3話

ジュンの考えている以上に光が丘テロ事件および黒い霧事件は、日本に、そして世界に影響をあたえていた。サイバーテロから身を守るにはセキュリティシステムの構築が必要だが、プログラミングに精通している人材が必要不可欠だったのだ。


政府の方針として、プログラミングの義務教育化が決定した。しかし、プログラミングは目的なく学んでもその真価を発揮することはできない。子供たちがプログラミングを本当に自分の表現手段として使いこなすためには、 他の多くの仲間たちとの健全な競争の場で、自分の考えをプログラミングとして 表現することが、彼らを勇気づけ、プログラミングを学ぶ強い動機づけになる。そう大人たちは考えたのだ。

全国の小中学校の児童・生徒を対象に、プログラミングによるテーマに沿った自己表現を行うことで、その技術力と芸術性を競う場として本大会が青少年の健全育成の一翼を担うことをめざした。

そして来年から小中学校向けのプログラミング大会が開催されるにいたったのである。

大会実行委員は、有名な大学教授や
先端科学技術研究センターの所長、プログラミングに精通している有識者たちだ。

主催は全国小中学生プログラミング大会実行委員会。募集テーマはロボットとわたしたち。人工知能やロボットは、私たちの生活をどう変えていくのか。募集内容はPCで動作するオリジナルのプログラム。開発言語、ツールは問わない。審査基準は「アイデア」、「プログラミング技術」、「完成度」。

応募資格は日本在住の6歳以上15歳以下の小学生・中学生。グループで応募する場合は3人以下。応募は1人何作品でも可能。応募費は無料(応募までにかかる費用は自己負担)。


グランプリには賞状と盾。副賞は最新ノートパソコン。準グランプリには賞状。副賞はデジタルカメラ。ノ優秀賞は賞状。副賞は図書券1万円分


去年までは研究所主催だったが、後援に文化庁や総務省がかかわりはじめてから大規模化した。

今年は全国から応募が殺到するにちがいない。

去年のグランプリは、小4の一乗寺治が作成したプログラムだ。複雑な迷路の最短距離を判断してゴールまで向かうことができるプログラムである。自分で人工知能を作ってみたいという思いが作品のきっかけらしい。迷路をと最短経路を探す手法として、単細胞生物である粘菌が迷路を解くことができると知って、それをヒントにプログラムを作ったという独創的な着眼点が高く評価された。粘菌の動きという自然界のアルゴリズムとプログラミングを組み合せた発想が、今後のプログラミング教育普及における指針を示すうえでの好例だとして、グランプリに選ばれた。

ちなみに賢が作ったのは絵を描く人工知能で入選している。コメントによればオランダの画家レンブラントの絵を人工知能が復元したというニュースを見て、真似したいと思ったと書いてあった。

ジュンはゲームをつくって準優勝に選ばれた。いろんな図形をクリックして回転させ、繋がっていくと人が移動出来るゲームだ。みんながつながることのできる温かい世界があったらいいなとの思いで製作したことが評価されたのだ。平面的なゲームだが立体的な繋がりもできるという完成度の高さから審査員は満場一致だったという。

ジュンが熱心に今年の小中学校プログラミング大会のチラシを見ていることに気づいた顧問の先生は笑った。

「一乗寺治くんて、一乗寺賢くんのお兄さん、ですよね」

「一乗寺兄弟か、お父さんがプログラマーだけあって揃って入賞は凄いな」

「一乗寺治くんて、サッカーもすごいですよね?」

「ああ、すごいよな。ジュニアユース候補なんだろう?それにくわえてプログラミングがこれか、たいしたもんだ。でも、本宮も気にする必要はないぞ。プログラミングの完成度は1番だったと去年も褒めてもらえたじゃないか。次こそはがんばれよ」

ジュンはもちろんですよと笑った。
まあ、一乗寺治くんのことは大輔に聞いた方が早いだろう。なにせ太一たちがサッカーの交流試合をしているのだから。

顧問の先生に呼ばれて、ジュンは頷いた。小中学生向けのプログラミング&暗号処理体験会が行われるため、お台場中学校パソコン部の希望者だけが先生同伴で参加するためだ。

小学校で必修化するプログラミング教育において、昨今注目を集めているロボットプログラミングや教材予定のデジタル機器を楽しくプログラミングを学べる講座と、情報セキュリティの基盤技術である暗号理論を小中学生でもわかりやすく学べる講座という触れ込みだった。


ロボットの活用したプログラミング教育の効果検証について共同研究を実施している団体が主催のイベントだ。

冬休みの今日10時から15時まで。会場は某大学キャンパス。対象者は小学生(中学年)から中学生(大人の方の見学可)。

定員はプログラミング講座が各回10名(保護者見学可)。プログラミング講座が各回15名(親子参加可)。暗号処理講座が各回15名(親子参加可)。

参加費は無料。

経験を積ませて大会で入賞するような作品をつくれるよう、インスピレーションを与えるために先生は必死なのだ。ジュンもデジタルワールドの復興の手伝いばかりで気が滅入るから、いい息抜きだとおもう。

大学のキャンパスをくぐりぬけながら、進路について少しだけ考えるジュンだった。

(なんなのかしら、あの車。ずっと運転手こっちを見てるみたいだけど誰かお迎え?)





