最終話

それは忘却の風だった。ガルゴモンはその旋風に巻き込まれ、テリアモン、グミモンに退化してしまった。しだいにあらゆる記憶の輪郭は徐々に崩れて来て、ぼんやりし、あいまいになり、風化し、解体していく。それは彼の人生そのものをなかったことにしていく。たった5年前の記憶すらなくして行く。

「......僕、なんで戦ってたんだろう?」

幼年期にまで退化してしまったためにデジタマから生まれてきた直後の記憶しかなくなってしまったグミモンはあたりをみわたした。

「チョコモン?」

ふよふよ浮きながら近づく。そこにいたのはチョコモンではなく、小さくて青い色をした竜型デジモンの子供だった。

「チョコモン?チョコモンじゃないよ、おれはチコモン。そうだ、おれは誰かを待ってたんだ、どこにいるんだろう?知ってる?」

「え?」

チコモンはキョロキョロあたりを見渡す。すると小さな子供が走ってきた。

「グミモン!よかった、ここにいたんだ!」

「グミモン!チョコモンしらない?」

「えっ......だあれ?」

「なにいってるんだよ、僕だよ、グミモン!ウォレス!」

「わすれたの?僕、大輔だよ」

「??」

大輔という言葉を聞いたチコモンは目を輝かせた。

「だいしけ!」

「えっ、チョコモン、友達?」

「またふえてる」

「おれだよ!おれ、チコモン!ずーっとだいしけと会うの待ってたんだ!」

「ほんとに?」

「うん!ほんとのほんとに!おれ、ずーっと眠っているあいだ、だいしけに会えるの楽しみにしてたんだ!」

大輔は目を輝かせた。チョコモンとグミモンがいるウォレスが羨ましかったのだ。

「よかったね、大輔」

「うん!これでウォレスと一緒!」

「いっしょ?」

きょとんとした顔でグミモンは返した。

「そうだよ!ずっといっしょだって約束したでしょ?忘れちゃったの?」

「やくそく」

「うん、やくそく!」

グミモンは目を輝かせた。ずっといっしょ。かつて交わされたその約束こそがグミモンがやがて野生のデジモンからパートナーデジモンへと昇格する第1歩だったのである。

その時、グミモンとチコモンに光が射した。それはあまりにも眩しくて目がくらむような白だった。

紋章が刻まれた黄金色のデジメンタルが2つ、チコモンとグミモンの前に現れたのだ。二匹は目を瞬かせた。それはパートナーデジモンと選ばれし子供達の運命の絆が生み出した奇跡だった。

「ウォレス、ぼく、戦うよ。ウォレスとずっといっしょにいるために」

チコモンはうなずく。

「チョコモンとみんなでいっしょに遊ぶために!」

光の渦が2体をつつんでいく。

そこにいたのは、2体の黄金色に輝くアーマー体だった。

1体目は奇跡のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の聖騎士型デジモン、マグナモン。“奇跡のデジメンタル”は“メタル”の属性を持っており、超金属「クロンデジゾイド」製である。絶大な防御能力を持ち、その攻撃力は究極体と対等か、それ以上。“奇跡のデジメンタル”のパワーを得たものは、どんな窮地に陥っていても、その奇跡の力によって切りぬけることができるところから、まさにミラクルアイテムと呼ぶに相応しい。

テリアモンが“運命のデジメンタル”でアーマー進化した、聖騎士型デジモンかつフリー種のラピッドモン。本来ラピッドモンはガルゴモンが進化した完全体であるが、“運命のデジメンタル”によって黄金に輝き究極体レベルにまでパワーを昇華することができる。

