真っ暗な世界に立っていると、数メートル先の床に突然丸い円が生まれる。真っ白に発光し始めたそれは、逆さまにした懐中電灯のように、三角柱の光を目の前までのばしていく。目の前にホログラムが現れた。映りの悪いテレビのような、時々砂嵐が入るホログラムである。うっすらと色付いた。そこにいたのは光だ。彼女はぺこりとお辞儀をした。チュートリアルだからか、吹き出しでメッセージウィンドウが表示されている。


【『デジモンアドベンチャー〜leb deinen traum〜』をお買い上げいただきありがとうございました。本編を始める前に、いくつか説明をさせていただきます。あなたはデジモンアドベンチャーをご存知ですか?】


首を縦に振ると、ありがとうございます、と光は笑う。動作確認もかねての質問だったようだ。デジモンアドベンチャーについての説明をするのか尋ねられ、首を振ると、かしこまりました、と光は頷いた。このゲームではコントローラーがないため、プレイヤーの動作や台詞がそのままゲームに反映されてしまう。基本的にリアルタイムでゲームが進行し、1つのミッションごとに自動的にセーブされる。下のメッセージウィンドウを確認するか、メニュー画面にある会話ログを確認すると、スムーズにゲームができる。セーブやマップ、主人公のデータ、デジモン図鑑の確認などはすべてメニュー画面でできるので、デジヴァイスをチェックすること。なにか質問はありますか、と聞かれたので、大丈夫っすよ、と首を振った。どうせwikipediaに載ってる様な情報を説明するだけだろうし、さっさとゲームを始めたいミコトにとっては時間が惜しい。


【それではキャラクターメイキングを開始します】


光の隣に、もうひとつホログラムが出現する。ズボンをはいたマネキンと、スカートをはいたマネキンが出現した。


「あなたは男性ですか、女性ですか」


男性のマネキンをタッチすると、スカートをはいたマネキンが消えて、ズボンをはいたマネキンが前に出てきた。


【出身地はどこですか】


男性のマネキンのさらに隣には、日本地図が出現した。きたきた、無駄に凝り性なスタッフが作り上げた最初の大きな分岐点。ベータ版をプレイした有志のまとめによると、首都圏かそれ以外かで序盤の導入が違うらしい。しかも、登場人物にゆかりのある地域を選択すると、そのキャラとの間に特殊なイベントが用意されているっていうんだから、恐れ入る。まあ、初回プレイだし、無難に自分のリアル出身地を選択する。当時の自分が選ばれし子供になったらって気分を味わいたいなら、絶対に選べってみんな言ってたし。太一たちのクラスメイトっていう序盤導入もひかれるものがあるが、あいにくミコトは首都圏には程遠い田舎暮らしであり、東京の地理が全く分からないのだ。感情移入できない。田舎の小学生がどうやって巻き込まれるのか、お楽しみはこれからだ。


【年齢はいくつですか】


小学生、中学生、高校生、大学生、社会人、と言葉が並ぶ。


【この選択肢で立場や能力が決定します。小学生ならばデジモンの初期能力は最低値となりますが、成長率が高く、特殊能力を多く取得することが可能です。逆に、社会人に近付くほどデジモンの初期能力は高く設定できますが、成長率や特殊能力の習得に制限がかかります。また、選択した職業によっては、あらかじめ特殊能力が追加されており、ストーリーに影響をおよぼします。ただし、選ばれし子供とパートナー、以外のデジモンとのかかわり方を選択することもできます】


小学生以外は周回プレイ推奨のようだ。初回プレイのため、小学生を選択する。


【小学生を選択されたあなたは、9人目の選ばれし子供として、デジタルワールドを冒険することになります。よろしいですか】


もちろん、そのつもりだしな、とYESボタンを押すと、今度は1年生から6年生までの選択肢が出現した。


【選ばれし子供たちと同級生だと、友人であるという特典が付きます。初期の信頼度が高めに設定されます。あなたがピンチになると助っ人として登場したり、同じグループとして行動しやすくなります。その分、他の子供たちよりも信頼度があがりにくいので、注意してください。他の学年を選択しても、なんらかの特典が発生します。重要なキャラクターと親交を深めたり、デジタルワールドの謎に迫るイベントに関われるかもしれません】


やっぱ初見プレイだし、無難に太一たちと同じ小学校5年生にしよっかなあ、とミコトは5の字を押した。他の学年も気になるけど、周回推奨の気配がびんびんする。序盤から詰むのはごめんだぜ。


