「じゃ、はじめよっか」


アイリは笑った。とりあえず、みんな苦手な科目から処理していこう、ということでドリルやら問題集を並べる。得意な人が教える、ということになり、自然と緊張していた空気はほぐれていき、気付けばだいぶんページが埋まるころには打ち解けはじめていた。タカトが計算ドリルに悪戦苦闘しているのにイラついたルキが、どうしてまたここで間違えるの、とあきれながら必死で解説している。その横で、アイリはみんなのジュースを補充し、ジェンに渡した。ありがとう、と受け取ったジェンは笑った。


アイリさんがデジモンしてるとは思わなかったよ。興味ないって思ってた。だって、書記だし」

「生徒会だし?」

「うん、そう。ずっと学級委員長やってたよね。図書館でよく本読んでるから、そういうの興味ないんだって思ってたよ」

「メガネかけてるからってみんなの多数決で決まっちゃって、それからずっとだもん。宮城さんがやらない?って聞いてきた時はビックリしちゃったよ。誰も立候補いないから、自動的になっちゃうし」

「毎日、朝早く来て教室綺麗にしてるの、みんな知ってるからね」

「乗り遅れたら遅刻になるんだもん、ホントはもっとゆっくり来たいよ」

「そうなんだ、知らなかった」

「ホントは李君たちの会話に混じりたくて仕方なかったんだよ。よく××教室でゲームしてるでしょ?」

「全然気づかなかったな」

「だって、あの教室、職員室の近くでしょ?声かけようと思ったら、よく先生に呼び止められちゃって、のパターンばっかりでね、諦めたんだ。ルキは付き合い悪くなっちゃうし、数少ないデジモン仲間がまさか李君たちにとられてるとは知らなかったなあ」

「それについてはごめんね。でも、アイリさんと仲良くなれてうれしいよ」

「ホント?アタシも嬉しいよ。だってこのままだと生徒会長コースじゃない?毎年アタシ以外に立候補者だれもいないでしょ、うちの学校。たぶん、アタシがお願いされると思うんだよね。森下先生もそんな感じだし」

「ああ、生徒会の顧問だっけ」

「そうそう、6年生になっていきなりみんな立候補するとは思えないし」

「たしかにそうだね。そういえば、アイリさんって目は悪くないの?メガネかけてないの初めて見たよ」

「勉強とかゲームしてるときだけね。体育の時は付けてないけど、男女別だしねえ」

「そっか、なるほど」


ジェンはアイリを学校でしか見たことがなかったため、眼鏡少女がデフォルトだった。だから、コンタクトだというアイリがずいぶんと新鮮にみえるのは気のせいではないだろう。


「そういえば、アイリさんってどうやってデジモンにハマった?ルキはカードだし、タカトはアニメからカードとかゲームだし、オレはゲームからアニメとかかな」

「アタシはね、漫画かな」

「漫画?」

「うん、漫画。大学生のお兄ちゃんが遊戯王目当てでVジャン読んでてね、Vテイマー読んでたらハマったの。ゲームとかカード教えてもらって、アニメ見て、って感じ?」

「あー、あのブイドラモンが出てくる?」

「そうそう、だから前の幕張メッセは頑張ったんだよ。入賞者はブイドラモンもらえるとかいうから」

「ルキが言ってた大会?優勝おめでとう」

「ありがとね。残念ながらWSのデータ消えちゃったからもういないんだけどさあ」

「ああ、データ消えやすいしね」

「せっかくもらったのに!」

「よかったらそのデータ貸してもらってもいい?」

「え?なんで?」

「おれ、父さんがプログラマーしてるから、こういうのに詳しいんだ。もしかしたら、きえちゃったデータ、復活できるかもしれないよ」

「ホント!?じゃあ、ちょっと見てもらってもいいかな?持ってくるね!」


嬉しそうに立ち上がったアイリは、リビングから出ていった。ジェンと仲良くなりたいという当初の目的をすっかり忘れている気がしてならないルキである。やっと終わった宿題にありがとうとほわほわ笑っているタカトをみてると、先に進みたい気持ちが薄れてしまう自分がいうべきことではないけれど、と思いながら。気付いたら手伝ってもらってばっかりだと気付いたらしいタカトは、なにか埋め合わせしなきゃ、と思ったようで、それっぽいことを言いだした。帰ってきたアイリはジェンにWSを見せている。これなら直せるよと診断したジェンは、1週間ほど預かってもいいかと聞いている。うん、いいよってアイリは笑った。なんか会う約束をしている。ルキはなんとなくタカトに、以前のお誕生日会事件を蒸し返す。ちゃんとした謝罪が出来ないまま今に至っている手前、タカトがそれっぽいことを言ってたのは、どうやらこれが原因なようだ。それならタカトには悪いけど利用させてもらおう、とルキは思う。あいにくこちらは素直な性分じゃないので。


