1999年8月2日8時10分

ぴんぽーん、とチャイムが鳴ったのは、8時のことである。はいはーい、と玄関に向かったジュンのお母さんが見たのは、太一と光である。


「こんにちは、おばさん」

「こんにちはー!」

「太一君に光ちゃん。どうしたの?」

「え、あー、その、大輔とゲームする約束してたんですよ、あはは」

「あらー、そうだったの?大輔ったら、もう。光ちゃんもお揃いでいらっしゃい。もう風邪は大丈夫なの?」

「はい、もう風邪、治ったみたいです」

「そうなの、よかったわねえ。大輔も心配してたわよ、元気な顔見せてあげてくれる?大輔、大輔ー、お客さんよ。太一君と光ちゃん!」


スリッパを用意しながら呼んでるお母さんの声に、えええっと声を上げるのは大輔だ。思わず立ち上がる。午前中にやっている昭和アニメの特番がつけっぱなしのテレビである。ジュンとソファで一緒に見ていた大輔は、なんで、なんで、あれ、と疑問符がとんでいる。当たり前だ、初恋の女の子と尊敬するサッカー部の先輩が突然遊びに来たのだ。遊ぶ約束なんかしてないのに。それに、ジュンから、お母さんを守ってあげる、という任務を仰せつかっているから、大輔は朝から張り切っていたのだ。守る人が増えてしまった、もうパニック状態である。ジュンは傍らにおいていたカバンを手に取り立ち上がった。大輔はばっとジュンをみた。ニヤニヤ笑ってるお姉ちゃんがいるのだ。これはきっとおねえちゃんがなにかしたに違いない、と察知する。いたずら好きなお姉ちゃんに、時々大輔はからかわれているのだ。


「も、もしかして、おねえちゃ」

「じゃあ、あたし、行ってくるわねー」

「おねえちゃん!」

「光ちゃんに、いいとこ見せたげなさいよ、じゃあね」

「おねーちゃーんっ!」

「ほら、大輔、早く来なさい!」

「はーい」


じゃあね、がんばって、と髪をくしゃくしゃに撫で回しながら、ジュンは笑う。顔を真っ赤にして、わたわたしはじめた大輔は、おおあわてで着替え始める。まだパジャマだったのだ。そして、その隙をついてジュンは玄関に向かった。


「じゃあ、いってきまーす」

「いってらっしゃい。井之上さんによろしくね」

「はーい」

「あ、こんにちは、ジュンさん」

「こんにちはー!」

「こんにちは、二人共。じゃあ、ゆっくりしていってね」


それどうしたの?ってお母さんに聞かれた太一は、あわててお土産です、お土産、て笑った。コロモンは沈黙したまま、目をつむっている。柔らかそうなクッションねえ、とお母さんは笑った。まあゲームするならクッションでもひいてないと疲れるかもねって笑った。ひらひら、と手を振って、ジュンは太一を見る。あとはよろしくね、とアイコンタクトされたことに気づいた太一は、任せとけって笑った。靴を履き替え、ジュンは扉の向こうに消える。マンションのしたには、光子郎が待っているはずだ。





そわそわしながら待っている男の子がいた。傍らには、真夏なのに黄緑色のレインコート、黄色い帽子を着ている不審人物。背丈は幼稚園児くらい。大輔と遊ぶために、家に遊びに来ることはあったけれども、こうして一緒に行動するのは初めてだ。自動ドアをくぐると、夏の蒸し暑さが広がった。