【それでは、あなたにふさわしいパートナーを選びますので、いくつか質問にお答えください】


3体のデジモンから選択しないのは、デジモンアドベンチャーのパートナーデジモン=精神的な意味でのもうひとりの自分という特殊設定があるからだろう。スタンドやペルソナといわれるそれだ。周回するときは攻略wikiをみながら好きなデジモンを選べばいいし、せっかくだから今回は素直に出てきたデジモンをパートナーにしよう。


【第一問:あなたは缶けりをしています。味方はみんな捕まり、全力で走れば缶を蹴飛ばせる場所にあなたは隠れています。そして、鬼の一人がこちらに近付いてきました。あなたはどうしますか】


1.全速力で缶を蹴りに行く。

2.その場から離れて様子をうかがう。

3.見つからないように息をころす。


【第二問:あなたは隠れ鬼をしています。捕まっている友達を助けるために、鬼の陣地に入ったとき、友達をイジメるクラスメイトも捕まっていました。みんな助けることも可能ですが、あなたも捕まってしまいます。あなたはどうしますか】


1.友達だけ助ける。

2.友達もクラスメイトも助ける。

3.友達にどうするか聞いてから決める。


【第三問:あなたは習い事が終わり、両親の迎えを待っています。しかし、1時間たっても迎えがきません。みたいテレビがありますが、時間的には余裕があります。歩いて帰れる距離ですが、両親は待っていろといいます。あなたはどうしますか】


1.両親の言うとおり、迎えを待つ。

2.テレビに間に合うギリギリまで待つ。

3.すぐ家に帰る。


【第四問:あなたは卒業に必要な検定試験に行く途中で、受験票を用水路に落として困っている友達と会いました。手伝えば友人の受験票は救出できますが、その場合は遅刻になり受験できるかわかりません。近所の人が応援に来てくれるには時間がかかります。どうしますか】


1.友人の手伝いをする。

2.近所の人に任せて試験に向かう。

3.試験会場に電話し、近所の人を待つ。


【第五問:あなたの友達がクラスメイトにカンニングされたかもしれないと相談してきました。カンニングを先生に伝えればいいことですが、あなたもあなたの友達もそのクラスメイトがカンニングするような子だとは思えません。あなたならどうしますか】


1.見間違いかもしれないので、様子見にとどめる。

2.すぐに先生に伝える。

3.カンニングされないように、対策を練ってみる。





【ありがとうございました】


ぺこりとお辞儀をした光のすぐ隣に、ぺたぺたというかわいらしい足音が聞こえてくる。ひょこ、とホログラムの隅から先が黒い黄色いクチバシがのぞく。いったん引っ込んで、今度はくちばしからこっちをのぞく真ん丸な赤い目まで見えた。そーっと覗いているつもりなのか、ホログラムの隅に赤い爪と紫色の退化した羽をかけている。先が白い紫色の細長い耳が垂れている。紫色のペンギンだ。


すぐ横にはデータが表示される。

ペンモン

レベル:成長期

タイプ:鳥型

属性:ワクチン

南極基地のコンピュータから発見された、ペンギンに似た鳥型デジモン。氷に覆われた地域に生息するため、暑さに弱いのが欠点だが、人懐こい性格で後ろについてはひょこひょこ歩く。また翼は退化しているため飛べず、歩く速度も遅いが、腹這いになって氷の上を滑ると時速60q以上のスピードが出せる。また水中でも器用に泳ぐことができる。


【あなたのパートナーはペンモンです】


「・・・・・・」

「えーっと」

「・・・・・・ん?」

「なんかいえよ!」

「なにを話せというのだ」

「いやいやいや、なんかしゃべろうぜ、ペンモン。めっちゃ期待に満ちたまなざし向けといて、そんな無口キャラされてもこっちの反応に困る。っつーかなにをって、なんかあんだろ、挨拶とか自己紹介とかさ」

