タケルが目を覚ましたとき、ベッドが空を飛んでいた。真っ黒なデジモンがいて、太一たちがものすごく怒っていた。なにが起こったのかさっぱりわからないけれど、ものすごいスピードでベットが飛んでいく。ずっと下の方では、ファイル島がムゲンマウンテンを中心にピザみたいに切り分けられ、ばらばらになっていく。みんなバラバラになってしまう!あわてて身をのりだそうとしたタケルだったが、落っこちるよう、とパタモンが全力で止めた。すぐとなりのベッドだったから、だろうか。ミコトとタケルは同じ方向に飛んでいた。なんとか飛び移ろうとしてみるが、スピードが速すぎて風がすべてを邪魔する。
「タケ兄ちゃん!」
「ミコトちゃあんっ!」
伸ばした手は届かなかった。ミコトはベッドに捕まるので精一杯で、バクモンもおいていかれないように手すりにしがみついている。どんどん遠ざかっていく双子の妹。生まれて初めてタケルは、ミコトと離ればなれになってしまったのだった。タケルは必死でミコトが連れて行かれる場所を確かめた。ずっとずっと向こう側、竜の目の湖があるあたり。その向こう側にある森の中に落ちていくのが見えた。タケルが落ちたのはその手前の森の中、いわゆる迷わずの森。パタモンたちがトコモンだったころ、ずっと住んでいた場所だった。
「パタモン、パタモン、大変!はやくミコトちゃん、探しに行かなくちゃ!」
「うん、そうだね!いこう、タケル!」
「うん!」
やっとベットが落ちて、タケルは急いで竜の目の湖まで向かった。あのときと同じように、電車がある。明かりが照らしているからすぐにわかった。
「もう暗いから明日にしよう、タケル。夜は強いデジモンがたくさんくるから、危ないよ」
「でも、でも、ミコトちゃんが」
「バクモンがいるから大丈夫だよ」
「どうしてわかるの?」
「僕たち双子だったもん。わかるよ。タケルはわからない?」
「ううん、わかんない」
「そっか。でも大丈夫だよ、安心して」
「パタモンがそういうなら、そうする」
こくりとうなずいたタケルは、しぶしぶパタモンのいうことを聞く。長いこと住んでいたエリアだったから、パタモンは近くの森でなにがとれるのかよく知っていた。タケルのおやつはみんなのものだ。勝手に食べては行けない。なら自分で取ればいい。パタモンは火が起こせないからすぐに食べられるものがいい。リンゴやブドウによくにたものを食べてタケルたちは電車の中で眠ることにした。
「ねえねえ、タケル」
「なに?」
「ずっと聞きたかったんだけどね」
「うん」
「タケルとミコトは双子でしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、どうしてミコトって、タケルよりちっちゃいの?」
「んーとね、ミコトちゃんがいってたよ。僕がミコトちゃんの分大きくなるから、ミコトちゃんはちっちゃいんだって」
「え、そうなの?」
「うん」
「女の子はあれくらいなの?」
「ううん、ミコトちゃんはほんとにちっちゃいんだって。僕の友達もミコトちゃんよりちっちゃい子はいないんだ。だから、僕がミコトちゃんを守らないといけないんだよって、お兄ちゃんなんだよって、お母さんがいってた。だから、僕はミコトちゃんをはやく助けなくちゃいけないんだ」
「そっか」
「うん」
「なら、明日、がんばって探そうね、タケル」
「うん。ミコトちゃんが落っこちたところは覚えてる。この湖のずっと向こう。ぐるっと歩いていかなくちゃ」
「そうだね」
「パタモンはあっちになにがあるかしらない?」
パタモンは首を振る。
「ごめんね、タケル。あっちは強いデジモンがたくさんいるから、いっちゃだめっていわれてたからいったことないんだ」
「えっ!?強いデジモンってどれくらい?」
「え、わかんない」
「そっか、うん、わかった。早くねよ、パタモン。明日、急いで助けにいかなきゃ」
「うん」
お休み、と一人と一匹が眠る夜は更けていった。