「おはよう、光子郎君」

「あ、はい、おはようございます」

「えーっと、その子が光子郎くんのデジモン?」

「はい、そうです」

「テントモンいいますねん。よろしゅうたのんます」

「へーえ、アグモンとは全然違うんだ。デジモンっていっぱいいるのねえ。あー、よろしくね、太一くんから話は聞いてるわ」

「はいな」

「では、行きましょう、ジュンさん。みんな、海浜公園の遊歩道で待ってます」

「りょーかい」


海浜公園までは、徒歩5分の距離である。シーリアお台場という高級マンション群は、海浜公園を囲うようにたっているのだ。ジュンの住んでいるマンションからでもすぐだ。青々と生い茂る広葉樹、整備された花壇で区切られた歩道をいく。夏休み真っ只中とあって、いつも以上に人口密度が濃いのはお約束である。影を縫うように歩きながら、ジュンは光子郎とテントモンに案内されて、ほかの選ばれし子供たちが待っているところに向かった。歩行者用信号が青に変わる。この道路を通り、人工的に作られた広大な森林の公園に向かえば、こちらを見つけた子供たちが立ち上がった。

こっちだ、こっち、と手を振る丈と、その手提げかばんから首だけ出しているゴマモン。ピンクのフリルがいっぱいある、赤ちゃん服のパルモン。大きすぎる赤ちゃんを乗せている乳母車のとなりには、ミミ。その乳母車に乗りたいとねだっているピヨモン。あとでね、って乗り込もうとする甘えん坊を捕まえている空。腕に抱えたツノモンをどうやって運ぼうか考えているヤマト。小5でぬいぐるみを持ち歩くのはハードルが高すぎるらしい。その横には無邪気にパタモンをかかえているタケル。光子郎が、みんな、選ばれし子供なんです、と教えてくれた。小学生のなかに、たったひとり中学生がまじるこの違和感である。まあいまさらよね、ってジュンは笑った。


「そーねえ、初めて会う人もいるみたいだし、自己紹介からはじめましょうか。知ってる人もいると思うけど、アタシは本宮ジュン。お台場中学校の2年生よ。弟がお台場サッカー部に入っててね、その関係で太一君と光子郎君、空ちゃんとは知り合いなの。よろしくね」

「僕は城戸丈、お台場小学校の6年生です」

「オイラ、ゴマモン。よろしくなー」

「俺は石田ヤマト、太一と空と同じ、5年生です」

「ツノモンです、よろしく」

「僕、高石タケル!この子はパタモンだよ!よろしくね、ジュンさん」

「よろしくー」

「私は太刀川ミミでーす。よろしくね、ジュンさん」

「私はパルモンよ。よろしくね」


こっちこそ、よろしくねってジュンは笑った。ところで、と不思議そうにヤマトはいう。


「どうしてジュンさんに手伝ってもらおうって思ったんだ、光子郎?」

「ああ、それは、ジュンさんが太一さんたちがあっちの世界に帰る手伝いをしてくれたからですよ」

「それは昨日聞いたけどさ、ジュンさんは選ばれし子供じゃないだろ?巻き込むわけにはいかないんじゃないか?」

「あー、はい、それについてはすいませんでした。でも、それ以上に、ジュンさんのバックアップは心強いんですよ」

「バックアップ?」



きらきらした笑顔で光子郎がいうものだからジュンは苦笑いである。みんな疑問符が飛んでいく。


「ジュンさんは、お台場中学校でパソコン部に所属してる人なんですよ。全国大会はもちろん、コンテストでは、入賞の常連なんです。いきなり、こっちに帰ってきてしまった太一さんの話を聞いただけで、デジタルワールドとデジモンの謎に気がついて、デジヴァイスのプログラムを解析、デジタルワールドにアクセスして、ゲンナイさんに接触したって聞いてます。デジヴァイスのこと、下手したら僕たちより知ってるんじゃないですか?」

「あっは、やっぱバレてた?」

「僕も同じですから。こんな凄い機械がみたら、調べたくなりますよね!」

「だよねえ。アタシもこういうのに目がないの」


そういって、ジュンはパソコンを広げる。ガーゴモンたちがいるプログラムは、ただいまUSBに移動中である。


「太一くんのデジヴァイスのプログラム、コピーさせてもらったわ。こうでもしないと調べられないからね。君たちが使った形跡がない機能があったから、教えておこうと思って」


