトのリアル小学校時代には無かった代物である。すげー。おのぼりさんまるだしな男の子にモニタの向こうの裕子さんは笑っている。チェーンロックを外す音がして、ドアが開いた。カレーの匂いがする。すげー、こんなとこまで再現されてんだ、このゲーム。お腹へった。今晩の八神家はカレーのようだ。ケーキを買ってくる裕子さんの仕事はこっちのイベントにスライドされたらしい。地味に調合性をとってるところに、劇場版をリスペクトし過ぎなスタッフの気配を感じながら、ミコトは玄関の靴を数えた。あきらかに男物がない。なんだよ、太一のやつまだ帰ってきてないのか。考えていたからかい調子が無駄に終わり、残念に思いながらお母さんに促されて前に出る。つまらないものですが、と差し出されたケーキ。きっと八神家の食卓に並ぶ。光ヶ丘最後の晩餐になるとはまだ誰も知らない。
「ごめんなさいね、ミコト君。せっかく謝りに来てくれたのに。太一、まだ帰ってきてないのよ」
裕子さんは笑っている。ホントなら光も太一もファーストキスをコロモンに奪われるという大事件が起こっているころなのだが、どうやらこっちでは光だけになる模様。え、なんで?って返すと、それがねってこれまた嬉しそうに笑う。
「あんなに嫌がってた自転車の練習、乗れるまで頑張るんだって張り切っちゃってね。もうご飯なのに、あとでですって。お父さんも付き合うって言ってるし、まだあの公園にいるのよ。ありがとね」
「いえいえ、そんなことお構いなく。そんなこと言われると、またうちの子調子にのっちゃうんで困ってるんですよ」
「でも助かりました。もうすぐ自転車の授業があるっていうのに、別に乗れなくてもいいって、別に困らないって屁理屈ばっかりいってたので困ってたんですよ。それが3日なんて待ってられない、はやく乗れるようになって、僕も偉くなるんだっていいはって聞かないんですよ。太一がここまで苦手なことに一生懸命になるの初めてじゃないかしら」
「あら、そうなんですか」
「よかったらまた仲良くしてくれる?」
あ、はい、とうなずいたミコトによかったって裕子さんは笑った。やがて原因不明の家電誤作動事件についての世間話が始まる。なんか光が丘を中心に電波障害が起こってるとかいうフラグを夕方のニュース番組が一斉に報道し始めてるらしい。うん、これが違法電波テロ事件とか爆弾テロ事件とか勘違いされるフラグその1なんだ。ちゃくちゃくと進むフラグを背後に感じながら、ミコトはその時を待った。
ちりん、と鈴の音がした。にゃーん、という鳴き声と、待ってミーコっていう声がする。ぱたぱたぱたと裸足でかけてくる音がする。
「猫飼ってるの?」
「ええ、そうよ。ミーコっていうんだけど……?」
「ミーコ、そっちだめ。お外。お外だめ。いっちゃだめ!」
「光?」
リビングの隙間から飛び出してきた三毛猫がミコトたち目掛けて駆けてくる。おおあわてでおいかけてくるのは、まだ4歳の光だ。あまりに髪の毛が短くて、声が高くなかったら男の子と間違われてしまいそうな感じがする。着ている服も赤い服に黄色のズボンというクレヨン五歳児スタイルだし。でも、それどころじゃないのか、光は裸足も構わず外に行こうとして裕子さんに止められる。その隙を狙ってミーコは勢いよく玄関を飛び出した。
「あ、こら、ミーコ!」
ミコトはドアを閉めようとしたが、ミーコはお母さんとお父さんの足元を潜り抜けて外に出て行ってしまった。
「ミーコ!」
鈴の音を残して、ミーコは脱走してしまった。うるうるしていた瞳がいっきにぼやけてしまう。ぐずぐず泣きそうになっている光はミーコを追いかけると言ってきかない。ばたばたあばれる4歳の女の子をなだめながら、裕子さんはPHSを探っている。ミコトは即決だった。
「おれ、ミーコ捜してくる!」
ミコトの言葉に、ううう、と涙をためている光が顔を上げた。
「みーこ、おそと……だめなのに」
「なあ、ミーコってお外でたことあるのか?」
こくん、と光は首を振った。裕子さんがいうには家猫だけど、外に興味津々で何度か脱走経験があるそうだ。そのたびに数日探し回るはめになり、ケガをして帰ってくることもあって光は心配しているという。
「どっか行きそうなとこは?」
ん、と指差す先は、どこだこれ。空をさしている光にぽかんとしていると、んーっといいながら光はまっすぐ空を指さしている。あっちの方角って言いたいんだろうか、えーっと確かあっちは公園?こくこくと光はうなずいた。お父さんと電話しようとしている裕子さんがなんにもしてくれないと思ったんだろうか、それとも時間が惜しいのか、唯一構ってくれたミコトのところにかけよった光が服の裾を掴む。はだしだからせめて靴を履きなさいと裕子さんがあわててサンダルを履かせようとするが、それもやーっと蹴飛ばしてしまう。ぐいぐい袖をひっぱられ、ミコトは光をおんぶすることにした。ぱっと表情が明るくなった光をおんぶする。
