1999年8月2日12時12分

ジュンはノートパソコンを起動する。サングルゥモンとガーゴモンの戦闘は気になる所だが、ジュンが出来ることはない。見守るのは性に合わない。ジュンはジュンにしかできないことをやるべきだ。そう結論付けた彼女の行動は早かった。ノートパソコンに集中すると非常に無防備になるが、テイマーであるジュンにとってはこのパソコンこそが生命線なのだ。デジヴァイスのプログラムを起動させたジュンは、結界を展開した。デジ文字で作成されたプログラムが実体化する。ジュンのパソコンを中心にスクエア型の結界が形成され、外部からジュンの姿はみえなくなってしまった。これでパソコンのバッテリーさえ気を付けていればいい。安堵のためいきである。さてつぎは。ジュンが手を伸ばしたのは、メール機能である。


覗いてみれば、案の定、光子郎から数分おきにたくさんのメールが届いていた。光子郎はゲンナイさんから役立つアプリを貰っている。デジモン図鑑やデジモンの出現場所を表示するマップ。他の選ばれし子供たちの現在地を把握できるマップ。ジュンは太一のデジヴァイスプログラムを拝借して、このパソコンに入れているのだ。光子郎だけはジュンの動向を常時把握できる立場にいる。きっと光子郎のマップには太一のデジヴァイスが2つ存在していることになる。待っていると約束した場所からかけ離れた場所に瞬間移動したジュンを心配するメッセージが並んでいた。もしかしてヴァンデモン達に誘拐でもされたのか、と返信を待ちわびる言葉がたくさん並んでいた。ごめんねー、と謝りつつ、ジュンは太一のデジヴァイスにもともと入っているマッピング機能を起動させた。


「あーもう面倒くさいわね。光子郎君からアプリもらえばよかった」


太一のデジヴァイスはアグモンが超進化を経験したことでグレードアップしている。デジヴァイス同士の場所を確認できる機能が追加されているのだ。現実世界ではその機能も距離が制限されていて、史実では8人目を見つけるのに苦労した描写が目立っていたからジュンは覚えている。今がその例外にあたるということも。今、この瞬間、現実世界はデジタルワールドと一体化しつつある。つまりデジヴァイスの機能も本来の機能を発揮できるのだ。その範囲はサーバ大陸全域におよび、どの方向に仲間がいるか把握できる高性能さを発揮する。起動した地図アプリにデジヴァイスの方角機能とアラーム音を比較させ、その比例する音の間隔、波紋状に広がる波を計算すれば、どのあたりに仲間がいるのか把握するのは簡単だった。案の定、ジュンが一番、この結晶世界の深淵にいるようだ。光子郎たちよりもずっとずっと先を進んでいるらしい。光子郎はガーゴモンをしらない。どうしてジュンがここにいるのか分からないのだろう。それを教えることはできない。ジュンはメールに一切返信をしないまま、アプリをとじた。



顔をあげれば、音だけを置き去りにして、結晶が空を乱舞している。



戦闘に干渉できるプログラムはまだ実用化されておらず、一時的な強化ができるアイテムなんて存在しない。アタシとしたことが、とジュンは舌打ちをした。試作品だけでもつくっときゃよかっわね、こんなことなら。ジュンは思った。デジタルワールドと現実世界が出会う前の情報社会黎明期の今。選ばれしコドモならともかく、テイマーにすぎないジュンは、デジタルワールドに行かなければデジモンに干渉することができない。ここまで深入りするつもりはなかったため、構想こそあったが実用化できるレベルのプログラムなんて組んでいなかった。とんだ間違いだったけれど。ジュンのしる未来の出来事は、歴史の教科書で学んだ知識が中心である。まさかここまで現実世界とデジタルワールドが一体化しつつある異世界空間が広がっていたなんて知らなかった。それに気付いたから、今のことが出来ている。結果オーライと思うしかないだろう。ジュンは待ちわびた。ガーゴモンがいなければ、ジュンはどこにも行けないからだ。










