Wir werden siegen





ファイル島のすべてが次々に空へ舞い上がる。太一は呆然とそれをみていることしかできなかった。目の前で起こっていることを選ばれし子供たちは、誰ひとりとして理解することができなかったのだ。逃げようにも逃げる先がない。ファイル島だけではなく、すべてのエリアで発生している大災害。かつて子供たちはこの大災害が起こってから12年後の世界を冒険したことがあるだけで、何が起こったのかは生き残ったデジモンたちの言葉でしか知らなかった。だから、当事者であるデジモンたちは絶句する。その言葉を聞いて、子供たちは思い知るのだ。まさか、目の前で、再現されるなんて誰が思うだろう。再構築されて平和になったはずの世界が、再び崩壊していく様を彼らは見ていることしかできなかった。遥か彼方では巻き上げられたすべてが渦を巻き、次第に肥大化していく。ある法則に従って4つの物質に分けられて、無数の手のように絡み合う。円錐状の禍々しい物体が作り上げられていく。


太一の立っていたあたりがぐらぐらと揺れだした。ぼこぼこと土の塊が引っこ抜かれ、空に吸い上げられていく。お兄ちゃん、と今にも泣きそうな顔をした光が抱きついてきたので、太一は必死でその手をとった。慌てて子供たちは大きな木にしがみつこうとしたが、その木々も地面から根こそぎ引き抜かれた。ものすごい勢いですべてが上昇し始める。悲鳴があがる。振り落とされないように、木の根っこにしがみついた子供たちは、あまりの衝撃に目を開けられない。どんどん高度をましていく大木の風圧に耐えるのに必死で、なにもできない。周囲は振り落とされた名前も知らないデジモンたちの悲鳴がこだました。何も聞こえなくて、よかったのだ。がれきに押しつぶされたり、データの分解にまきこまれたり、一歩間違えれば自分がそうなっていたとわかってしまうから。


ようやく太一が目を開けると、ファイル島は崩壊の一途をたどっていた。無数の穴が生まれ、その向こうには真っ黒な空間が広がっている。海ではない。海すら空に吸い上げられてしまい、今、眼下に広がるのは闇だけである。東西南北に出現した巨大な螺旋の柱に再構築されていく世界を見渡して、ようやく太一たちはデジタルワールドがダークマスターズによって支配されたころと全く同じ光景が広がっていることに気づくのだ。どうやら太一がいた木は、かつてピエモンがいたエリアに編入されたらしい。傍らには死んでも離すまいと抱きしめていた光がいる。ほっとした太一だったが、みんながいないと気づいて血の気が引いた。みんなの名前を呼んでみるが、返事はない。まじかよ、と太一はつぶやいた。


なにもない平原に太一と光はいた。太陽が沈んで、雲のない西の空に夕焼けの名残の赤がぼんやりと残る空が広がっている。すぐの黄昏時。何があるのかはぼんやりと確認できる。太一たちは仲間を探すために歩き始めた。


「デジタルワールドに一体何が起こってんだよ」


くそ、とデジヴァイスを握り締める手は白む。お互いを探知できるサーチ機能を便りに、ひたすら太一たちは前を進んだ。違和感はあったのだ、この世界に一歩足を踏み入れた瞬間から。現実世界は1999年12月31日、大晦日である。21世紀を目前に控えたカウントダウンが聞こえてきそうな時間帯に、彼らはデジタルワールドにやってきた。もちろん服装は冬服である、はずだった。なぜかデジタルワールドにやってきた太一たちは、8月1日に来ていた服装ともちものに変わっていたのだ。嫌な予感がした。だからアグモンたちが待っているはずの龍の目の湖を目指して、先を急いでいたというのに。


そもそも太一たちがデジタルワールドにやってきたのは、光子郎のパソコンに届いた一通のメールがきっかけだった。差出人はゲンナイさん。ケンタルモンやもんざえモンといったかつての仲間たちの姿も確認できた。その内容は、平和になったはずのデジタルワールドに、ふたたび黒い歯車が発生したという信じられないもの。デビモンの姿は確認できないが、その被害はどんどん大きくなっている。もしかしたら、暗黒の勢力がふたたび攻めてきたのかもしれない。助けを求めるメールだった。いてもたってもいられなくなった太一の呼びかけで、大晦日の夜、彼らはデジタルワールドに足を踏み入れたのだ。その矢先、太一たちはこの大厄災に巻き込まれてしまったのである。


