1999年8月2日13時20分

「お、おまえ、なんだよその姿は・・・・・!」

「おやおや、てっきり気付いてらっしゃると思いましたが、ご存じなかったと見える。まあ、だからこういう結果になるんでしょうねえ、残念ですよ。本体さんにくれぐれもお伝えくださいな。もうちょっとまともな分霊を寄こすようにと」


そこには拘束具を解放し、本性をあらわにした悪魔が立っていた。そこでようやくマタドゥルモンは悟るのだ。バケモン達を一掃した天使の胸像の正体を。そして響き渡る悪魔の咆哮。マタドゥルモンの体が石に浸食されていく。身軽な体を奪われたマタドゥルモンはバランスを崩し、落下した。迫りくる天使の胸像。拘束具に包まれた天使の小間使いは、追撃を迫る。ケルベロモンを粉砕したガーゴモンとはいえ、相手は強い。ジュンは心配そうに空を見上げていた。すると濃霧を突き破り落下していくのはマタドゥルモンではないか。このまま地面に叩きつけられれば勝負はつくだろう。そう確信した、刹那。










稲妻がガーゴモンの槍を粉砕したのである。そして、いくつもの雷撃が轟音を立てながら、連射された。しかし、ガーゴモンによって出現した天使の胸像がその攻撃を防ぎきる。役目を終えた黒焦げの胸像は、水晶の道路に叩きつけられて、こなごなに砕け散ってしまった。雷撃は執拗にガーゴモンを追いかける。後方から追尾銃のように追いかけてくる雷撃をガーゴモンは避ける。サングルゥモンとずいぶん距離が開いてしまった。どうやらそれが新手の目的のようだ。ガーゴモンの進行方向に突如出現した雷撃が猛威を振るう。とっさの判断で回避をし、追いかけてくる本体に天使の胸像をぶちかましたガーゴモンは、その石像があっけなく崩れ去るのを目撃した。雷撃は止まない。ジュンの想像を絶する速さで繰り出される雷がガーゴモンを襲う。一度も当たらないのが奇跡のようだ。やがてサングルゥモンとガーゴモンの間に、一定の距離が生まれたところで攻撃は止んだ。


「見れば分かりますが、一応聞きますね。あなたたち、ここで何をしているんです?」

「見てわかりませんか?デジコアの回収ですよ」

「ほざけ、裏切り者が」


あまりに不審な言葉を耳にした人形は、襟を高くしているため辛うじて見える眉を寄せた。ガーゴモンと同じく成熟期であるにも関わらず、ガーゴモンのような謎の貫録で二体の前に対峙している。まあ、あれだけ派手に暴れれば援軍もくるわよね、とジュンは思ったが、サングルゥモンとこのデジモンはジュンの居場所が分かっていないので息を殺して身を潜めることにした。結界が展開している限り、その存在を知るガーゴモンが口を割らなければ基本的に安全なのだ。つーか裏切り者ってなによ、と聞き捨てならない言葉が通り過ぎたので注視することにする。


「どういうことですか、ガーゴモン。場合によってはテイルモン様にお伝えしなければなりませんが」

「どうもなにもねえぜ、ウィザーモンよ。こいつ、惚れた子供のために、あっさりオレらを裏切りやがった」

「・・・・・・ほんとうですか?」

「ああ、そうだぜ。自分が認めた主はその子供だけだってほざきやがる。ここいらのバケモン達がいねえのはこいつのせいだ」

「ウィザーモンにそれをいうとはサングルゥモンも人が悪いですねえ。ウィザーモンがお慕いしているのはテイルモンだけでしょうに」

「そのテイルモンがヴァンデモンに忠誠誓ってるからいいんだよ」

「どうですかねえ。ホーリーリングを持つ成熟期を弱体化させずにそばに置く意味が分かりませんがね、正直。しかもその部下はいくら追放の身になってまで禁忌の魔道書を無断で持ち出し、別次元のデジタルワールドを放浪する身とはいえ、データ種でしょう。データ種とワクチン種がその本能を抑えて、ウィルス種に忠誠を誓うなどワタクシは鼻から信じてなどいませんがね」

「わたしは野蛮な種族とは違います。一緒にしないでもらえませんか、ガーゴモン」

「これはこれは失礼いたしました。大魔道士を目指す一族の出でしたっけね、アナタ。修行のためとは言いますが、マスターしたはずの大地と炎の魔術が使えない気分はいかがです?雷しか使えない、呪われた人形にすぎない、アナタがねえ?ウィザーモン」

「ホント外見詐欺だよな、お前。誰よりも悪魔らしいぜ、アンタ」

「その子供というのは、まさか選ばれし子供ですか?」

「いんや、違ったな。もう逃げちまったみたいだが、あれは普通の子供だった。ガーゴモンが教えたんだろうが、オレたちのこと良く知ってたぜ。選ばれし子供の知りあいには違いないだろうがな」

「考え直す気は、ありませんか?ガーゴモン」

「何を心にもないことを。ワタクシが心からお慕い申し上げるのは、その方ただ一人だというに」

「アナタが敵対するのは、その子供が選ばれし子供の仲間であり、ヴァンデモン様を倒そうとしているからですか?」

「いかにも」

「ならば」

「ならば、なんです?」

「その子供をヴァンデモン様のところにお連れすれば、話は変わってくるということですね?」


その言葉を聞くや否や、ガーゴモンは大笑いした。


「ウィザーモン、あなたはほんとうに面白いことをおっしゃいますね、心にも思っていないことをペラペラと。いやあ、全くもって素晴らしい。ワタクシも見習いたいものですねえ。ワタクシ以上に嘘つきだ」