チョコモンの進化形態を調べるためにデジモンアナライザーを展開していたゲンナイさんは驚愕するのだ。

「あれは......失われたはずのデジメンタル!そしてなんじゃあの紋章は!」

「失われた?」

「黄金色のデジメンタルは究極体相当の力が得られるとされておる。じゃが古代デジタルワールドの戦争において失われたはず!まさか......あれは......」

マグナモンとラピッドモンは声もなく音もなくケルビモンに銃口を向ける。

「エクストリーム・ジハード」

「ゴールデントライアングル」

京とゲンナイさん、そして伊織、伊織にかかえられた種子のような姿をした幼年期デジモン、大輔、ウォレス、誰もが直視できない光に包まれる。マグナモンとラピッドモンは自身が装備している黄金色のデジメンタルの力を極限まで引き出していく。そして全身からエネルギー波を放つ。

世界が黄金色に塗りつぶされていった。

黄色系、あるいは暖色系の金属光沢だった。もしかしたら反射光がまぶしい黄橙色の鏡なのかもしれない。
反射によってめまぐるしく色の鮮やかさが変わり、色空間や表色系だけで完全に表すことはできない、ただただ鮮やかな色彩だった。黄緑・黄色・オレンジ・赤が混ざって、ややオレンジ寄りの黄色、そして金色となっていった。

やがてゆるやかに光が収束していく。

「......あれ?」

大輔たちは目を覚ました。そして体を起こす。体は元に戻っており、力を使い果たしたチコモンとグミモンを除けばデジモンたちも成長期に戻っていた。

そして広がるのはサマーメモリーズと同じ途方もない広さを誇る花畑。闇貴族の館の周りには黒い森、そしてオーバーデール墓地があったはずなのだが、ケルビモンとの戦いにより黒い森はほとんどが丸裸になってしまい、そこを覆うように出現していたのである。まるで黒い森に守られるようにして黄色い黄色い花畑が広がっていた。

どれくらい広いのかというと世界中の40人近くいる選ばれし子供達とパートナーデジモンが倒れていてもぶつからず、なおかつ5メートルほど離れているくらいである。

「よくやったぞ、選ばれし子供達よ!」

大輔たちがパートナーデジモンをかかえて立ち上がるころ、デジタルゲートが開き、ゲンナイさん、そして同じ顔をしたエージェントたちがあらわれた。ゲンナイさん以外のエージェントたちはデジモンたちを引き連れてまだ倒れている人々をどんどんデジタルゲートにつれていく。見たことがある光景だ。去年の今頃、光が丘のゲートポイントにおいて東京中の人々を元の場所に戻しながら、今回の事件に関する記憶を消したり、証拠隠滅をはかったりする膨大な仕事が残っているのだ。

「大輔さん、ウォレスさん!大丈夫ですか!?」

「2人とも大丈夫だがや?」

伊織とアルマジモンたちがかけてくる。大輔とウォレスはまだ疲れて寝てしまっているパートナーをかかえたままぽかんとしていた。まだ現実が受け入れられていないのだ。なにせケルビモンの忘却の風によりまきこまれた彼らは記憶もろとも後退している最中の出来事である。よくわからないまま気づいたら花畑の真ん中に倒れていたのだから無理もない。

「みなさん、よかった!ここにいたんですね!私としたことが退化したことまでは覚えていたんですがどうにも記憶があいまいでして」

ホークモンがとんでくる。

「そうだ、京さん!私達はいったい、どう......って、京さん!?」

ホークモンを熱烈な抱擁が襲った。

「よがっだあああ!」

「うわあ!」

「わ!」

大輔と伊織もろとも京に突進されて花畑に倒れ込んでしまう。ウォレスはキョトンとしたまま京たちをみていた。

「みんな無事でよがっだあああ!もうだめがどおもっだー!!あだしだけ、何にもできないで、みんな死んじゃうがど思っだんだがらあああ!」

サマーメモリーズとデジタルワールドのデジタルゲートを繋げるという大役をこなすためにモニターごしに見ていることしかできなかった京はもう大泣きである。わんわん泣きわめく京につられて大輔たちも涙腺が緩んでくる。ウォレスも今にも泣きそうな顔で笑った。