太陽がすっかり上ったころ、タケルたちは目を覚ます。近くの湖で顔を洗って、昨日の木の実たちをたべて、準備を整えたタケルたちはさっそく竜の目の湖にそってぐるっと回ることにした。ちょっとの距離だったら、パタモンがタケルを乗せて空を飛べるだろう。でも竜の目の湖は広すぎる。ゴマモンみたいにたくさんの魚たちが操れたらあっという間にたどり着くが、いない人をアテにしてもどうしようもない。強いデジモンが水を飲みにくることがあるらしいから、足跡がないか注意しながら、タケルたちは結構歩いてようやく竜の目の湖の反対側に流れている川にたどり着いた。タケルの記憶が正しければ、この川の先にある森にミコトたちのベットは落っこちたはずだ。
鬱蒼とした木々を抜ける。なんだか見たことがある森である。どこだっけ、とタケルは首を傾げる。僕たちが初めてあった場所に似てる、とパタモンはいう。方角は反対の方向だけど、木々がよく似ている。
「ってことは、クワガーモンがいるってこと?」
「あ、そっか、うん」
追いかけ回されたことを思い出して、一人と一匹は青ざめた。あのときはみんながいたから1体やっつけることができた。でもあとから出てきた2、3体に襲われて崖から落っこちた。今回はタケルとパタモンしかいないのだ。がんばって逃げるしかない。クワガーモンと遭遇しないことを祈りながら、タケルたちは川を下っていった。
どれくらい歩いただろうか、太陽が傾きはじめてあたりが赤色になりはじめた。さすがに疲れが見え始めたタケルとパタモンである。休憩の時間の方が伸び始めているが、はやくミコトたちと会いたい気持ちだけでひたすら歩き続けていた。
空を見上げると夕焼けの向こうに一番星をみつけた。
「あ、」
すっかりへとへとになったタケルたちの前に、大きな大きな看板が現れた。
「なにこれ」
「わかんない」
「パタモン、よめる?」
「ううん」
あいにく二人とも英語は読むことができない。なんて書いてあるかわからないけれど、ネオンに照らされている大きな看板には、大きな拳マークがついている。なんだかとっても強そうな筋肉ムキムキの男の人の腕みたいなマークだ。どこなんだろう、ここ。おもちゃの街くらい大きなエリアである。大きな建物がたくさんあって、どこからも明かりが漏れている。どうやらどこかのデジモンたちのおうちのようだ。タケルはちょっと安心した。ミコトたちは森の中で野宿しなくてよかったかもしれないからだ。とりあえずのぞいてみよう、ということで、一番近くにあった建物に並んでいる樽によじ登った
タケルは、よいしょっとのぞいてみた。
「だーから、だめだっていってるだろ!こんなちっちゃいお前等が行けるほどこのあたりは安全じゃねーんだ」
「そうそう、だからおとなしく迎えが来るのを待ってな」
「なんだよ、クワガーモンたちの分からず屋!ボクがいるでしょ!」
「俺たちの攻撃であっさりふっとばされててよく言うぜ」
「うぐぐぐぐ」
「ねえ、どうしてもだめ?」
「だーめだ、いくら伝説の子供のひとりだとしても、まさかこんなちっちゃいとは思わなかったんだよ。せめてお前がもっと大きかったらいいけどな」
「ボクだって好きでまだ進化できないわけじゃないんだよーだ!」
「気合いが足りないんだよ、気合いが!」
「ここから出たけりゃ強くなれ!」
「なにいってんだよー!それどころじゃないのに!」
タケルとパタモンは顔を見合わせた。樽から飛び降りて、入り口に向かう。どうやらここにいるクワガーモンたちは言葉が通じるようだ。
「ミコトちゃん、大丈夫!?」
「え?」
「ミコトちゃん!」
「タケ兄ちゃん!」
「パタモン、タケル!来てくれたんだ!」
すっかり困り果てていたミコトの表情が明るくなる。ぱっとかけだしたミコトをバクモンが追いかける。
「大丈夫だった、ミコトちゃん?怪我してない?」
「うん、私は大丈夫だよ、タケ兄ちゃん。タケ兄ちゃんは?大丈夫だった?」
「うん、僕もパタモンも大丈夫だよ。ミコトちゃんが心配で、ずっと探してたんだ。見つかってよかったあ」
「そうなの!?ありがとう、タケ兄ちゃん、パタモン!」
うれしそうにミコトが笑う。
ミコト曰く、バクモンとベッドにしがみついてずっと空を飛んでいると、クワガーモンが襲ってきたと勘違いしてそりゃもう大パニックだったらしい。そりゃそうだ、ミコトたちはデジタルワールドに迷い込んだ初日に、クワガーモンのコロニーに迷い込み襲われた経験があるのだから。そしたら暴れるな落ちるぞと怒られてしまい、言葉が通じることにびっくり仰天である。知能が低いとテントモンから教えてもらっていたからなおさら。そして話を聞いてみると、言葉が話せる虫型デジモンたちは街に住んでいるというのだ。ベッドから助けてもらったミコトたちはずっとここでお世話になっているという。
「でもね、ここから出してもらえないの」
「ここらへんって成熟期のデジモンが多いからお迎えがくるまで待てっていうんだよ!?つれてってくれればいいのにさ、けちー!」
「だーれがけちだ、自分の身も自分で守れねえやつの言葉なんざ誰も耳を掻さねえよ」
クワガーモンたちは笑う。拾われた場所が悪かったなと。ここは強さを求めるデジモンたちが集まる場所であり、ファイル島中から力自慢が集まるそうなのだ。ここはビートランド、虫型デジモンたちが運営する闘技場を運営しているエリアだという。バクモンは成長期、ミコトは一番小さい。その時点で危ないからここから出るな、といわれてしまってどこにも行けなくて困っているという。成長期の時点でバカにされているのが見え見えで、バクモンはすっかり不機嫌だ。
「脳味噌まで筋肉なんてふざけてるよね、ほんと。やってらんないよ」
ぶう、と頬を膨らませる。
「でも、お迎え来てくれたからいいよね?」
「ね?」
「あー?こんな小さい奴がお迎えだ!?あっはっは、冗談も休み休みいえよ、じょーちゃんたち」
「えーっ!?」
「そんなに悔しかったら、うちの闘技場で優勝でもなんでもしてみるんだな、あっはっは」
「どうしよう、タケ兄ちゃん」
「どうしよう、ミコトちゃん」
ふたりは顔を見合わせた。
タケルたちが通されたのは立派な闘技場である。所狭しとイスが並べられている。両サイドには大きな入り口があり、控え室から会場に向かう入場口となっているようだ。観客の目の前を通るときのパフォーマンスも大事なようで、実況席と思われる独立した空間以外はすべて戦うものたちの為に用意された世界である。
「おっきいねえ」
「ほんとだね」
パートナーをだっこしたり、頭にのっけたりしながら口を開けて見上げている双子に気をよくしたらしいクワガーモンが特別にステージにあがっていいといってくれた。イスを出してこないと上れない。ロープを飛び越えられなくてくぐり抜け、たくさんのデジモンたちが戦ったのだろう、ぼろぼろの床の上に立つ。ずっと奥には歴代の優勝者たちの写真と名前が並んでいる。
「あ、レオモンだ」
バクモンたちが反応する。幼年期のころ、よく遊んでくれたり、オーガモンに意地悪されたときに助けてくれたという。黒い歯車に操られているせいで怖いデジモンだというイメージが刷り込まれているタケルだが、パタモンがうれしそうにはなしてくれるから違うのかなあと思ったりもするのだ。
「オーガモンもいるね」
「こいつらはライバルだからな、いつもいつも派手に暴れてくれるから盛り上がるんだ」
「へー、そうなんだ」
「すごいねえ」
「ね」
はしっこから順番にみていく。知らないデジモンばかりだ。最近の方になるにつれて、今までタケルたちが会っていたデジモンの姿が見え始める。きっと数年以内のチャンピオンたちなのだ。レオモンもオーガモンも常連なのか何度も写真が並んでいる。
「あ」
ミコトがふと足を止めた。
「どうしたの、ミコトちゃん」
「あれ、デビモンじゃない?」
「え?あ、ほんとだ。デビモンだ」
「デビモンもここによく来てるの?」
「いんや、あいつはたまにしかこねーな」
「そうなんだ」
「つよい?」
