雨の日


文字通りの霧雨で、傘を差しているのに全身が細かい水滴に濡れる。傘の効果がほとんど感じられない。差しているのがバカらしい。……だからといってこれはないだろうと思う。

「…………」

青地に水色の水玉模様の長靴、片手には通学鞄、もう片方には空色の傘。傘は開かれていない。小脇に抱えるようにして文字通りお飾り。せっかくの傘の機能を活かしていない。
学校からの帰り道、海沿いのゆるやかな坂道を歩くあかりは足取りだけなら、背景に広がる灰色の空を感じさせないくらい楽しげに歩いている。近づいたら鼻歌が聞こえてきた。……歌うことにコンプレックスのないヤツは良いよな無防備で……それはさておき、メロディに耳を澄ませると、耳に覚えがあった。メロディに合わせて頭の中で歌詞を再生する。……かえるの歌だ。雨なのに、それでいて傘を持っているのに、差しもしないで楽しげにかえるの歌の合唱を鼻歌で再現する女子高生……思った通りのことを口に出した。

「アホか」
「ふんふんふんふんふんふーん♪ ……ん? あっ、瑛くん!」
「“あっ、瑛くん!”じゃないよ。傘、何で差さないんだよ」
「差しても濡れちゃうだもん。シャワーみたいで気持ちいいよ」

あかりは空を仰いで目を細めている。言葉通り確かに気持ち良さそうではあるけど……「バカ、風邪引くだろ」傘を傾けてやると目をパチパチと数回瞬きさせて、こっちを見返してきた。黒より明るい茶色の髪が雫に濡れて、いつもより暗い色に見えた。前髪にも、よく見ると睫毛の先にも細かい珠みたいな水滴がついていた。雨に濡れた肌が妙に艶っぽくて落ち着かない。「瑛くん……」小さなガラス玉めいた水滴に縁取られた黒目がちな瞳も、いつもより艶っぽいような……「何?」見つめられていると妙にドキドキする。

「相合い傘、だね?」
「……は?」

あかりはというと、言ったきり、俯いてもじもじしている。台詞を反芻する――相合い傘? 相合い傘ってあれか、ひとつの傘を二人で一緒にっていう……それでようやく自分達の状況に気がついた。

「違っ……これは違うからな!」
「で、でも……」
「でも、じゃない。これは、ついっていうか……いや違……」

全然意識しないでやっていたことでも、意識してしまうと途端に恥ずかしい。見上げる黒目がちな瞳に耐えきれなくて「あーもう」と声を上げてしまう。

「大体、おまえが傘を差してないからだろ!」
「なによ! 瑛くんが勝手に入れてくれたんでしょ!」
「なっ……俺はおまえを心配してだなあ……」
「えっ」

それまで眉を逆八の字につり上げてこっちを見上げていたあかりが意外そうに目を丸くさせた。そんな反応が意外で、思わずこっちも声を上げてしまう。

「えっ?」
「瑛くん……心配してくれたの?」
「いや違……!」

咄嗟に否定したけど、隣りに立つボンヤリはニヤニヤ笑いを引っ込めない。ああもう……。くすくす笑いながらあかりは「心配してくれて、ありがとう」と言う。

「でもホントに、これくらいの雨なら大丈夫だよ」

性懲りもせず、そんなことを言う。傘ごしに空を見上げる。どんよりとした、少し白っぽい灰色の空。相変わらず、ほとんど霧みたいな霧雨が降っている。傘を差していても、歩くたびに細かな水滴が体中にまとわりついてくる。

「……確かに、こんなんじゃ差しても差さなくても変わんないかもな」

観念したように呟くと、隣から「でしょ?」というあかりの嬉しげな声が聞こえてきた。だからといって、という訳じゃないけど(だって、差しても差さなくても変わらないからと言って、雨の中うれしげに傘を閉じて歩いているのはやっぱり変わっている。そう、歩いている、のは)傘を閉じた。

実際に傘を閉じてみて分かったけど、差しても差さなくても変わらないなんて、やっぱ嘘だと思う。傘の覆いはちゃんと霧雨を防いでくれていたし、ついでに光も遮っていた。曇り空とはいえ、空の下で見る方があかりの顔がよく見えた。

「瑛くん……?」

もの問いたげに見上げてくるあかりに「走るか」とだけ告げる。「え?」と問い返してくるボンヤリに「店まで競争」と言って先に走り出した。背中にあかりの声が響く。

「あっ! ズルイ!」

続けざま、長くつで水たまりを蹴る足音が聞こえてきて、思わず口角が上がった。浮き足立ってるような、気分が高揚するような、妙にはしゃいだ気分だ。……何やってんだか、というツッコミ半分、それから追いかけてくる足音に意識を集中して(転ばれたら敵わない)、海沿いの道を店を目指して駆けていった。



2013.07.13
梅雨の日。

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