2話

要人をかばい殉職したSPをはじめ、何人もの犠牲者が出た痛ましい事件の追悼式典は滞りなく行われた。関係者100人ほどが参列した。協会の音色の中で黙祷するのはイギリスのロンドンという異国の地をつよく意識するには十分だった。

「伊織、おつかれさま」

喪服姿の母親に声をかけられ、伊織はうなずいた。父親が死んでからまだ1年、もう1年。ただただ現実を突きつけられている。

総理大臣や外国の要人などをとりまく黒いスーツ姿の警護官。するどいまなざしを周囲に向け、颯爽とした身のこなしで任務にあたる彼らはSP(セキュリティポリス)と呼ばれる警視庁の精鋭たちだ。伊織の父親もその1人として1年前の今日、イギリスのロンドンにて凶弾に倒れた。

そのとき伊織は父親は暴漢が拳銃を発砲してきたとき、応戦しなかったことを知った。要人の安全が最優先だからだ。防弾のアタッシェケースなどで要人の身を守り、1mでもいいから離れるのが鉄則。犯人の逮捕は別の班が対応する。

警護車に発砲されていたら助かったのだ。防弾ガラスや爆発物にも耐えられる特殊鋼の装甲が施されている。

万が一の時のための射撃訓練やナイフを持った暴漢を制圧する組み手、運転の訓練やマラソンなど。場合によっては赤坂迎賓館を借りて数十人規模で実戦を想定して行う訓練もあると聞いたことがあった。

例えば運転では、車両の幅ぎりぎりに置かれたコーンを倒さないように次々と通り抜けていく訓練をしているのだと。

だから、幼稚園から帰って手を洗っていた伊織が廊下に出ると、電話に出ていた母親が父親の名前をつぶやいた。そのとき、まさか訃報の電話だとは思いも寄らなかった。母親は気丈に伊織の前で取り乱すことはせずたんたんと主税に連絡をいれて、伊織とともにタクシーに乗り込んだ。飛行機にのせられ、タクシーをのりつぎ、父親と対面したのは次の日だったことを覚えている。変わり果てた姿だった。

職務を全うして殉職した父親は伊織の誇りになった。そうでもしなければ受け入れられそうになかったからだ。母親が泣いたのは葬式の時だけだ。その日から伊織は母親を守れるのは自分だけだと主税に言われて剣道をならい始めたのである。

何度慰霊碑に父親の名前が刻まれていようとも実はまだ実感が湧かない伊織である。誰も泣かなかったから。母親を守らなければならないから泣いてはいけない。そう決意表明したところで母親の隣で式典を終えた伊織は、父親にお別れを告げた。

ぴこぴこぴこぴこ、ぴこぴこぴこぴこ。

やけに耳にのこるアラームだった。不似合いな音声に伊織は自然と視線が向かう。音がする白いデジタル時計を手にしている日本人男性が主税といいあいをしているところだった。

「あの人......」

「お母さん?」

「お父さんの剣道の先生だった人じゃないかしら。ロンドンで剣道を普及させるために随分前に移住したって聞いたことがあるの」

「おじいちゃんの友達の?」

「そうだって聞いてたけど......」

口論は激しさをましている。白いデジタル時計を指さして主税は激昴しているのがみえた。半年前に及川さんという人が墓参りにきてくれていて、そこに鉢合わせたとき以来だったように思う。

「伊織、先にホテルで待ってましょうか」

「うん」

伊織はまた振り返った。なにか聞こえた気がしたからだ。

「かえりたい」

伊織は辺りを見渡した。幼い子供の声がしたからだ。

「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」

迷子なのか、誰かを探しているようだった。

「どこ」

こちらが釣られて泣きたくなってしまいそうな声が木霊している。

「どこ」

四方八方から聞こえてくる怪奇現象に伊織は母親の手をつよく握りしめた。怖いからではない。母親を守るためだ。

「うぉれすぅ......わあああん」

突然風が吹いた。身も心も凍りついてしまいそうな風だった。風には色があった。こちらが飲み込まれてしまいそうな強烈な黒い色をしていた。

「かえりたい......かえりたい......かえりたい」

声が澱んでいく。幼い子供の声はおぞましい怪物のような声にかわっていく。伊織はしっかり母親の手を握りしめた、はずだった。

「お母さん?」

風が止む。目を開けた伊織は隣にいたはずの母親がいない。ぐったりとしたまま倒れているのがわかった。

「お母さん!」

伊織の悲鳴があたりに響く。遺族の関係者たちが意識を失い、倒れているのがみえた。さっきの黒い風のせいだろうか。伊織は主税をよぶ。

「おじいちゃん、お母さんが!お母さんが!」

伊織が主税をみると尻もちをついたまま呆然としている姿があった。伊織の声がとどかないのか、さっきまでいたはずの初老の友人が忽然と姿を消しているではないか。伊織は主税のところに走る。

「え?」

凍てついた風が主税の友人をつつみこむ。彼は伊織たちの目の前で闇に飲まれてしまった。ただ一言、逃げろといいのこして。

「!?」

その闇と目が合ったきがした。伊織がその存在を認識していると気づいてしまった。次の瞬間、それは伊織に近づく。

「伊織!」

主税が叫んだとき、黒い風が渦を巻き何かが生まれ落ちた。無数の目が闇の中にあった。それは伊織たちの影を探しているようだった。

それは伊織が初めてあったデジモンだった。シェイドモンという実体はなく人やデジモンの影に取り憑くデジモンだ。取り憑いた相手の絶望を自身の栄養化として喰らい続け、摂取した量でどの凶悪なデジモンへ進化するかが変わると言われている。 必殺技は、地面に叩き落とされる幻覚を10000回見せ続ける『フリーデスフォール』と、周囲のデジモンを操って取り憑いている敵に襲わせる『キルミー』 。

「ウジャトゲイズ」

シェイドモンが動けなくなる。真下にはウジャトの文様がうかび、拘束されているようだ。その隙をつき、京は伊織と主税を救出した。

「え、あ、み、京さん!?」

「間に合ってよかったわ!」

京はただちに2人を近くの道路に下ろし、シェイドモンと相対する。

「京さん!」

「おっけー!いくわよ!」

それはホークモンが愛情のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の獣型デジモンだった。“愛情のデジメンタル”は“風”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは天空を駆け抜ける一陣の風のように翼をはばたかせ大空を舞う。空中での戦いにおいては、そのスピード、攻撃全てが、敵のデジモンの上をいく。必殺技は、翼から衝撃波をくりだす『マッハインパルス』と体を回転させて巨大な竜巻を起こす『テンペストウィング』。得意技は鋭い眼光から放たれる、呪縛の光線『ウジャトゲイズ』。

「伊織を狙うなんて、選ばれし子供がもうわかってるってこと?あーもう、絶対やばいやつじゃない!でも、まだデジモンともあったことない伊織を狙うなんて許せないわ!シェイドモン、こっちに来なさい!アタシたちが相手なんだから!」

京の挑発に影が反応する。

「ゲンナイさん!」

「よし、今じゃ!」

京がロンドンの巨大なテレビ画面に飛び込んでいく。シェイドモンもまた追いかけていくのがみえた。

「京さん......?」

ぽかんと口を開けたまま伊織はビルを見上げる。主税は伊織の隣にまでくるとテレビの画面がなみうち、京とホルスモンがシェイドモンと戦う様子をみていた。

「あれが......デジモンだと?」

「おじいちゃん?」

「そんな馬鹿な......私は......本当だったのか......」

愕然としている主税に伊織は首をかしげたのだった。

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