「おれ、ここらへんしらねーし。ミーコがいそうなとこ、教えてくれよ。どこだ?」
「あっち!」
光が指差す方向を頼りに、ミコトは公園に向かうことにした。お父さんたちの制止は丸無視だ。ここでいい子ちゃんしてると好感度あがるイベントのフラグが折れてしまう。身体は小学校1年生だがゲームである。小学生の体力まで再現されているわけもなく、普通に光をおんぶしたまま公園までたどり着いたミコトは、その指示をたよりにミーコを捜す。途中で太一と進さんと合流し、サンダルを持ってきたお父さんとお母さんも加わり、無事にミーコを捜しあてたころには、すっかり夜になっていた。アメリカ兵に連れ去られる宇宙人のごとく捕獲されたミーコはゲージの中に幽閉される。
「ごめんなさいね、ミコト君。光を公園までおんぶしてくれたみたいで」
途中で疲れてしまった光は進さんの背中でうとうとである。サンダルを履かされてから、自由に走り回ったせいでつかれたのもあるのだろう。今の時間は8時過ぎだ。4歳の子には夜更かしだろう。太一は夕方から始めた自転車の特訓の途中でミーコ捜しに駆り出されたから、光をおんぶする気力はない。13階まで自力で帰るのが精いっぱいだった。ミコトがけろっとしているものだから、ミコトのお父さんやお母さんに運んでもらうのは嫌だったらしい。八神家の玄関を開けた瞬間、座り込んでしまった。
うーうん、と首を振るミコトとは雲泥の差である。校舎内に天然のスキー場完備のド田舎小学生の体力を舐めてはいけない。片道10kmの通学路を自転車禁止という過酷な環境下で集団登下校させられる環境なのだ、小学校1年生でも体力だけはつくのである。もちろん、これはゲームだから田舎補正があるのかは不明だが、リアルタイム小学生を満喫中のミコトは、体力がある理由をこう補完した。
「美咲さんも明彦さんも、ほんとうにありがとうございました」
「いえいえ、気にしないでください。うちのバカ犬にくらべたら、楽でしたから」
「うちのバカ犬も首輪引っこ抜いてよく脱走するから慣れてますよ、あはは」
「なにからなにまで、本当にありがとうございます。桐谷さんによろしくお伝えください」
「はい、それでは失礼しますね」
「ミコト、帰るぞ」
「麗子さんも待ってるし、帰ろうか」
「うん。じゃーな、太一」
「………(こくこく)」
「どんだけ疲れてんだよ、へろへろじゃん」
「ぼくだって、がんばったもん、」
「うん、知ってる」
「え?」
「おにーちゃんなんだろ、太一。光の」
「うん」
「光のお兄ちゃん、太一だけじゃん。がんばれ」
まばたきした太一は、こくりとうなずいた。これから光のことを守ってやれよとフラグを立てようとしたところで、空気を読まない腹減り虫が盛大にラッパを鳴らす。一瞬空気が凍りつく。ミコトはさすがに恥ずかしくなって、一気に顔が真っ赤になった。さすがに12時から夜の9時までご飯ナシは小学校1年生の男の子にはきつかったらしい。あまりに音が大きくて光が目を覚ましてしまう。お母さんもお父さんも裕子さんも進さんも、もちろん太一も。吹き出したのはだれかわからない。笑いの渦がミコトを包んだ。ミコトは涙目である。八神家の玄関先ではカレーの匂いが漂っているのだ。不可抗力である。
「母さん、ミコトとカレー食べていい?」
「っふふふ、いいわよ、美咲さんがいいっていうならね」
「 ミコトのお母さん、いい?」
「っあははっ、もちろん、いいわよ、裕子さんのご迷惑じゃなかったら」
「ごはん?ミコトにーちゃ、いっしょ?」
光の言葉に、太一がそれだと食いついた。
「ミコトのお母さん、ミコト、一緒に、そーだ、うちに泊まってもいい!?」
お隣さんである。両親のOKが出たら、あとは早かったのだった。よっしゃきた、おとまりイベント発生!とガッツポーズしたミコトである。劇場版のイベントをずっと出待ちさせられているコロモンの信頼度ダウンと引き換えに得たイベントである。これから起こる光が丘イベントとのちのちに響くコロモンとの因縁による冒険の難易度上昇さえ考えなければ、スタートダッシュは良好といえた。
ミコト
性別:男
所属:小学校1年生
特記事項:アニキです
交友関係:八神太一『昨日のオレだと思うなよ!』
八神光『なんだかとってもせつないの』
コロモン『ナミダの協定破棄』