「お兄ちゃん、あれ!」


「あっ」



言い合いの声が聞こえた光が指さす先には、奇跡的に生き延びたらしいデジモンたちがいる。種族も属性も世代もばらばらだ。突然わけのわからない世界に投げ出されたらしく、みんなボロボロだった。これからどうするのか相談していたら、喧嘩になったらしい。仲裁しようと近づいた太一の足を止めたのは、突然黒い煙が発生したからだ。あぶない、逃げろて叫んだけど遅かった。あっという間にデジモンたちは飲み込まれてしまう。いそいで駆け寄ろうとした太一を制したのは、いつか聞いた少年の声だった。


「やめとけ、みるな」


はじかれるように顔を上げた太一と光の視線の先には、少年がいた。音もなく巨木から着地した彼は、なんでだよ、と言おうとする太一を制するように腕を前にやった。光は前を遮られてしまう。まるで生きているようにデジモンたちを飲み込んでしまった黒い煙。無防備なデジモンたちの目の色が変わるのが見えた。太一はゾッとした。黒い歯車やケーブルに操られているデジモンたちがしていた目だ。太一たちが呆然とみている目の前で、彼らの言い合いは殺し合い寸前まで発展してしまう。みんなケタケタ笑っている。血の臭いに興奮している。地獄絵図だ。


「プルートモン、頼むぜ」

「我を従えるべき者よ。たしかにその望みを叶えてやろう。その慈悲に感謝するがいい、非常時に争うなど愚か者が」

「まあそういうなって。こんな状況で混乱しねえほうがこえーっての」

「それもまたよかろう。我もまた汝と共にある」


少年の影から出現した真っ黒な騎士が笑った。黒い外殻に覆われた犬の頭が右肩と左肩に乗っている。まるで生きているように歯ぎしりがする。はたからみれば三つの頭を持つ怪物である。少年の合図と共に、プルートモンと呼ばれたデジモンの両肩の犬たちが咆哮する。すると、突然そのデジモンの頭上に巨大な扉が出現した。似たようなデザインの扉を太一たちは見たことがある。ピエモンに追い詰められた光は尚更印象深いものがある。エンジェモンがホーリーエンジェモンに進化した時、ピエモンを異次元に幽閉してくれた必殺技で出現するのと同じようなデザインの扉だからだ。ヘブンズゲートと似ているのに、どこか禍々しい印象を受けるのはその扉の向こうから漏れるのが黒だからだろう。ゆっくりと扉が開かれる。溢れ出してきた影がデジモンたちをもろとも飲み込んで、ばたんと扉を締めてしまった。あの向こう側は間違いなく天国ではない、地獄である。


「なにしてんだよ、お前!」

「お前じゃないって、アキラだよ、アキラ。半年前に名乗ったろ?もう忘れちまったのかよ、太一君?」

「それは・・・・・・でも、なんでとめなかったんだよ!」

「だってこれが一番てっとり早いんだよ。広げた両手で守れるものなんて限られてくるだろ、それなら、さっさとご退場願ったほうが早いじゃないか」

「でも、あの扉の向こうって安全な感じ、しなかったよ。もっと怖い感じがした」

「そりゃあの世だもの、当たり前だろ」

「えええっ!?」

「死んじゃったデジモンを生き返らせる仕事してるんじゃないのかよ、お前!ゲンナイさんの言ってた話と違うじゃないか」

「あのデジモンたち、死んじゃったの?」

「あの煙に飲まれた時点でどうしようもねえよ。それともあれか?殺し合いして、最後の勝者が笑いながら死ぬところみたいのかよ。今のデジタルワールドは転生システムが死んじまってんだ。こうでもしないとみんなアポカリモンの餌になっちまう」

「進化の否定。それが暗黒の勢力の目的なのだ、選ばれし子供よ。はじまりの街が手中に落ちた時点で、この世界にはもはや転生システムは存在せぬわ。死んだら最後、生き返るには世界の再構築をまたねばならぬ。我ができることは餌になる者たちをダークエリアに送ることのみよ」