そして、小学生の帰宅を促す有線放送が流れだすころ、ジェンたちはアイリの家を後にしたのだった。


1週間後、預けていたWSを返してもらいにジェンの家にやってきたアイリは、数か月ぶりに再会した最愛のブイドラモンに大喜びした。ジェンがルキ以外の女の子を家にあげるなんて珍しいにも程がある。興味津々なまなざしが6つ、扉の向こうから覗いている。かわいい妹さんたちだねって呑気に笑っているアイリにジェンは冷や汗を浮かべながら苦笑いした。


「ほんとにありがとう、李くん!君には助けてもらってばっかだね!」

「おれは大したことしてないよ。って、え?」

「うん?」

「ばっかりって?」

「あー、やっぱおぼえてないか。アタシにとっては結構大事件だったんだけどね」


アイリ曰く、今年初めて同じクラスになる前から、ジェンのことは一方的に知っていたという。きっかけは去年の1月らしい。あれこれ説明されて、ようやくジェンは思い出す。ジェンは日直当番ですっかり帰りが遅くなり、隣のクラスの電気がつけっぱなしだったので、消して帰ってくれといわれて消しに行った日のことだ。消し忘れかと思ったら人がいた。


「先生がさっさと帰れっていってたよ」

「あ・・・・・・うん、ごめんね。すぐ帰るよ、ありがと」


片手には消しゴム。机には消しかす。必死でこすっていたのか、摩擦で指が真っ赤だ。ただならぬ気配を感じて、ジェンは中に入った。


「どうしたの?」


覗き込むとらくがきがあった。


「らくがき?」

「うん、らくがき。ちょっと強く書きすぎちゃって落ちないんだ」

「ぞうきんの方がいいよ」

「そっかなあ」

「落ちないんだったら、別の机持ってきたら?」

「え、でも」

「はあ。もう4年生なのにしょうがないことする奴いるんだね。ちょっと待ってて」


ジェンは廊下を引き返し、近くの準備室から机を運んできて、問答無用で交換した。


「ちょっと汚れてるけど、まあこれ使って」

「でも、これって別の教室のだよね?」

「おれのときはこうやってたよ。ああ、先生に聞かれたら、このこと言って他の机を貰いなよ」

「いいのかな」

「そういうのは、後からでいいんじゃない?行動してから言った方がいいよ」


なりひびくチャイム。はやく帰れと見回りの先生がやってくる。ジェンはなにやら黙り込んでしまった彼女を先生に任せて、そのまま帰った。名前も知らないクラスメイトと全く接点がないジェンは、あの後のことがちょっと気になったものの、逢うこともなかったのでその内忘れてしまったのだ。地味な女の子だったことは覚えていた。


「地味ってひどいなあ」

「もしかして、あのときの女の子って、アイリさん?」

「そうだよ」


アイリは笑っている。


「あのときはありがとね。おかげで結構がんばれたんだよ、アタシ」

「ごめん、全然覚えてなかったよ」

「そうだと思ってた。メガネ外したのに、全然気づいてくれないんだもん」

「ああ、あれってそういう」

「おそいよ、ばーか。そのときから好きだったよ、アタシ」

「うん、え?・・・・・【だった】?」

「え?・・・・えっと・・・・えっと?」

「あー、でも、おれは止めといた方がいい、かな?」

「え!?」

「何人か付き合ったけど、長く続かなかったんだ。おれと付き合っても、あんまり長く持たないよ」

「・・・」

「だから、もっと他の人探した方がいいんじゃないかな」

「え、嫌」

「嫌って、あはは。でもさ」

「ねえ、李くん」

「うん」

「「でも」は後から言おうよ」

「え」

「まずは行動でしょ?アタシが嫌なら言ってくれればいいんだよ、アタシもすっぱり諦めるからさ」


まさかのブーメランである。なんというタイミングで返って来るんだ。結局、そのあとはぼんやりとした言葉で逃げようとしたジェンだったが、アイリの猛攻撃に捕まり、あえなく撃沈。というか、あの顔で上目遣いは反則だと今なら思うジェンである。


目下の悩みは、アイリにデジモンが現れませんように、ということだ。ブイドラモン系列が現れたが最後、ジェンのことは二の次になることは目に見えている。さすがに今の関係を壊されたくないジェンは、今のところ、テリアモンをアイリの家に連れて行く予定はない。
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