はい、とパソコン画面をみんなに見せる。デジヴァイスは、魔法のアイテムではない。超高性能なパソコンだ。構造さえわかってしまえばバックアップはとれる。もちろん、今の技術力で再現は不可能である。それができたのは、ジュン故だ。これがこのパソコンの中に入っちゃったのか、ってみんな驚いている。


「とはいっても、進化機能はないよ。さすがにあれは太一くんじゃないと使えないように、プロテクタがかかってたから、さくっと消させてもらったわ。ここにあるのは、アタシでも使える機能。ウィルスを駆除して正常化させる浄化作用とか、まわりから見えなくさせる結界とか。探知機能とかね」

「そういえば、こっちに来てからお互いの場所を察知できる範囲が狭まったな」

「不便よねえ、これ」

「ここまで近づかないとアラーム、ならないんだよな」

「あー、やっぱそうなの?お互いの場所を知らせるにしては、ずいぶんと範囲が狭いと思ってたのよね」

「そうなんですよ。あっちの世界だと、とても大きな大陸に散らばってた僕らが合流できるくらい、広い範囲を探知できたのに」

「まあ、ネット上にある世界とちがって、こっちの世界は構成してる情報が半端ないもの、仕方ないわよ。処理落ちしてるんじゃない?」

「ですよね・・・・・ダウンロードする容量が大きすぎるんだろうなあ」

「ところでジュンさん、結界ってなあに?」

「それがメインよ、ミミちゃん。なんでゲンナイさん、こんな大事な機能、みんなに知らせてないわけ?ちょーっと待ってくれる?見てくれた方が早いと思うし」


はい、ぽちっとな、とジュンはプログラムを起動させた。その瞬間、目の前にいたはずのジュンの姿がきえてしまう。おどろいてみんなあたりを見わたすが、ジュンはどこにもいない。すごい、すごい、ジュンさん消えちゃった、マジックみたーい!、ってミミは大喜びである。プログラムを停止させると、再びジュンが現れた。


「これが姿を見えなくさせる結界ね。正しくは、認識できなくなる、って感じ?結構おっきな声出したけど、聞こえなかったでしょ?デジヴァイスを持ってる人、その近くにいる人、数メートルは透明になっちゃうみたいね。まあ、さすがにぶつかったりしたらばれると思うけどね、目くらましにはちょうどいいでしょ」

「すごーいっ、どうやればできるんですか、ジュンさん!」

「簡単よ、そこのボタンを2回押して、その下のボタンを長押し。もういっかいすると解除になるわ」

「・・・・・ほんと、なんでこんな便利な機能、ゲンナイさんは説明してくれなかったんだろう。これさえあれば、僕たちの冒険は、ずっとずっと安全だったのに!」

「大変だったみたいねー、丈くん。まあ、お疲れさま。この結界の面白いところは、なんてったって、デジヴァイスの数に応じて強度と範囲が増すところ」

「持ち主を守るための結界じゃないんですか?」

「応用すれば、もっと面白いことができるわよ、空ちゃん。ひとりだけだと、簡単な壁と認識阻害が限度だけど、あつまればあつまるほど、その結界はより強固で頑丈なものになるわ。デジモンの攻撃さえ、防ぎきるかもしれない。結界っていうのは、身を守るだけじゃなくて、閉じ込めるのにも使うのよ。ゲンナイさんが言ってた、選ばれし子供がかけちゃいけない理由って、これじゃない?」


ジュンは知っている。デジタルワールドの冒険で書かれたから知っている。先代の選ばれし子供たちがかつて封印したはずの暗黒勢力が、なぜ今になって復活したのか。理由は簡単だ。封印する結界の起点になる楔の数が足りなかったのだ。5つじゃたりなかった。しかも、長きに渡る平和な時代の影響か、なぜか5つめの楔だったはずの、先代の選ばれし子供のパートナーが一体、現時点で行方不明になっている。4つしかなくなった封印の楔では、暗黒勢力を封印できなくなったのだ。この結界こそが、選ばれし子供が8人である理由のひとつだ。