「そりゃここで優勝するくらいは強いさ。お前等よりずっとな」
「そりゃそうだけどさ、なんかやな言い方」
「事実なんだからしかたねーだろ」
悔しそうにバクモンはむくれている。悔しかったら強くなってみろといわれてしまい、双子は肩をすくめる。全くとりつく島がない。
「光子郎さんがいたら進化できるのにね」
パソコンで進化したテントモンを思いだし、タケルは残念そうにつぶやく。
「でも壊れちゃったよね?」
「壊れてないよ、つかなくなちゃっただけ」
「そうなの?」
「うん、光子郎さんいってたよ」
「そっか」
「もー、ここに頼りになるボクたちがいるのに、なーんで光子郎がでてくるのさ!」
「ほんとだよ、ふたりとも!」
「ここから出るには進化するしかないんだよ!」
「特訓するしかないよ!」
こういうときばかりは息が合う二匹である。その意気だ、とクワガーモンは控え室に案内してくれた。まるでプロレスラーが訓練するような施設がたくさん並んでいる。選ばれし子供のデジモンはパートナーも強くならないと強くなれないらしいな、とどっから仕入れてきたのかとんでもない情報を投下してきた。もうここでミコトたちは逃げ出したくなる。もちろん大きな巨体が逃がしてくれそうにはないのだが。ほらほらがんばれちびっこども、と放り出されてしまった二人は、こっそり逃げだそうとした薄情なパートナーにじとめの彼らのご機嫌とりもかねて特訓につきあうことにしたのだった。
「うわあっ!」
スピードをまちがえて吹っ飛ばされる。
「てえいっ!・・・・・・あれ?」
おもいっきり叩いたのに動かない。
「とりゃー!うあっ!?」
け飛ばした反動で返ってきたサンドバックに頭をぶつける。
「だ、大丈夫、バクモン?無理しちゃだめだよ?」
「大丈夫、大丈夫、ボクはまだまだいけるよ!ミコトは?」
「私は大丈夫だけど」
「ならもっとスピードあげよう!」
「えええっ!?」
ここで特訓を始めてから数日分先輩なせいだろうか、バクモンの動きはこなれている。器具の使い方がよくわかっているようだ。ランニングマシンに振り回されるミコトをみながら、タケルはパタモンと一緒に大きなグローブで大きなクッションを叩いていた。
やる気十分なバクモンに触発される形でパタモンも一生懸命になる。最初は乗り気ではなかったタケルだが、バクモンにミコトを取られる気がして次第にボルテージがあがったらしい。器具の使い方を虫型のデジモンたちに聞きながら、トレーニングにいそしんだ。
「つかれたー!」
「もううごけないー!」
「ようちびっ子ども、お疲れさん。さあ、メシの時間だ、きな!」
クワガーモンが迎えに来てくれた。なんだろう、とわくわくしているタケルの横でミコトとバクモンは手を引いてくる。よっぽどおなかが空いているようだ。
大きな南国の葉っぱの上に、大きな魚が丸焼きになっておいてある。たくさん食べないと大きくなれないと好き嫌いした時のお母さんみたいなことをいわれて、タケルたちはおそるおそる食べてみる。味がないのは残念だがそれなりの味である。
こうしてタケルたちの特訓の日ははじまった。
そして数日後。
「もうすぐ大会が開かれるんだ。ここで勝てたらここから出してやるよ。ただしファイル島きっての強豪ぞろいだ。おまえらが勝てるようなやつだとは思わないけどな!」
「もー、またそんな意地悪いう!ボク強くなったんだからね!」
「進化もまだなくせになにいってやがる!」
「進化できなくったって、前のボクより強くなったもん!」
「へえ、いうじゃねえか。なら見せてみろよ、ちっちゃいなりの意地ってのをな!」
まるで相手にしてくれないクワガーモンに、バクモンとパタモンはやってやるー!と叫んでいる。成熟期も参加する大会だ。さすがに早すぎる。成長期の大会が数日後にある。わざわざこの大会に出なくてもいいんじゃ、とミコトは止めようとするのだがいうことを聞かない。パタモンもタケルたちをバカにされっぱなしなのがよっぽど気にくわないようだ。いわれっぱなしは悔しい、とミコトたちのことをかばって怒ってくれるバクモンの気持ちもわかるし、うれしい。ふたりはそんなにいうなら参加してみよう、とうなずいたのである。
