7話

今思えば一乗寺治くんがこのタイミングで、交通事故により長期入院するなんて。何かしら底意地の悪いものが偶然という顔をして秘められているようでもあった。冷静になって考えてみれば、その違和感はまるで靴の中の小石のようでもある。ジュンにははっきりとそれを感じ取ることができた。不吉な悪魔の仕業でもあるように嫌な予感にゆすぶられる。

「え、今なんて?嘘でしょう?」

ジュンの言葉にゲンナイさんはまた繰り返した。

「気持ちはわかる。わかるが落ち着いてくれんか、ジュン。何度も言うようにわしらはまだ2000年問題に手一杯で、選ばれし子供たちをデジタルワールドに迎えられる体制は整っておらんのじゃよ」

「嘘、え、でも光子郎くんはゲンナイさんから招待状がきたって。え?え?」

「わしらが忙しかったのは知っておるだろう?」

「うん、うん、だから私はてっきりゲンナイさんからのサプライズじゃないかって思って......!」

それは何気ない世間話だった。デジタルワールドで新年が迎えられるってことは、現実世界とデジタルワールドの時間の流れがだいぶ同じになってきたんだろうとジュンはいったのだ。ジュンから受取ったプログラムを四聖獣たちに渡す手続きに入っていたゲンナイはきょとんとした顔でいったのだ。いきなりなんの話じゃと。

その瞬間に空気が凍るのがわかった。老人の目が鋭くなり、どういう意味か聞いてくる。ジュンは稲妻のような予感にハッとする。嫌な予感が、不安な予感が、隙間風のように吹き込んでくる。嫌な予感が背筋を冷たく流れる。あきらかに雲行きが怪しい。

ひどく嫌な予感がした。心臓が喉もとまでせりあがってきた。何かが間違っている。何かまずいことが持ちあがろうとしている。何かよくないことが迫りつつある気がする。不吉な予感が暗い雲のように地平線に姿を見せていた。

「そんな、嘘でしょう」

ジュンは繰り返すことしか出来ない。それだけ「知らない」という言葉には不吉な響きが含まれていた。ジュンの耳はその微かな響きを、遠くの雷鳴を聞くときのように感知することができた。遠まわしな死の気配が漂っている。静かで緩慢な、しかし逃れようのない死だ。あたりの空気にはどことなくあぶなっかしい気配が漂っている。

「約束してないってどういうことですか?私もこうやってメールが......」

「なんじゃと!?見せてくれんか?」

「は、はい」

訳の分からないままジュンはメールをゲンナイに開示した。ゲンナイの表情が険しくなる。

「アドレスが違う」

「えっ」

「見てもらえんか。よく似ているがこれは違う。特に末尾が。このアドレスは1999年12月31日までのデジタルワールドからじゃ。デジタルワールドは100年ごとにバックアップをとっておる。いわばデバック空間、ミラーワールド、そこから送り付けられておるんじゃ!」

ジュンは血の気がひいた。今占い師がいたら信じてしまうほど土壇場に追い詰められている。

「待ってよ、待ってよ、ねえ。それじゃあ太一くんたちは一体誰に呼ばれたの!?」

ジュンは頭が真っ白になった。なにか、なにか大切なことを忘れてしまっていたのかと、激しく動揺してパニック状態になる。くるとわかっていたはずのなにかを回避できずに危険に晒したのではないだろうかと、二度ならず三度までも同じ過ちを繰り返したのではないか、とぐるぐるになる。

「落ち着かんか!とにかくわしはバックアップ空間を管理しておるデジモンたちに聞いてみる。ジュンは太一たちに連絡をいれてみてくれんか。時は一刻を争うぞ!」

「は、はいっ!」

ジュンは大慌てで部屋から出ると電話の受話器をとる。祈るような気持ちで太一を皮切りに選ばれし子供たちの家に電話をかけることにしたのだった。

太一と光は両親にデジタルワールドやデジモンについて夏休みの間に説明が終わっていたようで、明日の夕方までは泊まると告げていたようだ。両親は2日に初詣にいくからそれまでには帰ってこいといったらしい。光子郎、ミミ、空も同様。そりゃそうだ、みんな4ヶ月ぶりにパートナーデジモンやデジタルワールドの仲間たちと会うことを誰よりも楽しみにしていたのだから。ヤマトとタケルも親を説得出来ていたらしい。

最後の望みの綱だった受験生の丈だったが、ダメだった。大学の医学部に入るためダブルスクールや勉強漬けだったために、家族からゴマモンたちにあってこいと背中を押したらしいのだ。たまには息抜きしないと潰れると。1泊2日くらい大丈夫だと。気持ちはわかる、気持ちはわかるがジュンは受話器を置くなりため息をつくしかなかった。

「なんて悪質なのよ、よりによってこのタイミングで!」

ジュンは部屋に走った。そしてゲンナイさんに伝えるのだ、ダメだったと。2000年問題の対応におわれているデジタルワールド側を完全に把握し、選ばれし子供たちの会いたい気持ちに漬け込んだあまりにも悪質な罠である。