「お前がミコトであり、私のパートナーだ。それ以外に必要なものなどないだろう」

「あるわ、ありまくるわ!なんかあんだろ、もっとこうさあ!」

「ふむ・・・・・・少し会いたかったぞ」

「あーもう、素直じゃねーな、お前!ここはこう、ばんざーい、って喜んどくもんだろ!」

「なん・・・だと・・・!?や、やめろ、そ、そういうのは慣れてない・・・」


ばんざーい、と両手をとって遊んでいるミコトに戸惑うペンモンに、光が笑っている。っなせ、と手を振り払ったペンモンは、ごほん、と咳払いをして距離を取った。


「・・・・・・やれやれ、手のかかるテイマーだな。ここからはホメオスタシスではなく、私が説明するとしよう。心して聞くがいい。さっそくだが私の初期能力はこれだ」


HP:56

MP:32

AT:7

MG:5

POW:5

SPD:6

LUC:5


「攻撃力と素早さ高めか」

「そう、私はアタック型に分類されている」

「まあ序盤は苦労しなさそうでよかったぜ、ビンタだもんな、お前の技。これで魔力型だったら、地味にきついし」

「おっと、やるじゃないか。私の初期技を把握しているとは」

「まあ、そりゃね。デジワーから出てるし、わりと古参だよな、お前」

「そこまではしらんが、力を貸すに値する人間だとはわかった。今後とも、よろしく・・・・・・な」

「おう、よろしくな」

「さて、次はお前のアバターだ」


ミコトの目の前に、小学5年生のサイズになったマネキンがやってきた。


「どうやらすでに準備してあるようだな、どれにするか選べ」


ペンモンの言葉と同時に、NOWLOADINGの文字が並ぶ。しばらくして、ミコトが予約特典としてすでに所持していた、なりきりのコスプレ衣装が開示される。もしくは連動しているSNSで利用しているアバターとして、すでに取得しているアイテムが表示される。ちょっとした着せ替え状態だ。


赤い帽子にゴーグル、黒いシャツ、赤いジャケット、赤のラインが入ったパンツを着ている男の子である。


「せっかくだから、オレはこの赤い服を選ぶぜ!」

「・・・・・・・」

「(ちらっ)」

「・・・・・構うとつけあがるからな、無視だ無視」

「やだこの子冷たい」

「っるせえな」

「ひでえ」

「・・・・・・」

「正直すまんかった」


ごほん、と咳払いをして、ペンモンはミコトを見上げた。


「じゃあな、ミコト。お前と会える日を待っている。アディオス」





オープニングもなく、ミコトの視界は暗転した。


ミコト、起きなさい」


ゆさゆさと肩をゆすられて目が覚めた。ふあと大きな欠伸をして、大きく伸びをすると骨のなる音がした。


「よく寝てたわね」

「まあ2時間もあればなあ」


若い女の人と男の人がいる。どうやらミコトの両親の設定のようだ。思っていたよりも低い視界に戸惑いながら、ミコトは辺りを見渡した。ここは車の中のようだ。後部座席で寝ていたらしい。まなこをこすりながら前を見ると、カーナビモードを解除する男性の操作により、カーナビの画面は1995年3月4日と表示されている。ってことは、今は7歳か。こんなもんかな、と手をグーパーしながら考えた。


光が丘テロ事件が起きたとされる日だ。


どうやら時系列順にイベントが進んでいるようだ。さっそくメニューを開きたくてポケットを探ると、白いポケベルがベルトに引っかかっていた。メニュー画面を開くと、世界が一瞬固まる。そして周りがさっきまでいた暗闇の空間にかわり、隔離された空間になった。さまざまなコマンドの中、メニュー画面を開いて、ミコトは目を走らせる。


【エピソード1:じてんしゃとしょうねん】

【クリア条件:おばさんのマンションにいこう】


セーブをしながら、ミコトはメニューモードをきった。


自動車の外には、見上げるほど大きな高層マンション群が並んでいる。でっけー、とつぶやいたミコトに、そうだろ、と頭をなでながらお父さんは笑った。おばさんの部屋は13××ってお母さんが教えてくれる。ご丁寧に太一の家のお隣である。これは太一たちと知り合うフラグがびんびんだ。ミコトは期待に胸を膨らませて、駐車場を抜ける。お父さんたちに連れられて、歩道橋を渡り、いくつかの歩道と階段をぬけ、いくつものマンション群に囲まれた憩いの場となっている公園に通りかかった。


「よーし、いいぞ、太一。その調子だ」


若い男性の声がする。思わず足を止めると、あら、とお母さんが笑った。補助輪をとったばかりの不安定な自転車にしがみつきながら、必死で自転車をこいでいる男の子がいる。放さないで、放さないで、と必死で男性の支えがなくなることを怖がっている。ちらちら後ろをみて、絶対に話さないでよお父さん、と今にも泣きそうな顔で男の子は叫んでいる。ぶかぶかなゴーグルが首にかかっている。わかった、わかった、と苦笑いしながら男性は頷いている。隙あらば手を放す気満々だ。男の子が前を見た瞬間、男性は容赦なく手を放した。