一回戦は成長期同士がぶつかった。すぐにやられないように、クワガーモンが配慮してくれたのかもしれない。勝てたら、だからこれでここから出られるんじゃないかと一瞬思ったミコトだがやる気にみなぎるバクモンの気力をそぐまねはしなかった。パタモンは覚えたばかりの技を炸裂させて、おなじ成長期のデジモンから勝利をもぎ取った。拍手喝采から出てきたパタモンにおめでとー!とミコトが水をもってくる。
「へへ、やったねパタモン」
「うん!かったね!」
えっへん、と得意げなパートナーをねぎらいながら、二人はちょっと早いお昼タイムである。
「まだまだ喜ぶのは早いぞ、ちびっ子ども」
「あ、クワガーモン」
「なんだよ、人がせっかくうれしがってるのに!」
「なあに、ちびっこどもにこの大会の恐ろしさを教えてやろうとおもってな。怖じ気づいて逃げ出してもいいんだぜ?特にバクモン、次のお前の相手はティラノ師匠だ!」
ぜってー勝てないぞおまえじゃーな!とクワガーモンは殿堂入りしているデジモンたちの写真を指さす。栄誉ある初代チャンピオンにして、殿堂入りをした伝説のデジモン。おそらくファイル島で1、2を荒らそう強さを誇るティラノモンの中のティラノモン。それが今は一千を退いて後身の育成に励んでいるティラノ師匠である。得意げに語るクワガーモンはどうやらファンらしい。
「そんなのかんけーないね!ボクは勝つだけだ!」
「その調子だよ、バクモン!がんばって!」
「もっちろん!ね、ミコト!ボクの勇士、見ててよね!」
「誰が相手だってバクモンを応援してるよ!がんばってね、バクモン!」
「うん!」
ティラノ師匠が闘技場に来ることは異例中異例らしい。どれだけファンが待ちこがれても一番弟子を送り込むことに熱心だった彼が表舞台に姿を現すのは本当にひさしぶりである。つまんねー試合だけはすんなよ、と応援してんだかしてないんだかよくわからない言葉を残し、クワガーモンは去っていった。
マイク片手に会場を盛り上げるの獣型のデジモン。会場はにわかに騒がしくなっていた。ししょう、ししょう、の言葉がたくさん聞こえてくる。完全なるアウェイである。さすがに緊張しているのかバクモンは顔がひきつっているように見える。ミコトは大丈夫だよと後ろからだきしめる。あたりにただよう柔らかい煙ごと抱きしめられ、バクモンは顔を上げた。
「大丈夫だよ、バクモン。今の君ならきっとみんな驚かせられるよ。がんばろ」
「と、当然だね!ボクにかかったらなんだって倒せるさ!」
「頑張れ、バクモン!応援してるよ!」
「がんばれー!」
「うん!」
気合いを入れて、バクモンとミコトは赤コーナーから飛び出した。それなりに拍手が飛ぶ。選ばれし子供とパートナーであることが宣伝に使われているのだ、それなりに客の注目度はあがっている。さあいよいよこの大会の優勝候補との対決だ。控え室の入り口から客の一番後ろの通路を通り、一番前の場所までやってきたタケルとパタモンはどきどきしながら見守る。バクモンとミコトもその入り口を見つめた。
ばきいっと扉が吹き飛ばされる。
どよめきが広がる。パフォーマンスにしてはなかなかじゃないか、とどもりながらバクモンは顔をひきつらせる。さすがにミコトもちょっと顔色が悪い。
その砂埃の向こう側から、豪快に入ってきたのは、ティラノモンよりずっと大きい真っ黒な恐竜だった。大歓声がわく。
「嘘でしょ、マスターティラノモンだよ!?」
思わずミコトはたじろぐ。
「ますたー?!」
「完全体だよ!」
「えええっ!?」
まさかのおもちゃの森の村長、ファクトリアルタウンの番人と同じ世代、成熟期よりさらに上の世代のご登場である。ティラノモンが激戦を勝ち抜いて進化に到達したこのデジモンは、体中に残った傷が歴戦の勇姿の証なのだ。豪快に吠えたティラノ師匠はミコトとバクモンをみて、目の色が変わる。豪快な炎が炸裂した。