「とりあえず、アタシはこれで身を守るわね。結構大事な機能みたいだし、使ってみたらどお?」


ありがとう、って言葉が聞こえてきたので、ジュンは一安心だ。さてさて次は、とノートパソコンを戻して、作業に取り掛かる。ぶっつけ本番よりはずっといいと思うのだ。これから彼らはデジタルワールドを救う、最後の大冒険を間近に控えている。不安材料は潰しておくに限る。どうせジュンが手助けできるのは、お台場である今ここだけなのだから。ね、すごいでしょう、って光子郎がいう。みんなうなずいている。どうやらジュンが仲間に加わるのを認めてくれたようで何よりだ。利用価値を見せつけるに限る。これが一番手っ取り早い。この子達はバックアップがなさすぎるのだ。少しぐらい手伝ったってばちはあたらないだろう。コマンドを確認する子供達を見ながら、ジュンはいった。


「さて、ご挨拶はここら辺にして、これからどうすんの?」

「そうですね・・・・・でも、急がないと。ものすごい騒ぎになってるわ」

「そうだな、昨日からこのニュースばっかりだからなあ」

「そういえば、ジュンさん、大丈夫だったんですか?」

「え、なにが?」

「埼玉の夏フェス、ジュンさん写ってましたよね。アタシみてたの、生中継。途中で真っ暗になっちゃって、ビックリしちゃった」

「えええっ、だ、大丈夫だったんですか?怪獣が暴れたとか、どーとか、ニュースでやってたぞ!」

「あー、うん、大丈夫大丈夫。3つの首がある真っ黒な犬が、炎はいて大暴れしてたからどうなるかと思ったけどね。これのおかげで助かったわ。誰もいないと分かると、すぐにどっかいっちゃったみたいでね。何しに来たのかしら」


選ばれし子供たちは顔をみあわせる。埼玉までデジモンが!?って焦りが見える。無理もない、一夜あけて、朝からずっと怪獣、怪獣、怪獣、のニュースなのだから。彼らは光が丘によっていないから、ニュースでしかデジモンが暴れる様子を見ていないのだ。ずっとずっとたくさんのデジモンが暴れている気がしてならないのだろう。はあとため息を付くのは丈である。


「おかげで僕の塾も臨時休校だよ。緑色の角の生えた恐竜が大暴れしたらしくて、ビルがめちゃくちゃなんだって」


ああ、だからここにいるんだ、ってみんな思った。


「デジモンたちは、なにかを探してるみたいね」

「すぐにいなくなっちゃうなんて変なのー」

「僕たちのこと、探してるのかな?お兄ちゃん」

「だろうな。オレたちがいなくなれば、この世界はヴァンデモンたちのものになる」

「僕もその点が気になって、ネットで調べてみました。見てください」


光子郎のパソコンは、東京の地図が表示されている。赤い丸がついている。これがデジモンが暴れたところ、もしくは目撃されたところらしい。


「観光地ばっかり赤いな」

「でも、塾とか学校も結構赤いわ」

「これはあれだな、うーん、人が多いところ」

「人っていうか、子供ですね。僕たちがどこにいるのか、探しているんでしょう」

「アタシもニュースをざっと見てみたけど、やっぱ子供たちが集まるところを、しらみつぶしに回ってるみたいね。ヴァンデモンに光ちゃんのパートナーが捕まってるんでしょ?どうするの?」

「やっぱりヴァンデモンの拠点に捕まってるんじゃないか?」

「かわいそう、早く助けてあげようよ」

「うーん、どうしようか。ヴァンデモンのてしたに捕まったフリをして、行ってみる?」

「でもそれだとジュンさんが危険だ。それに太一がいないのはきついんじゃないか?」

「じゃあ、突き止めたら、太一たちに来るよう連絡入れてみましょうか」



だいたいの方針は決まったようだ。あえて、ヴァンデモンの手下が現れそうなところを回って、情報収集に勤しむことにしたらしい。どこにいく、ここにいく、と光子郎のパソコンを片手にみんな話し合いをはじめる。ジュンが誰についていくのかは、選ばれし子供たちにお任せすることにした。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -