10話

「......貨物列車止まっちゃったね」

「......うん」

「......季節外れの大雪だって」

「......うん」

「......さむいね」

「......そう、だね」

サマーメモリーズに近づくにつれて、真夏だというのに連日の大寒波により孤立状態になっている。まさかの事実を知らされたウォレスたちは途中の駅で降ろされてしまった。

「チョコモンだと思う?」

「思うよ。ウォレスは?」

「思ってるよ。はやく迎えにいかなきゃ。きっとチョコモンのやつ、泣いてるに決まってる」

ウォレスたちに黒い雪が降り注いでいる。地球温暖化なのか大気汚染なのかはわからないが不気味な現象だ。

ウォレスは息を吐く。チョコモンの悲しさが冷たい水のようにふきつける。あるいは凍りつくような寂しさが突風のように襲いくる。


透明な感情が果てしなく流れていくのをぼんやりと眺めながら、ウォレスはひたすら線路沿いをあるいた。

「チョコモン、ないてたね」

「なくよ。お前が攻撃するから」

「だから、ウォレスを攻撃するから」

「でも」

「でもじゃない。ウォレスは僕のパートナーだ」

どこまでも平行線だ。ウォレスとテリアモンの視線はまじわらない。

「テリアモン」

「なにー?」

「この先にチョコモンいる?」

「いるよー。ウォレスのこと待ってる」

「そっか」

「うん」

テリアモンはいきなりウォレスの頭に乗った。

「えっ、なに?」

「マフラー。ウォレスのマフラーになってあげるよ。寒いでしょ?」

テリアモンは長い耳でウォレスの首をまいてあげた。

「お、おもい......」

ウォレスは足元が覚束無い。

「大丈夫、大丈夫。きにしなーい、きにしなーい」

くすくすとテリアモンは笑った。

「ねー、ウォレス」

「今度はなに?」

「メール、しないの?」

「うーん」

「みたら?」

「うん」

「あ」

「どうした?」

「ケイトもいなくなっちゃったって」

「え」

「チョコモンがいなくなったの、ケイトのせいだって」

「えっ」

黒い雪の降る量が増した気がした。

「......大輔にメールしなきゃ。話、聞かなきゃ」

ウォレスはようやく父親の電話からショートメールを大輔に送る。居場所を書いて送信。しばらくしたらくるらしい。

さあ、先に行こうと踏み出したとき、一陣の異様に冷たい風が吹き抜けた。


黒い球体が周囲に旋回し、ウェンディモンを覆い尽くしていく。

「チョコモン!」

ウォレスの叫びはとどかない。テリアモンはウォレスの前に躍り出た。デジヴァイスの光が迸り、テリアモンの姿が分解され、新たなるデータがアップデートされたのち再構築されていく。光の先にいたのはガルゴモンだった。

「ガルゴモン、おまえ......」

「ウォレスは戦いたくなくてもやるしかないでしょ」

「......」

沈黙するウォレスを嘲笑うかのように黒い球体がとかれ、風に流れて消えていく。黒い風雪に揺れる平原を前にウェンディモンではないデジモンがそこにいた。

「また、姿が変わった......」

「あーあ、チョコモン。また進化しちゃったね」

ガルゴモンは風雪にのり耳を広げる。一気に降下して距離を詰めようとするが、相手の方が早かった。一気に跳躍してガルゴモンの前に躍り出たかと思ったら、蹴りあげたのだ。ガルゴモンの口から血がまった。一瞬硬質化したチョコモンの進化系から繰り出された蹴りは鉛のような重量もあいまってすさまじい威力となり襲い掛かったのである。

ガルゴモンは一瞬意識を失った。はるか上空まで蹴りあげられ、黒い猛吹雪に飲まれて見えなくなってしまう。

「ガルゴモン!」

ウォレスは叫ぶ。

「ガルゴモン、大丈夫!?ガルゴモン!」

必死の叫びがガルゴモンの耳に届く。はたと意識を取り戻したガルゴモンは迫り来る敵にガトリングを乱射して距離をとる。耳をめいっぱい広げて滞空時間を伸ばし、なんとか逃げ延びた。


もしここにジュンがいたならば、十二神将の一角とうりふたつだと驚いたかもしれないがこのデジモンはデータ種ではなくウィルス種である。

東洋の伝承に登場する、12体の聖獣の中の兎の姿をした完全体デジモン。体内に流れる“気”を自在に操ることができ、時には流れるようにしなやかな動き、時には鉄の様に重い一撃を繰出すなど柔にも剛にも対応できる。得意技はいかなるダメージも瞬時に回復する『メディテーションキュア』。必殺技は体内の全エネルギーを開放することによって、体組織をクロンデジゾイド合金なみに硬質化させ、強力な一撃を繰出す『マントラチャント』。

