後日談

デジタルワールドの海の向こう側に無数の光の粒子が集まって行くのが見えた。空から地平線にむかってたくさんの光がドームの骨格のように放射状に広がっていく。かつて太一たちの冒険の後には全ての光ははじまりの街に収束していったが今回は違うようだ。デジタルワールド全体がみずみずしい生気を取り戻していたのは同じだが。

すっかり選ばれし子供たちのホームタウンとかしているはじまりの街では、いきなり帰ってきた子供たちにレオモンがまず驚き、いそいでファイル島全体の守護デジモンたちにくるよう使いを出していた。

エレキモンの家の前に建築中の建物がある。なんでも選ばれし子供たちの栄光をたたえて、ダイノ古代境に保管していた予言の碑文を復元するついでに、有志のデジモンたちによってデジモンワールドの歴史と知識を集めた「デジモンミュージアム」が建設中だというのだ。

中には選ばれし子供たちの冒険の記録や紋章、デジヴァイス、記念写真なんかが保管してある。警備員もかねてレオモンがいるようだ。ここが街の中心らしい。

それは遼と治と賢とジュン、アグモン、そしてリーフモン、ボタモンが記念撮影を終えたとき。ゲンナイさんのカメラを前に全員がかしこまっている時だった。

はいチーズの瞬間にリーフモンが尻尾部の新緑の小さな葉っぱを振り回したものだから賢の頭から落ちそうになり、あわてたみんながわちゃわちゃしている間にパシャリと取られてしまった。

リーフモンは植物の要素を多く持ち体成分には葉緑素を含んでいて、光合成をして成長している。葉っぱ状の尻尾を持ち日差しが強いときや、雨の時はその葉っぱでしのいでいる。純真無垢な性格で相手が怖いとか、疑うことなどはしない。

しかし、ちょっぴり恥ずかしがり屋だ。生まれて初めてのカメラが無性に恥ずかしくなってしまったらしい。遼がにやにやしながはちょっかいをかけたものだから酸性の泡を吐いて威嚇してきて、いよいよ記念撮影どころではなくなってしまった。

太一に似てるわねと空が笑うものだから、なんでだよと太一は不満顔だ。うん、よく似てるよーとアグモンは笑う。アグモンまで、と複雑そうに太一は秋山遼をみる。紋章もタグもなしでアグモンをウォーグレイモンにまで進化させてしまったという彼に複雑な感情を抱いているのは誰の目にも明らかだった。なんだそりゃって話である。アグモンは太一のパートナーであり太一しか進化させてやることが出来ないと聞いていただけになんだかもやもやしてしまうのだ。

「ねえ、太一。遼は太一を羨ましがってたよ」

「へ?なんでだよ、すげー力持ってるのにさ」

「だって僕が遼と冒険をしたのは太一がいなかったからだよ。太一がいたら僕は太一と冒険するんだ。離れてたって僕のパートナーは太一だけだからね」

「............言われてみりゃ、それもそうか。記憶にないけどデジヴァイス返してもらったから、あいつ、今はデジヴァイスすらないんだもんな」

「はやくパートナーデジモンに会えるといいね」

「そーだな」

そしたらアグモンを取られてしまうかもしれないなんて、ありもしない妄想をしてしまうことはなくなるに違いなかった。太一はアグモンにうなずく。

「なにしてんだよ、太一。早くこいよ。新年といえば初笑いだろ。ネタ、考えてきたんだろうな?」

ヤマトが急かすものだから、やっべえと太一は汗をかく。ゲンナイさんや新しい選ばれし子供たち、デジモンたちの大冒険に聞き入っていたらすっかり温めていたネタが飛んでしまった。どうやら新しい仲間に審査員でもしてもらい、親睦を深めるつもりのようだ。

デジタルワールドがまた再構築された関係で、時間の流れが以前のように現実世界の1分がデジタルワールドの1日から軌道修正していくとゲンナイさんから聞いて即決したらしい。