ミコトもあんな感じだったわね」

「転んでは大泣きしてたよな」


どうやらミコトは既に自転車に乗れるようだ。からかうような口調に、いらっとするのはなんでだろう。うるさいなあ、と怒った顔をしていると、すねないの、とお父さんとお母さんはわらった。


がしゃん、という音がした。からからから、と自転車のタイヤが空回りする。


「うう、う」


せいだいに頭を打ち付けたようで、真っ赤な顔をした太一が目を潤ませている。あわてて男性が駆け寄ってくる。うわーん、と泣きはじめてしまった太一に、ちょっとびっくりした。なんかアニメとキャラ違うな。まあ、4年も前だし、こんなもんかな。でもこの時には既に目玉焼きを造るほど手先が器用なわけで、スペックはあるはずなんだよな、随分と泣き虫だなあ、この太一。男性が男の子なんだから頑張ろうと慰めていると、ぐずぐずしていた太一がごしごし目をこすって、こくんとうなずいた。ずっとこっちを見てることに気付いたらしい太一が、あ、という顔をした。


「なんだよぉ、笑うなぁ!」

「えっ、笑ってねーよ」


まさかの反応に思わず否定するが、太一は叫ぶ。


「うそだ、笑ってた!僕みて笑ってた!」

「だから笑ってねえってば」

「だったらなんでさっきから僕のことみてたんだよ!」

「・・・・・・笑ってないっていってるだろ、気のせいだって」


まさか見てることを気付かれてるとは思わず、ミコトの反応が遅れる。ほらやっぱりという顔をして太一は言う。


「嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ!」

「だーかーらー、笑ってないって言ってるだろ!お前のことなんかしらねーよ」

「なんだよ、知らないのは僕だってそうだ!」

「お前のことは知らないけど、オレはお前より偉いもんね。だってオレもう自転車乗れるし?」

「なんだよ、ボクだってこれくらいぃ!」


こら、ミコト、とお母さんが叱る声がする。やめないか、とたしなめるお父さんの声がする。だってせっかくの主人公との邂逅だし、印象の残るようなことしとかないと、多少はね。そんな打算じみたことを考えながら、まだボクの太一が面白くてにやけがとまらない。すみません、うちの子が、とお父さんたちが声がして、謝りなさい、とぐぐぐ、と頭を押し付けられる。やーだ、と駄々をこねる子供のような態度をしながら、太一を見れば、お父さんにたしなめられて、だって、と今にも泣きそうな顔をして説明している。あっかんべーと舌を出すと、顔を真っ赤にした太一がこっちに向かってきた。こら、と頭を叩かれるのはほとんど同時だった。本気でぶたれてたんこぶができる。


「ほらミコト、ごめんなさいは」

「ごめんなさい」


ぐぐぐ、と頭を押し付けられて、ミコトはお辞儀した。


「すいません、うちの子が」

「いえ、こっちもすぐ大げさにとらえてしまって、すいません」


ほら、太一、と促されて、なっとくいかない、という顔をしたまま太一はむくれている。むすっとした顔の太一に、ミコトはなんだよあやまったのに、と大人げないことを考えながら意地悪な笑みを浮かべた。


「くやしかったら自転車乗ってみろよ、太一君」

「なんだよー、おまえー!」

「おまえじゃねーよ、ミコトだ、ミコト。覚えとけ!悔しかったら、オレがいる3日以内に自転車乗ってみろーだ」


まあ、今日の夜にそれどころじゃなくなるんですが、多少はね。ミコトは両親の叱責を無視してマンションのエレベータに駆け込む。これで謝罪するために八神家を訪問するフラグがたつだろう。光ヶ丘テロ事件になる前に、一度は光に会っておきたいところだ。どうせ今日の出来事ごと、光が丘テロ事件の影響で記憶がすっとぶので、太一が覚えていることは無いだろう。今回の出来事が冒険の時にどう影響するのか楽しみだ。





ミコトはおばさんの家に駆けこんだ。




【エピソード1:じてんしゃとしょうねんをクリアしました】

【エピソード2:らいげきのよるにを開始します】

【クリア条件:光が丘テロ事件を目撃しよう】
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