「今日はお疲れ様でした」

すべてのプログラムをおえて、パンフレットなどが入った紙袋をかかえながらジュンはその場で解散となった。友達や先輩はそのまま遊びに行くようだが、ジュンはすぐに帰ってデジタルワールドのゲンナイさんのところに行かなければならない。選ばれし子供たちがデジモンたちと会うことを楽しみにしているのだからやることは山積しているのだ。

(うわあ.......まだ止まってるわ、この車。なに?何が目的なんだろ?怖いなー)

ジュンは朝から同じ場所にずっと路上駐車している車からわざとらしく距離を取りながら通り過ぎる。それとなく見ていたが新聞を読むふりをしながら曲がり角を時折見つめているようだった。


ジュンは横断歩道を探して最寄りの駅に向かう道を確認しながら歩き出す。ぱ、ぱ、ぱ、と信号が点滅後に青になった。すでに待っていた人達が歩き出す。どうやらサッカーチームが帰宅中なのか似たようなユニフォームをきている小学生たちが歩いてくる。ジュンも歩行者信号が赤色に変わる前に渡り切ってしまおうと足早にかけだす。

視界の隅にさっきまで止まっていた車が見えた。窓ガラスをあけてじいっとサッカーチームの少年たちを見つめている。

(うっわ、なにこれ。ストーカー?気持ち悪い)

好奇心でギラギラしている男だとわかる。品定めしているみたいに少年たちを見ているのがわかった。

気になって男が探している少年を特定しようと躍起になる。少年たちはジュンと同じ方向の地下鉄に乗るつもりなのか、後ろをついてくる。

ぴたりと一定の距離を保ったまま車はついてきていた。

ぱ、ぱ、ぱ、と信号が点滅後に赤に変わる。ユニフォームの少年がひとり車に気づいて走り出した。

「あっ」

ジュンはそれしか言えなかった。謎の追跡車は凄まじいスピードで走り去ってしまう。ナンバーを即座に覚えたジュンは、いきなり飛び出してきた対向車の先に倒れている少年をみて、ひいてしまったのだろうかと気が動転している青年のところにかけよる。

「練馬ナンバーの×××の××××です!さっき走り去った車がこの子をひき逃げしたんですよ!救急車と警察お願いします!」

ジュンの言葉に壊れかけのラジオのように繰り返しながら、青年は携帯電話をかけはじめる。あの機種は運転中は電波を拾えず電話できないから、ながら運転していたわけではなさそうだ。もし警察に在らぬ疑いがかかるようなら証言しなくちゃいけない。

明らかに少年はあの車から逃げようとしていた。ストーカーされていたようだ。可哀想にと思いながら少年の所にもどったジュンは、お兄ちゃん!と叫ぶ男の子に追い越された。

「兄さん、兄さん、治兄さんっ!大丈夫!?!」

半狂乱状態である。そりゃそうだ、これだけの狼狽ぶりだと目の前で兄をひき逃げされたところを目撃してしまったかもしれないのである。

「一乗寺、大丈夫か!?」

「治!」

「立てるか?」

「どっか痛い?」

「足?腕?まさか全身が!?」

ユニフォームの少年たちにもパニックは感染していく。ジュンはようやく冷静さを取り戻して黒山の人だかりの中を走り抜けた。

「大丈夫.......大丈夫だから、耳元で騒がないでくれ.......それよりメガネは.......?あれがないと見えないんだが」

「兄さん.......よかった、兄さん」

「もしかして、一乗寺治くん?」

「.......?その声は」

「私、本宮ジュンていうんだけど、覚えてる?今救急車と警察呼んでるところだから大人しくしてくれる?」

「本宮.......本宮.......ああ、プログラミング大会の.......」

「そう、その本宮よ。君、さっき車にひき逃げされたの。一応病院いってみてくれる?ナンバープレートの番号覚えてるから、ちゃんと証言するし」

「.......そうか、ありがとう」

「どうしたしまして」

やがて救急車がきて賢と治を乗せた救急車はいってしまう。ひき逃げということで証言することにしたジュンが帰れたのは翌日深夜の頃だったという。



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