「つーか、今回はずいぶんとお早いご到着だな、太一君。具体的に言うと12年ほど?大事な相棒はどこにいんだい?」


アグモンとテイルモンとはぐれてしまったことを知ったアキラは、しばし言葉を失った。






「難易度上昇ってそっちの意味かあーっ!遼と会えるまでパートナーなしとかお助けNPCが意味をなしてねえじゃねーかーっ!」





アキラの心の声が太一たちに届くことはなかった。



















デジモンアドベンチャーから30周年を迎えた今、デジモンの世界観は後付けのオンパレードである。


デジタルワールドには、統治しているホストコンピュータの名前を世界の名前に用いる習わしがある。ロイヤルナイツがセキュリティ・システムの最高位を務めている世界の名前は、彼らが守護すべき主の名前をとって、デジタルワールド・イグドラシルとよばれている。基本的にセキュリティ・システムの名前が世界の名前に用いられることはないのだが、ホストコンピュータがデジモンに守護を託すことなく、直接セキュリティ・システムを作り上げ、管理している世界がある。その場合は、セキュリティ・システム=ホストコンピュータのため、そのまま世界の名前に用いられることもある。ちなみにそれがデジモンアドベンチャーの舞台となるデジタルワールド・ホメオスタシスである。そして、アキラが所属していることになっているオリンポス十二神が守護神を務めている世界の名前は、デジタルワールド・イリアス。統治するホストコンピュータが異なる世界は、基本的に互換性がないためよほどのことがない限り、自由に行き来することはできないとされている。しかし、ホストコンピュータの意思や世界を危機に陥れるウィルスの存在がある場合は、その限りではない。



デジタルワールド・イリアスがほかのデジタルワールドと異なるところは、ダークエリアと他のエリアが海をはさんで同じ空間に存在していることだろう。本来ならダークエリアはあの世であるため、他のエリアとは隔離され、死んだデジモンしかいけないシステムになっていることが多いのだが、イリアスは違うのだ。その役割を担っているのが海のエリアを統括しているネプチューンモンであり、許可なく現世と冥府のエリアを行き来することはできない。オリンポス十二神は、統括するエリアに居城を構えており、その総本山は世界で一番高い山の頂上にある。その入口は雲の大きなゲートでできている。厳重な警戒態勢のゲートをくぐると宮殿があり、ユピテルモンとユノモン夫妻と彼らに仕えるデジモンたちの住居がある。彼らはそこで生活をしていて、法廷や会議を開いたりする。ちなみにこのオリンポス宮殿を建築したのはウルヌカスモンのところで雇われているサイクロモン達だ。優秀な建築士らしい、デジモンも見かけによらないものだ。大きな広間では晩餐が行われたり、音楽の鑑賞会が行われていたりするが、アキラは今までゲートから正式な通路を通って、宮殿で一番高いところにあるユピテルモンの城まできたことがないため、どこに何があるのか、どれくらい広大な場所なのか未だに把握しきれていない。なにせユピテルモンが直々にアキラを呼びつけるときは、その宮殿の玉座の間に直接召喚するからである。冥府を守護するプルートモンと一緒に行動することが多いアキラは、基本的にダークエリアが活動拠点となるため、仕方ないのだ。海でつながっているとはいえ、真面目に移動するなら何ヶ月かかるかわかったもんじゃない。



デジモンアドベンチャー編から、はや半年。待ちに待った秋山遼編第一弾が公開された。単体でもプレイできるが、前作があるとそのまま引き継ぎがあると告知されていたので、いうまでもなくアキラはオリンポスルートでプレイしている。時間軸的には、半年後の1999年12月31日大晦日、前作から半年後という設定のようだ。アキラはユピテルモンからふたたび召喚された体でここにいる。


デジタルワールド・ホメオスタシスの要請で、派遣された現実世界での活動を報告したアキラに、ユピテルモンは興味深そうに何度もうなずいていた。壊滅状態に陥ったデジモンの転生システムの再構築が主な仕事だった。現実世界で死んだデジモンのデータを回収して転生させる活動もした。プルートモンから譲渡された転生システムは、ホメオスタシスによって再構築される世界に導入されることだろう。ユピテルモンは大儀であったと笑う。


「うむ、汝はまた一回り逞しくなったように見受けられる。なんとめでたいことか!汝の勇猛邁進ぶりには刮目させられるな。その調子で励むのだぞ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「そうだ。汝はこのような物に興味はあるか?」

「なんですか?」

「これは我の宝だ。しかし、汝に与えるのならば、惜しくは思わぬ。我からの感謝の証だ、大切にするが良い。この宝は汝のようなものにこそ相応しいからな」


何もない空間から出現したのは、禍々しいデザインをしたオブジェだった。白い円の土台から白くてねじれた樹木が生えていて、その血管のような細い枝が絡みついているのは青い球体。白い樹木が青い球体を支えているようなデザインだった。


「我が慈悲を授けよう」

「あ、ありがとうございます」


アキラはそのオブジェを受け取った。


「それは新しい挨拶の形であるのか?ユピテルモンよ」


面白くなさそうにつぶやいたのは、傍らで二人のやり取りを見守っていたプルートモンである。


「我らがそのような物のために呼びかけに応じたと思うのか?汝の戯言聞き飽きた。このようなやり取りばかりなら、汝との話はもう終わりだ。このような願いの切り出し方は、これきりにしてもらいたいものだ」