「だ、大丈夫だって、あはは!任せろよ!でもとっておきのネタだからな!とりがやりたい!な、アグモン」

「え?僕なにもまだ聞かさむぐぐぐぐ」

「しー!しー!!」

「むぐぐ」

アグモンは恨めしげに太一を見上げた。

「ゲンナイさん、ほんとにお疲れ様です。せっかく4ヶ月かけて現実世界の時間に近づいてるところだったのにまた1からですね」

太一たちが走っていくのを見送りながら、ジュンはゲンナイさんに話しかけた。新人さんたちは待っててくれと言われたため、遼たちは守護デジモンたちと交流を深めている。

「いってくれるな、ジュンや。まだ目を背けて起きたかったんじゃがなあ......」

はあ、とゲンナイさんは深深とため息をついた。悲哀すら感じさせる背中にジュンは手伝いますからと励ました。

「光子郎くんたちにも手伝ってもらったらどうです?あの子達ならみんなパソコンに詳しいし」

ジュンは目を輝かせてレオモンに話かけている賢や遼、呆れ顔の治をみた。

「そうじゃのう。さいわい、1度組み上げたシステムをまた根本から見直して調整するだけじゃからな。ホメオスタシス様に聞いてみるとしよう」

「そうですよ、ただでさえ2000年問題に今年1年振り回される予感しかしないんだから。少しはゲンナイ様たちも休まなきゃ。ただでさえ本調子じゃないんだから」

「先が思いやられるのう......。やれやれ、いずれデジタルワールドのセキュリティシステムの1部が人間に委託される理由がわかるわい。うらやましいのう」

「まあ、みんながみんな、いい顔するわけじゃないですけどね」

「それでも事務屋は必要じゃよ、いつの時代もな」

「それはいえてますね」

ジュンは大きくうなずいた。

ミレニアモンの改変された歴史が正常化したとはいえ、今までのデジタルワールドに上書き保存して終わりという訳には行かない。なにせデジタルワールドは意志を持つ世界だ。
なんの問題も残さないハッピーエンドとはいかなかった。ミレニアモンが改変した歴史により発生した新たなるダークマスターズたちなどの情報が還元されたり、あちらの歴史で死んでしまう運命だったデジモンたちの思念に強化されたりして、アポカリモンの力は相対的に強くなってしまった。四聖獣たちの封印をそちらに集中させて均衡を保つため、現実世界とデジタルワールドの関係はまた不安定になってしまったのだ。

デジタルワールドの時間は夏の冒険の終わりくらい、また現実世界よりも早く進んでしまっている。

本当は現実世界の時間ではごく最近誕生したデジタルワールドは、急速に時間を進めることで現実世界がビックバンから現在まで要してきた歴史に追いつこうとしていた。その目標がまた遠のいてしまったのである。

おかげでこれまでのように、世界としての安定さを欠いた期間が長引くことになってしまった。それをつき、他の世界から侵略があったり、現実世界に影響を与えたりするのは目に見えている。つまり、ゲンナイさんたちの仕事がふえて、暗黒の種の治療がなかなか進まない。ジュンは心底ゲンナイさんに同情した。

ミレニアモンに洗脳されたと思われるベンジャミンだってもとはといえば老人状態でエージェントをコピーしたから発生した事態だ。はやくセキュリティシステムに所属するデジモンたちを増やせばいいのにと思えてならない。

さいわいなのはアポカリモンやミレニアモンにより再統合されたあと、再構築されたデジタルワールドは、かえって安定度をスピーディに増すことができることだろう。スクラップビルドがスムーズにできるのだ、皮肉なことに。

ジュンは知っている。これがまだ序の口だということを。ゲンナイさんの目が死にそうだからいえないが。

現実世界のネットワークもこれから加速度的に規模を拡大し、端末としてのパソコンの台数が増えていく。双方の世界においてなにかの充分な要素を満たしていく。距離が近くなっていく。デジタルワールドの時間は現実世界と同期するようにゆるやかに変わりはじめるだろう。その裏にゲンナイさんたちの忙殺があるとは知らなかったが、かつての同業者としては手伝わざるをえない。これはさっさとデジ研をたちあげた方がいいのではないだろうか。

「ところでゲンナイさん。あれ、はじまりの街じゃないんですね」

世界の果てに消えていく光を見ながらジュンがいった。

「ああ、あれはアポカリモンの構成データのうち、今回解析できた分じゃな」

「あの7つあった紋章の?ウィルス種の動力炉でしたよね、たしか。メタルエンパイアの都市エリアの」

「そうじゃ。ウィルス種の構成データだけ抽出することが出来たんじゃ。ただエネルギーが膨大すぎて生まれながらに究極体になりそうだからスーツェーモン様の管轄になりそうなんじゃがのう」

「生まれながらの究極体ですか......それはすごいですね」

「残念ながら選ばれし子供たちでさえ制限をかけとる状態じゃからな......今のデジタルワールドでは受け入れるのは無理じゃ。じゃが、いずれ世界が発展すればうけいれられる日もくるじゃろう」

「そうですね。私の知る限り、かなり早くなってるとは思いますよ。保証します」

「それだけが救いじゃな......」

「あの光の先にデジタマがあるんですかね?」

「いや、その時が来るまでは要石として新たなる楔になってもらおうと思っておる」

「動かしちゃいけないやつですね」

「そうじゃな」

それはデジタルワールドが次の段階に進んだことを示していた。それこそがデジタルワールドの進化であり、現実世界に生きる人間にとっても新たなる時代の兆しであることだけはたしかだった。

その意味するところは誰にもわからない。それは一介のエージェントにすぎないゲンナイさんはもとより、セキュリティシステムでしかないホメオスタシスにも。ただ時間軸の変化自体はゲンナイさんにも感知することが出来るようだ。

「どうやら歓迎会の準備が出来たようじゃな。ジュン、いっておいで」

「はい、いってきますね」

ジュンはデジモンミュージアム建設予定地に向かってかけだしたのだった。

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