いや、何言ってんのよ、あんた。思わずジュンは突っ込もうとするが、せっかくデジヴァイスの結界で隠れているのが完全に無駄になってしまう。じとめでガーゴモンを見つめるにとどめた。つーかどういうことよ、ガーゴモン。アンタ、ヴァンデモンの手下だったの!?目の前で繰り広げられるとんでもない暴露大会にジュンはついていけず、パニック状態である。そんな彼女を察したらしく、ガーゴモンは悪びれもせずに嘘を重ねる。平然と事実をねつ造する。呼吸するように嘘をつく。それがこのデジモンの本性なのだ、あっという間に既存事実が出来上がっていく。


「裏切り者などと人聞きの悪いことは止めていただきたいものですねえ。ワタクシがヴァンデモンに組したのは、もともとあの方を捜すためなのですよ、お二方。できることなら、こんな形できたくなどなかった。しかし、セキュリティシステムの関係者でもないワタクシがあの方に会うためには、どうしてもヴァンデモンの力が必要だったのです。デジタルワールドから現実世界の旅路に同行するのが本来の目的。ワタクシがあの方に出会えたら、ワタクシはヴァンデモンの勢力から離脱する。その先はどうなろうが構わない。それが我々の交わした契約なのですよ。それなのに、ヴァンデモンはその契約を一方的に破棄したのです。選ばれし子供でもない普通の子供であるあの方に、ケルベロモンをけしかけたのですよ。選ばれし子供がいない、その場所で。完全体である、ケルベロモンを。それがどういう意味をもつかお判りでしょう?ケルベロモンはデジタルワールドにおけるあの世を守護するアヌビモン様の眷属です。あの世の裁判に従事するデジモンです。無罪なら転生。有罪ならダークエリア行き。そして死刑ならケルベロモンに食い殺される。つまり、はなからヴァンデモンはワタクシとの契約を履行する気は無かったのですよ。こんなふざけた話がありますか。ワタクシはあの方を守るためにここにいるのです。誰にも邪魔をされる筋合いはないはずですがねえ」


高らかに宣言された言葉に、ジュンはなんだか無性に恥ずかしくなって赤面した。白昼堂々何言ってんの、このデジモンは。言ってることは無茶苦茶だが、ジュンはガーゴモンを頭ごなしに否定できない事情がある。目の前で倒れ、死んでしまったジュン。家族にないがしろにされ、転生を繰り返し、誰にも愛されないまま成長期で寿命を終える日々。世話を焼いてくれたたった数十分の出来事が、ガーゴモンにとっては唯一の愛された時代の記憶なのだ。それを取り戻そうとあがき始めた結果がこれだとしたら、ジュンはそれを拒否できる自信はなかった。いや、してはいけない、と思ったのだ。ガーゴモンを否定することは、ガーゴモンを世話した時代のジュンを否定することにもつながる。嫌われたくないという気持ちが根底にあるのは嫌でも分かる。どうやって未来のデジタルワールドから今のデジタルワールドにきたのか。どうやってデジタルワールドから現実世界に来たのか。意図的に省かれた経緯をここで知ることにはなったが、それをふくめてもジュンはガーゴモンを責める気にはならなかった。もう答えは出たようなものである。


「ウィザーモン」

「なんですか?」

「オレはガーゴモンが惚れ込んでるガキを連れてくるわ。ヴァンデモン様になんとかしてもらおうぜ」

「ええ、そうですね。わたしはテイルモンに伝えに行きます」

「おやおや、ワタクシが逃がすとお思いで?」

「思ってねえさ。でもな、忘れてねえか、ガーゴモン。ここはヴァンデモン様が守護するウィルス種しか入れない結界の中にあるエリアだ。こっちにきてから早々に離脱したお前は知らないだろうが、トラップなんざ、腐るほどあるんだぜ」


助かったぜ、ウィザーモン、この借りは必ず返すわ

そう言ってサングルゥモンはいよいよ1と0の粒子となって消え失せた。ぱきん、とガラスが割れる音がする。


「本気なんですね、ガーゴモン」

「ワタクシは初めから一切変わってはいませんが?」

「わたしはあなたが羨ましく思う」


そう言ってウィザーモンは姿を消した。ばきん、と鏡が砕け散って破片が広がった。ガーゴモンがそれを拾い上げる。そしてゆっくりとジュンのところに向かう。結界をといたジュンは鏡を受け取った。これはかつてピコデビモンがヴァンデモンと連絡を取り合っていた鏡とよく似ている、とガーゴモンは言う。ガーゴモンもヴァンデモンの鏡を通じて瞬間移動したことがあるらしい。どうやら光が丘団地が結晶化した理由は、そこにありそうだ。ヴァンデモンの配下が自由に召喚される鏡が光が丘団地にいくつも設置してあるのだろう。普通ならすぐにみつかる。だがすべてが結晶化するクリスタルに覆われた異空間ならその難易度は急上昇する。加えてウィルス種以外には容赦なく襲い掛かる濃霧。選ばれし子供たちが心配になったものの、ジュンはガーゴモンに乗って先を急いだのだった。

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