「ふむ、仕方のないやつよな、お前は。よほど不愉快とみえる。これくらい我慢するのが道理であろうになあ、アキラ?」

「我は貴公の行動が目に余るだけだ。そのような行動はあまり好かぬのだがな。いってやれ、アキラ

「ユピテルモン様もプルートモンでからかうのやめてくださいよ。あとで苦労するの俺なんだから。プルートモンもいちいち反応するなよ、それが面白くてちょっかいかけてんだからさ、この人」

「はっはっは、よくわかっておるではないか、さすがはアキラ。我が見込んだだけのことはある」

「・・・・・・・我は用済みなどとは言うまいな?」

「なんでそうなるんだよ」

「はたして、汝は、未だ我が守護を受けるに値するだろうか。その物欲に打ち勝ち、我が前に己の価値を今一度示されよ」

「だから、いちいち拗ねるなよ、プルートモン。お前究極体になってから、どれくらい経つんだよ、おい」

「おお悩ましい。我はこれほどまでに悩んでいるというに。我としたことがため息など。今こそ、我々は出逢った意味を知るべきだ」

「ユピテルモン様のせいですからね」

「さて、それはどうだ」

「アンタの奥さんにそのどうしようもない浮気性バラしてやろうか。ヒステリックに刺されちまえ、このリア充が」

「おっと、それだけは勘弁してもらおうか」


ユピテルモンがようやくプルートモンを諌めてくれた。しっかし、ユピテルモンからの報酬が暗黒のデジメンタルとか・・・・・と期待していただけに落胆が大きいアキラである。しょぼすぎやしませんかね、ぶっちゃけ。禍々しいオーラを放つオブジェを大切に抱えながら、アキラは思った。ゲームによっては、すべての属性に対して耐性がつくメリットはあったものの、アーマー体に進化できるアイテムではなかった暗黒のデジメンタルである。カードでの効果も進化条件を無視して次の世代に進化できる、みたいな効果だったはずだ。それなんて暗黒進化?しかも使いきりの消耗品である。これは光子郎にならって、さっさとデータバンクにぶち込んで繰り返し使用できるようにしたほうがいいかもしれない。このゲームだとどんな効果があるかは知らないけどさ。おそらくプルートモンがダークエリアの主だからよりふさわしいものをと贈呈されたものなのだろうが、どうせなら、なんたらデジゾイドとか、どっかのデジタルワールドに行けるURLとかのほうがよかったのに。多分レアアイテム、もしくは換金アイテム、最悪トロフィー的ななにかだろう。勝手にあたりをつけているアキラが、まじまじとオブジェを見ているのを確認したプルートモンは、よほど敬愛するアキラがもらった贈り物が気に入らないのか、取り上げてしまった。


「さっさと本題に入ってはもらえないだろうか、ユピテルモン。デジメンタルが必要ということは、【非進化の概念】の侵食が始まっているということだろう?」

「いかにも。久方ぶりに我が汝らを呼んだのは、そのためよ。我が悩みを解決してはくれぬか、アキラよ」

「なにかあったんですか?」



うむ、と頷いたユピテルモンは、ようやく追加シナリオの導入を語り始めてくれた。


デジタルワールド・ホメオスタシスの要請である。すべての時間が巻き戻り現象を引き起こしており、再構築されつつあった世界は旧世界に戻ってしまった。しかも、かつて蹂躙したすべての勢力が同時に存在するという絶望的な状況になっており、選ばれし子供たちの力だけでは到底、侵略を阻止することができない。その打破のきっかけになった予言の書も、ダークマスターズの手中にあるところまで再現されてしまっては、完全に詰みである。ようするにゲンナイさんがヴァンデモンを倒すのに使った予言の書がダークマスターズに奪われたので、奪還してくださいという依頼である。ついでに今回はマジで無理ゲーなので、選ばれし子供に力を貸してあげてください、とのこと。アキラの1999年の冒険のメインの焼き増しだ。ついでに難易度が上昇してるらしい。まじでかーと予想していたとは言え、かつての日々を思うと引きつりが止まらない。プルートモンの仕事はダークエリアの管轄である。ダークエリアにデジモンを送ることもアキラの仕事のため、暗黒勢力に食われる運命のデジモンを根こそぎ横取りして、アポカリモンを弱体化させるのが本来の目的なのだ。武者震いと勘違いしたらしいプルートモンは機嫌を取り戻した。


「我々はこの先あらゆる事象に勝たねばならんぬだろう。それは物理的であるやもしれぬし、精神的なものでもあるやもしれぬ。いかなる状況にも打ち勝つため、今一度力を貸してくれ。その経験は我らの大いなる糧となるだろう。主よ、我の新たなる力、見せてしんぜよう」


たかだかと掲げられるオブジェ。え、暗黒のデジメンタルってそういうアイテムなの?アキラは思ったのだった。

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