フリリク企画 | ナノ
夜明けのコーヒー#11


戻ってきたあかりは「そんなに再起不能になってなかった……」と首を傾げている。「それは何より」と言ってやる。隣に並んだあかりの視線を横頬の辺りに感じる。釈然としない様子だったけれど、ひとつ息をつくと、仕切り直すように言った。

「それじゃあ映画見よう!」
「…………やだ」
「瑛くん武士に二言はないんだよ」
「俺は武士じゃない」
「往生際が悪いなあ」
「夜寝られなくなっても知らないぞ」
「瑛くんと一緒だから平気だよ」
「二人でも怖いもんは怖いだろ」
「もう」

デッキにディスクをおさめてリモコンも持って振り向いたあかりは仕方なさそうに肩をすくめると、「それじゃあ、これはどう?」と言って体育座りした瑛の足のあいだに腰を下ろした。ちょうど目と鼻の先に茶色い頭のつむじが見える。

「ちょ……」
「こうすると、怖くないんじゃないかな?」

半身振り向いて見上げられて言葉に詰まった。

「だから、何を根拠に……」
「くっついてると怖くない気がするよ」
「“気がする”……“気がする”だけかよ」
「瑛くんは理屈っぽいなあ」
「そういう問題じゃないだろ……」
「じゃあ、どういう問題なの?」

黒目がちな、無垢そうな瞳が見上げてくる。この瞳にありのままを告白するのも罪悪感が伴う。心持ち体を引いて話を逸らす。

「密着してると暑いだろ」
「暑いかな?」

あかりの白い手が瑛の腕を取る。内心上がった悲鳴を飲み込む。

「本当だ。瑛くんの手、熱いね」

それから白い手の手のひらを彼の手にぴたりと合わせた。

「手、大きいね」

関心したように言われた。あかりの手の小ささは高校時代にも知っていた。繋いだ手の小ささにいつも驚かされていた。そうして、こんな風に視覚的に比べられると、改めて驚かされる。――こんなに、小さかったんだ。

肌の白さにも驚きを禁じ得ない。高校の頃、流行りの美白ブームにも逆行するように真夏の日差しの下を平気で歩いていた覚えがある。そんな飾りのなさが気楽で好きだった。

瑛と同様に夏の日差しをたっぷり浴びたはずの肌は、それでも彼よりは随分白かった。肌の色、髪の色、手の大きさ、他にも色んなところが違うのだろう。

腕をほんの少し前に出しただけで容易に抱きしめてしまえる位置にある体から、なるべく意識を背けようと体を引く。合わせた手のひらに関心を集中していたあかりの手のひらが、ふと彼の手から離れる。上半身の重心が傾いで、体をよせられた。

「手だけじゃないね。体も熱い」

寄せられた体の柔らかさに焦った。――これはあれだ、あのおそろしいツンツンベタベタ攻撃なお子様モードの再来だ。部屋に二人きりで、夜で、このシチュエーションでは是非とも勘弁してほしい。

あかりが半身体をひねって彼の胸元に軽く身をもたせかける。小さな、華奢な上半身が彼の胸の中におさまる。そうして彼の胸元に耳を寄せてしまう。「ちょっと……」という彼の抗議の声は「瑛くん」という彼女のささやき声に遮られた。声がじかに胸元に響いてくる。

「心臓、ドキドキしてる」

――知ってるよ。だってしょうがないだろ。こんなにくっついたりして、ドキドキしない方がおかしい。こんな風に無邪気に体を寄せて、人を翻弄するみたいなことをして、そっちの方がおかしいよ。あかりは平気なのかな。こんなことをしても、ドキドキしたりしないのかな。もしかすると平気なのかもしれない……これじゃあ、俺ばかり好きみたいだ。

高校時代、それから春先以来、彼の中でくすぶっていた疑問が頭をよぎる。焦燥感に駆られて、無防備に体をあずけるあかりを、ぎゅ、と抱きしめていた。途端、慌てふためいたような声が耳を打つ。

「て、瑛くん?」

でも知らない。もう知らない。こんなのフェアじゃない。だって付き合ってるのに、俺たち。
いつまでもこんな風に自分ばかりが好きみたいなのは耐えられない。だから、いい加減本心を確かめたくなった。

じたばたともがく少女を腕に閉じ込めたまま、耳元に口を寄せて囁いた。

「あかり」
「な、何?」

慌てたような声で返答がある。訊ねるのに勇気が要る質問を口にした。

「おまえ、俺のこと好きか?」

「えっ」というあかりの反応は予想済みで、抱きしめる腕の力をゆるめて顔をのぞき込んだ。あかりは顔を真っ赤にしてうろたえている。自分から率先して迂闊なことをするのに、いざこうなると動揺する。潤んだようになっている瞳を見つめて言う。

「俺はおまえのことが好きだよ」
「えっ、えっ」
「だから、あんまり“こういうこと”されると、抱きしめたくなるし、その……それ以上のことも、したくなる、し…………」
「………………」

じっと見上げてくる黒目がちな瞳から逃げ出したい衝動に駆られる。でも視線は逸らさなかった。

「でも、おまえがそこまで俺のことを好きじゃないなら、無理強いはしない」

言い切って口を閉じる。あかりは何度か大きく瞬きをすると、思い切り彼に抱きついてきた。そうして顔を彼の胸元にうずめて「大好き」と囁いた。

「……わたしも瑛くんが好き。瑛くんになら、何をされても構わない」

胸元に直接声が響いて、顔は見えなかったけれど、胸に強く響いた。瑛の背中に腕を回したあかりの肩を撫でる。名前を囁いて顔を上げさせる。真っ赤になっていた。困ったような表情で瑛を見上げている。

「……本当に?」

瑛の両手のひらに顔を包まれたまま、あかりはこくりと頷いた。

「キスしてもいい?」

頷く代わりに瞼を伏せた少女の唇に口づけた。




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