ガーゴモンの影がにたりと笑い、その姿が掻き消えた。サングルゥモンは脳裏で警鐘を鳴らす本能に従って、大きく跳躍する。ガラスが砕け散るような音がして、アスファルトを覆い尽くしている結晶が飛散する。サングルゥモンがさきほどまでガーゴモンと対峙していたその場所は、大きくえぐられ陥没していた。その中心部に出現したガーゴモンは、見上げるほどの大きさに成長した結晶の槍を携えて、幻惑に消える。繰り返される衝突はもはや目視できるレベルではなく、音だけが置き去りにされ、結晶で覆われている道路は穴だらけになっていく。突如、斬撃がやんだ。ジュンはようやくガーゴモンとサングルゥモンを目撃する。薙ぎ払われたはずの槍がサングルゥモンの目前に迫る。サングルゥモンの全身を覆う鋭利な武装が一撃喰らうのを防ぎきった。そして、つかの間の静止。しかし、その体勢は無防備すぎた。問答無用でガーゴモンの一撃が空を舞う。



しかし、次の瞬間、ジュンは大きく目を見開いた。



ジュンはサングルゥモンを知っている。テイマーの間では所持すること自体がステータス扱いされていたからだ。なにせ自分を0と1に分解して、たくさんの小さなデータになり、逃げ去ることを得意とする。よっぽどの幸運がなければ捕獲することは難しい。ここまで知っているのに驚いたのだ。むりもない。ジュンの目の前で、まぶしい光と風が濁流となって、サングルゥモンの姿形を変えていくのだ。サングルゥモンが離脱するときのように、粒子が飛び散る訳ではない。徐々に消え去るどころか周囲のデータを取り込み、肥大化していくのだ。ジュンの目の前で、サングルゥモンを構成していたデータが内側からはじけ飛んだのである。今までサングルゥモンというデータで隠ぺいされていた本来のテクスチャがさらされる。力任せに槍を弾いて、本来の姿を再構成する敵は形勢を立て直すが、ガーゴモンは追いかける。耳をつんざく武器のぶつかり合う音。光と風がふきすさび、サングルゥモンだったものは、その姿を現した。


「晒しましたね」


プリズムに光る壁際に追いやられていたのは、美しい布地を手に佇む吸血舞踏家デジモン、マタドゥルモンだった。うそでしょ、と思わずジュンは青ざめる。なんで進化すんのよ、よりによってこいつに!?強いデジモンの血を求めて放浪する、凶悪な通り魔のことはジュンも噂で聞いたことがあった。絶叫したジュンに、ガーゴモンは笑う。


「違いますよ、ジュン。ワタクシが暴いて差し上げたのですよ、その不愉快な隠ぺいをね。貴女に捧げるデジコアがどのようなものか、とくとご覧あれ」

「いうじゃねえか、格下の分際で」

「その格下に従って、この世界にやってきたアナタに言われたくはありませんねえ」


アンデット型デジモンは基本的にデジモンなどの血を吸わなければ生きてはいけないが、このデジモンは強いデジモンの血を求めて放浪するデジモンである。とある民族舞踊のデータから誕生した彼は、体を翻して濁流のようにざわめく結晶の塊を駆け上がり、ガーゴモンの背後に着地する。そのまま華麗な布裁きで襲い掛かるが、ガーゴモンの槍に防がれる。しかし、成熟期の隠蔽が解かれ、完全体となった相手のスピードがガーゴモンを上回る。純粋に成熟期10体分の戦闘力を誇る完全体が襲い掛かる。形勢は逆転してしまった。槍裁きの甘い一撃を見定められ、隙を逃さず攻撃される。それでもガーゴモンは不敵に笑ったまま、上段に構える。マタドゥルモンは腰をかがめた。足を蹴ったのは同時である。