「よくぞ、よくぞがんばってくれたのう、選ばれし子供達よ。お疲れ様じゃった。おかげで間に合った」

ゲンナイさんの言葉にみんな瞬きをする。

「間に合ったって、もしかして」

「助けられたんですか、私達!」

「みんなを?」

「デジモンたちを?」

「世界を?」

「チョコモンを?」

怒涛の質問攻めが開始されるがゲンナイさんはすべて頷くだけでよかった。

「チョコモンのデータは無事転生システムにのせることができたとたった今ホメオスタシス様からメッセージが届いたぞい」

「転生?」

デジモンの生態に詳しくないウォレスは首を傾げる。

「よーするに、チョコモンは元に戻ったってことだよ、ウォレス!ゲンナイさん、ゲンナイさん!はじまりのまちでいいんだよな?」

「そうじゃ。レオモンかエレキモンに聞いてみるといいぞ」

「やった!よーし、ウォレス、チョコモンを迎えに行こうぜ!」

手を差し伸べられたウォレスは大きくうなずく。そして大輔につれられる形で走り出す。

「ちょ、待ちなさいよ大輔!はじまりのまちってなによ!」

「僕達デジタルワールド初めて来るんですんですけど!?待ってくださいよ!」

「おいおい、大輔。ジュンたちは迎えに行かんでいいのか?」

ゲンナイさんの言葉に、あ、と声を上げた大輔はあわててジュンたちが倒れている場所を聞くのだ。そして新たなる選ばれし子供達はいっせいに走り出す。

「大輔もやればできるじゃない。さすがはアタシの弟ね!」

「へへ、まーな!」

少しだけ大人になった大輔がジュンに笑いかけるのはもうすぐである。




「今、この島はファイル島っていうの?私が冒険したころははじまりの島とフォルダ大陸、ウェブ島しかなかったのよ。世界はいま、こんなにも広いのね」

ウォレスと手を繋いではじまりの街にやってきた老女は懐かしそうに笑うのだ。

「ここだけは今も昔も変わらないのね」

見開けばまだ冴え冴えした緑の目を持った、少女のように活気にあふれた人である。いわくありげな、昔は美人だったといわれれば納得してしまいそうな、美しい佇まい、まだ白髪もなく腰もしゃんとした老人だ。

そこから紡がれるのは54年も前の大冒険だ。

「まさかこの歳になって仲間が出来るなんてね。あのころは他の子達との連絡手段なんてなかったのよ、日本とアメリカは戦争したばかりだもの」

日本人の海外渡航が許されるようになる頃には彼女も新たな人生を歩んでおり、住所が代わってしまったこともあって、結局仲間とはあえなかったという。

40人近くの選ばれし子供達が遊んだり喋ったりしている様子を眩しそうに見つめていた。

3月4日に助けてくれた先代の選ばれし子供にようやく会うことが出来た太一たちはその冒険に耳を傾けながら、自分たちの冒険についても話すのだ。

「アポカリモンは54年たっても封印されたままなのね」

寂しそうな言葉が零れた。

「一体誰が封印を解いたのかしら......あの子達が均衡を保っているのなら外部から強化する要因がなければこんなことにはならないはずなのに」

「それはいま調査中じゃ」

「そうなの」

「はい」

チョコモンのおかげでワクチン種のデータがようやく解析できそう。きっと究極体になるだろうから転生自体はまた時間がかかるだろうが、近年のインターネットの普及を鑑みるに50年はかからないはず。

「チョコモンが産まれたらね、こーんなに仲間がいるんだって教えてあげるんだー」

テリアモンは嬉しそうに笑ったのだった。

「あ、いたいた。こっちです!」

伊織が主税をつれて誰かを呼んでいる。ケイトは顔を上げた。そして弾けるような笑顔で立ち上がると、久しぶりね!と手を振ったのだった。

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