「やはり調べてみたんじゃが、このメールに添付されたアドレスはミラーワールドに繋がるデジタルゲートじゃ」

「じゃあやっぱり誰かがミラーワールドから選ばれし子供たちに?ゲンナイさんにみせかけて?いったい誰がこんなことを?」

「わからん、わからんのじゃが、このミラーワールドにアクセスできんことがわかった。内側からアクセスコードが書き換えられていてエラーがでるそうじゃ」

「そんなっ。じゃあ、じゃあ、アグモンたちは!?」

「それが......」

ジュンは愕然とした。ゲンナイさんが迎えに来たというのだ。正しくはゲンナイさんを語る何者かがアグモンたちを言葉巧みに誘導して拉致したのだという。おそらくはエージェントの誰かだろうという。

「ジュンも知ってのとおり、わしはダークマスターズに感染させられた暗黒の球の除去をしないままエージェントを複製した。時間が無かったからじゃ。ゆえにゲンナイのかくれがから出ることができん。わしの名を語った誰かはエージェントの1人じゃろうが、おそらく外に出たんじゃ」

「なんらかの理由で」

「そう、太一たちを誘導したメールのように」

「誰かは特定出来たんですか?」

「ああ、ベンジャミンじゃ」

「ベンジャミン......フランクリン?」

「そうじゃな、わしらは世界中の発明家から名前がとられておる。平賀源内から取られているわしのようにな」

立派な白ひげを弄りながらゲンナイさんはいった。ホメオスタシスに仕えている自律エージェントの生き残りの1人である、唯一のオリジナルということで統括なり代表なりの役割をおっているようだ。

「ホメオスタシスはなんて?」

ゲンナイさんは首をふる。

「ホメオスタシス様によると外部からの攻撃ではないそうじゃ」

「ファイヤーウォールの向こう側から来たわけじゃないわけね」

「うむ、考えられるのは未来、もしくは過去からの攻撃じゃ」

「同じデジタルワールドでも時代によって生きているデジモンが違うもんね......」

ホメオスタシスは別名「デジタルワールドの安定を望む者」とも呼ばれている。太一たちを選ばれし子どもたちに選んだ張本人であり、デジモンたちと同じくネット上のデータとして出来ているが自身の肉体を持つことが出来ない。

ゆえにゲンナイのような自律エージェントを生み出した。ゲンナイの正体はホメオスタシスから生み出された自律エージェントになる。

ホメオスタシスの正体はデジタルワールドのセキュリティシステム。デジタルワールドの安定や繁栄の為、光と闇のバランスを監視している存在だ。

ホメオスタシスは英語ではhomeostasisと書き、日本語で恒常性を意味する。恒常性とは生物などが持っている重要な性質であり、生体の状態が一定に保たれる性質やその状態のことを言う。そのため健康を定義している重要な要素の1つでもある。

自律エージェントとはなんらかの環境に置かれているシステムのことを指し、その環境を感知、内的方針に従って行動をする存在だ。内的方針とはプログラムされた目的、もしくは衝動になる。環境に変化を与えるように行動して、それにより後に感知された環境に影響を与える。

よってホメオスタシスやゲンナイが感知できないということは、ホメオスタシスと同じ存在、もしくは上位存在からのハッキングによるものだと思われる。

「ジュン、お前さんに心当たりはないかのう?」

ジュンは首を振った。

「たしかに私は未来のデジタルワールドのセキュリティシステムの仕事をしていたけど、末端の末端だし、新人だったもの。セキュリティクリアランス的に開示されてない情報だわ」

「ふうむ......」

ゲンナイさんは考え込んでしまう。

「緊急事態じゃ、止むを得まい。こちらに来てくれんか、ジュン。君にしか頼めないことじゃ」

「なんですか?」

「これからクラヴィスエンジェモンにゲートを開けてもらう」

「えっ、ミラーワールドにアクセスは出来ないんじゃ?」

「今のミラーワールドは無理じゃが、別の時間軸からアクセスすることは可能なはずじゃ。クロックモンにお願いして、選ばれし子供たちを引き止めて欲しい。わしはここから出られん以上、実体があるベンジャミンの方が説得力があるからのう。お前さんもいてくれた方が太一たちもわかってくれるはずじゃ」

「わかりました!」

「よし、ホメオスタシス様から許可がでたようじゃ。パソコンを一時的にゲートに繋げるからデジヴァイスをかかげてくれ」

「了解です」

「キーワードは音声入力じゃ」

提示されたパスワードをみて、ジュンは目を輝かせた。デジヴァイスをかかげて、ジュンは叫ぶのだ。

「デジタルゲートオープン」

鮮やかな光がノートパソコンから放たれる。ジュンはあまりの眩しさに目を瞑る。ジュンの体は0と1のデータに分解され、デジタルゲートをくぐってゲンナイさんの隠れ家に転送されたのだった。

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