「バクモン危ない!」
予備動作が大きいおかげで回避こそできたが、特大の炎は範囲が広すぎて観客席まで丸焦げにする。さすがに観客席から悲鳴が上がり、パニック状態になる。実況解説席も混乱しているようだ。どうやらいつもこんな大乱闘をするような個体ではないらしい。たしかに控え室から出てきたティラノモンたちが止めようとしているのだが、薙ぎ払われてしまっている。これはまさか。ミコトもバクモンも状況のおかしさに違和感が走る。ティラノモンの目があるまじき色合いをしている。演出を越えた破壊活動が行われ始めたとき、タケルがティラノ師匠のしっぽに何か刺さっていると教えてくれた。
「ミコトちゃん、あれ、黒い歯車だよ!」
「ほんとだ!」
「大変、なんとかしなきゃ!」
「パタモン、なんとか届かない!?」
「誰かがティラノ師匠止めてくれないと届かないよーっ!」
どうする、どうする、とティラノモンたちは狼狽している。
「なら、ボク(わたし)がやる!」
「ミコトちゃん!?」
「バクモン、できるの!?大丈夫?!あぶないよ!」
「ボクたちがティラノ師匠引きつけるから、タケルたちはお願い!」
「タケ兄ちゃんならぜったいできるよ!わたし、知ってるもん!だから、がんばる!」
そんなことをいわれてしまえば、タケルだって俄然やる気になる。自分より小さな女の子、しかも自分が守るべき女の子がそんなこというのだ。パタモンもタケルもやる気になる。バクモンは体にまとわせている煙をひろげ、ため込んだ悪夢を放出する。世代が近ければ行動不能にできるが、さすがに完全体だとすぐに振り払われてしまう。吹き飛ばされる会場。ガラクタのイスが散乱する。天井からランプが落ちてきた。ミコトはおぼつかない足取りでイスを掲げて放り投げる。がしゃん、という音がして、ティラノ師匠がこっちを向いた。攻撃態勢にはいる。あわててバクモンとミコトは逃げる。ティラノモンたちが師匠のしっぽに組み付く。パタモンが上から歯車を引っこ抜こうとするがなかなか抜けない。ちょこまかと逃げ回るミコトたちにいらいらしてきたのか、ティラノ師匠はもう一度業火を放った。その反動でしっぽがパタモンたちを薙払う。さいわいあたらなかったが、ティラノ師匠の視線は壁にたたきつけられてぐったりとしているパタモンに向かう。タケルがあわてて抱き上げ、逃げる。ティラノモンが盾になってくれたが、時間の問題である。
「タケにいちゃん、パタモン、あぶない!どうしてそっちいっちゃうの!こっちにきてよーっ!!」
ミコトは必死でイスを投げる。だがたくさんの動くものがいる方に本能はむいてしまう。こっちを見てくれない。まずいまずいこのままだとタケルとパタモンがあぶない。死んじゃう、二人が死んじゃう、とミコトは焦る。焦りすぎてデジヴァイスの結界の展開の仕方が思い出せない。思い出せ、思い出せ、落ち着け、このままだと本当に二人が!無我夢中でイスを投げ続けるミコトにバクモンは意を決したように進み出る。
「そうだよ!君の相手はボクだろ!そいつらじゃない!!対戦相手に背中を見せるとか、逃げる気!?」
ティラノ師匠がこちらをむく。
「そうそう、君の相手はボクだ!誰でもない、このボク!ミコトのパートナーの、このボクだ!パタモンたちに手を出すのは、ボクに勝ってからにしてよね!」
ミコトのポケットにあるデジヴァイスが暴れ出す。大切な人を守りたい気持ちが進化の道を切り開いた。バクモンは閃光に包まれた。そこに舞い降りたのは、1体の天使だった。
「さあ、祝杯をあげるんだ。もちろん、ボクたちの勝利のためにね!」
ダルクモン
成熟期
天使型
ワクチン種
必殺技 ラ・ピュセル バテーム・デ・アムール
女性の姿をした下級天使型デジモン。天使デジモンの尖兵であり、常に先陣を切って戦う姿は「戦場の女神」とまでいわれるほどである。必殺技は細身の剣「ラ・ピュセル」を使った華麗なる剣技『パテーム。デ。バリューム』