その名はアンティラモン。

「かえりたい」

だが聞こえてくるのはチョコモンの声だ。

「チョコモン?」

「かえりたいかえりたい」

ゆらゆらとアンティラモンの体がゆれる。

「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」

揺れは大きくなっていく。アンティラモンの足元から風が発生し、黒い雪を伴って黒い風となっていく。

「!」

ウォレスは目を見張る。平原の遥か向こうに広がっていたはずの農場や牛舎といった施設がみるみるうちに凍りついていくではないか。

「チョコモン!」

民家のあかりも車のあかりもなにもかもが閉ざされていく。

「チョコモン、やめるんだ!これじゃあサマーメモリーズがどこかわからないじゃないか!」

ウォレスは叫んだ。

「帰りたいんだよね?僕もだよ、チョコモン!」

涙が溢れるのも無視して叫んだ。

「ちがう」

「え」

「あの時に、昔に、戻りたい。どこにもいない。あのときのウォレスとグミモンに会いたい」

ウォレスは目を丸くした。そして、1歩下がるのだ。

「ぼくもだよ。いつもいつも夢に観るんだ。ねえ、チョコモン」

ウォレスは少し迷ってからかたりかける。

ウォレスも昔に戻りたい。いや、戻りたかった。チョコモンを見つけ出して一緒に家へ帰れば、全部元通りになると思っていた。昔みたいにみんなが仲がよかった頃に戻って、サマーメモリーズでおばあちゃんたちと住みたかった。ウォレスにはニューヨークは合わなかったのだ。

だが、5年もたてばウォレスもまわりも変わっていく。慣れてくる。受け入れられるようになる。今のウォレスの中ではサマーメモリーズは過去のこと、夏の思い出、文字通りのサマーメモリーなのだ。

ウォレスは今、チョコモンだったものの言葉を聞いてようやく理解する。理解してしまう。

チョコモンは既に別のなにかへ変質してしまっていて、もう元へは戻れない。あの頃のまま凍りついて、もう未来へ進めない。願いや努力だけではどうしようもない運命がチョコモンとウォレスの間に横たわっている。

ぼんやりと浮かんでいた意思が明確な形でウォレスにもたらされる。

逃れられぬ運命ならば、せめて立ち向かわなければならない。討たねばならない。せめて大好きだった自分の手で。

「待ってたよ、ウォレス」

「え」

ガルゴモンが笑った。アンティラモンを威嚇するように射撃する。

「もしかして、ガルゴモン......おまえわかってたのか?」

「わかるよ。わかるに決まってるじゃないか。だって僕とチョコモンは双子だよ?」

ガルゴモンは真っ直ぐにアンティラモンを見上げる。チョコモンが昔とまったく違うものになり果てようとしていることはわかっていた。

ウォレスはようやく気づくのだ。実際、ガルゴモンはそのように認識しているとしか思えぬ行動ばかり取っていたのだと。あるいはもう、最初から知っていたのかもしれない。チョコモンが自分たちのところに戻ってくる可能性はないに近いと。少なくとも、今のままならば。

でもきっと、ウォレスにそれをハッキリとした形で強く伝えることはしたくなかった。望みがまるで無いと知っていても、きょうだいを討つような事態になることだけは避けたかった。
 
むしろ、あの頃に戻れたらどんなに良いかとウォレス以上に強く思っていたのは、他ならぬガルゴモンだ。

けれどウォレスと5年過ごした2ガルゴモンもまた、どうしようもないぐらい知っているのだ。過去にはもう戻れないのだと。

そしてパートナーデジモンである以上、何があってもパートナーを守り抜くことが運命。そのためならば、たとえ兄弟と戦うことになっても躊躇わぬだけの覚悟がある。

ガルゴモンは泣きそうな顔でいうのだ。

もしグミモンとチョコモンの立場が逆だったら、チョコモンはきっと同じ葛藤を味わい、そして同じことをしたはずだと。

「まさか完全体になっちゃうとは思わなかったけど......負けないよ、チョコモン。僕はあの時とは違ってウォレスのパートナーデジモンだからね」

それは決別の言葉だった。アンティラモンは激昴する。デジタルワールドから出られなかったチョコモンを出し抜いてウォレスのパートナーデジモンになるなんてずるい。ずるいずるいずるいずるいずるいずるい!
嫉妬が新たなる力を産み落とす。

ガルゴモンは襲い掛かってきたアンティラモンの脳天に一撃ぶちかまそうとするが止められてしまう。そして先程の乱射で受けたダメージが瞬く間に回復するのを見てしまう。

「あは......思った以上にやばいかもね」

アンティラモンの全身が硬直する。ガルゴモン目掛けて蹴りが炸裂した。

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