仕込まれていた無数のレイピアがガーゴモンを切り裂いた。真っ赤な飛沫がすべてを結晶化させる空気に触れて、真っ赤な宝石となりジュンのところに降り注ぐ。


「ガーゴモンっ!!」


ジュンの悲痛な叫びが結界の中で反響する。マタドゥルモンは思わず吹き出して、ガーゴモンに囁いた。


「ホントに惚れてんだなあ、ガーゴモンよ。残念ながら、その相手はもうここにはいないみてえだが」


その一言に、ガーゴモンの目の色が変わる。その先を言わせまいと猛攻に拍車がかかり、マタドゥルモンは蹴りわざと舞踏を駆使して流しきる。気付けばジュンの声が届かないはるか上空にいた。やれやれ、とマタドゥルモンは笑う。


「ヴァンデモンの幹部だったアンタがオレたちの前に立ちはだかるたあ、思わなかったぜ。だが残念だなあ。そのせいで死にざま晒しちまうのか、なっさけねえやつ」

「困りますねえ、勘違いされては」


ジュンは見えない。ガーゴモンから伸びる影が、真っ赤な笑みを浮かべている事には気づかない。レイピアを握り締めてガーゴモンは笑った。マタドゥルモンは戦慄する。ガーゴモンからレイピアが抜けないのだ。成熟期に偽装している完全体がもとの姿になったからといって、形勢が逆転すると思っている方が片腹痛いと悪魔は笑う。そもそも成熟期を偽装するのは切り札だ。最悪な状況を打破する手段として最終手段にしておくべきものだ。それを解放するということは、すべて明かすことにもなる。未だ多くの選ばれし子供がいる中で、カードを切るのが早すぎる。成熟期に本来の正体が完全体だと看破されている時点で、その実力などそこが知れたもの。看破するガーゴモンに、末恐ろしさを感じ始めたマタドゥルモンは、胸に妙なざわめきを感じた。


ジュンがいる手前、口にこそ出さないが、マタドゥルモンはヴァンデモン勢力の幹部クラスに名を連ねる異色の天使を知っている。幾多の策を進言し、信任を得ていることを知っている。気まぐれからこの勢力に加担したマタドゥルモンは、知った気になっていたガーゴモンの本性に絶句である。たんなる気まぐれに付き合っているとばかり思っていたが、どうやら本気らしい。さすがにマタドゥルモンは呆れた。このデジモンは本気でヴァンデモンを裏切ろうとしているのだ。何の価値もないただの子供に!


「おい、まさかマジでいってんのか?」

「先ほどから言っているでしょう。ワタクシの主は本宮ジュン以外にはいないと。忠誠を誓ったのは、後にも先にも彼女だけです。はなはだ不快ですねえ、ワタクシは他の誰にも忠誠を誓ったことなどない」


マタドゥルモンはガーゴモンを見据えた。格下の癖に妙に感じる威圧は何だ。しかし、そういうことなら話は別である。裏切り者には死を。そしてヴァンデモンによって復活させれば傀儡の天使の出来上がりだ。堕天使になるかもしれないがそれも一考。それがヴァンデモンを中心とする勢力の暗黙の了解だった。


「嫌いじゃねえが、失策じゃねえか?」

「アナタの諫言など聞くに値しませんねえ。実に下らない。まあ、イイでしょう、聞いて差し上げますよ」


水晶の粒子が飛び散った。結晶のつららを粉砕し、破片を巻き上げながら、二人の戦闘で生み落された風が渦を巻く。天使の胸像を召喚する能力しか知らないマタドゥルモンは、召喚能力に頼った非力な天使の使い魔の攻撃に改めて舌を巻く。己の体の一部と化した舞踏で防ぎ切る。ガーゴモンは一気に距離を縮める。そこに焦燥感は微塵もない。どこまで芸達者なんだよ、こいつは、と思いつつ、マタドゥルモンはその一撃を足蹴にした。足場を踏み砕き、軽業師のように舞う敵に、ガーゴモンは一撃を叩きこむ。マタドゥルモンはレイピアを落とした。ガーゴモンも無茶な体制が祟って水晶の絨毯に直撃する。しかし、すぐにマタドゥルモンは体勢を整えた。最後の一撃を食らわそうとするがガーゴモンの姿がない。そこに伸びる影。マタドゥルモンは振り返った。


「後があればの話ですがねぇ」


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