うすももいろ、つめのいろ。


最近、少しずつ分かってきたこと。

学校で見せる佐伯くんの顔は、よそ行きの顔。
口調も少し気取っていて、笑顔も、どこか済ましたような感じがするかも。

アルバイト中の佐伯くんはもう少し違う。これもよそ行きの顔なのだとは思うけど、それ以上に、店員さん、珊瑚礁のバリスタさんの顔、仕事中の顔だ。髪をセットして、珊瑚礁の制服に着替えた佐伯くんは大人っぽくて同じ高校生とは思えない。

それから、もう一つ。

「……お父さん」

佐伯くんの目尻が、ぴくり、と動く。それを目の端におさめながら言葉を続けてみる。

「あれに乗りたいなあ」
「……はあ」

深い深い、ため息。

「……どうしてもか?」
「うん」

もう一度、佐伯くんはわたしが指さした『あれ』こと、メリーゴーランドに目をやって、深く深くため息をついた。ものすごく気が進まないんだと思う。それでも、「仕方ない」と言って折れてくれるので、佐伯くんは何だかんだ言って面倒見が良いのだと思う。
入学式の朝も、そういえば、そうだった。ものすごく面倒くさそうだったけど、道に迷ったわたしに駅までの地図を書いてくれたのだし。ぶっきらぼうだけど、やさしい“お父さん”――それが、最近分かってきた、佐伯くんのもう一つの顔。

「わーい」
「……はあ」

きらきらしたメリーゴーランドへと向かう佐伯くんの足取りは重い。……そんな様子を見るのが楽しくて、つい、この乗り物に誘ってしまうと打ち明けたら、まず間違いなく怒られてしまうと思う。

「白馬にする? それとも、白馬にする?」
「白馬一択かよ。絶対ヤダ」
「え〜」
「え〜、じゃないよ。ギリギリ、馬車で限界だからな」
「ちぇ〜」
「そんなに見世物になりたいのか、おまえ……」
「ううん。佐伯くん、白馬が似合うんじゃないかなあと思って」
「…………」
「だって、はね学のプリンスだし!」
「……おまえ、面白がってるだろ」
「そんなことないよ!」
「どーだか」

そこで順番が来て、結局、二人そろって馬車に乗った。……見てみたかったんだけどなあ、白馬に乗った佐伯くん。明るい音楽と一緒に馬車が動き出す。佐伯くんはしきりに周りを気にしてるみたい。やっぱり、こういうのは苦手なのかな。メルヘンな感じ。わたしは夢があって、結構好きなんだけどなあ……。

ふと、気がついて、佐伯くんの顔をのぞき込む。「な、なんだよ?」佐伯くんが気色ばんだ声を出す。

「あのね、佐伯くんの目に何かついてるみたい」
「え?」
「まつげのとこ」

佐伯くんの左目のまつげに、何か、白っぽいほこりのような小さなものが乗っている。

「まつげ? そーいや、なんか視界が変だと思った」
「ちょっと見せて」

身を乗り出して、手を伸ばす。佐伯くんが左目に近づけたわたしの手を見る。手を止めて、「取っても良い?」と尋ねる。「ああ、頼む」と佐伯くんが目蓋を伏せる。ほこりがついた部分の場所が場所なので、おそるおそる指を伸ばした。佐伯くんの肉の少ないシャープな頬にまつげの陰が落ちてる。……佐伯くん、まつげが長いんだなあ、そんな関係のないことが頭をよぎってしまう。……うーん。目を瞑ったままだと、取るのが難しいかも。

「ごめんね、佐伯くん。やっぱり、目を開けてもらっても良い? 閉じたままだと、取りにくいかも」
「ああ、うん……」

佐伯くんが伏せた目蓋を持ち上げる。一瞬だけ、赤みの強い、褐色の瞳と正面から目が合ってしまった。先に目を逸らしたのは佐伯くんだった。眉間に浅く皺が寄る。

「……佐伯くん」

名前を囁く。

「ん……」
「まつげのゴミ、取るね」
「ああ」

目に触れないように、指先で、そっとまつげについたゴミを払った。

「うん、取れたよ」
「ああ、うん。サンキュ……」

目元から離れた指先を見つめたまま、佐伯くんが、ふと呟いた。

「……桜貝」
「え?」
「桜貝、みたいだな。おまえの爪」

佐伯くんの手が、掲げたままのわたしの手をつかんだ。

時折。
本当に、時折、こんな瞬間がある。
学校での顔とも、アルバイトのときの顔でもなく、心配性のお父さんの顔とも違う、何て表現したら良いのか迷う、佐伯くんの顔。佐伯くんがそういう顔を見せる時は限られていて、目の当たりにすることは余り無いのだけど、決まって、心臓が跳ね上がる。

手をつかんで、爪の先を見つめる佐伯くんに声をかける。

「あ、あの、佐伯くん……」
「……え? …………あ、わ、悪い」

声で我に返ったのか、佐伯くんが謝った。手を離される。自由になった手をさする。まだ熱を持っているようでドキドキする。陽気な音楽が鳴り止んで、馬車が止まる。――ぱちん。魔法の時間は、おしまい。そんな言葉が頭をよぎって、それこそ『メルヘンは勘弁』と言われかねない台詞だなあ、と思ってかぶりを振る。

「……降りるか」
「う、うん」

ぎこちなく頷いて、馬車を降りた。
いつの間にか、遊園地の中が夕日の色に染まっていた。……そろそろ、帰らなくちゃいけない時間。言葉少なのまま、隣を歩きながら、まだ熱を持ったままの頬と指先を持てあまして、それでも、隣で揺れる手と手をつなぎたいなあ、なんて思っている。

――最近、少しずつ分かってきたこと。時折、佐伯くんが見せる、全然別の顔のこと、それから、心臓が跳ねる理由のこと、まだ、恥ずかしくて、佐伯くんには打ち明けられそうにもないこと。




web clap:12.12.26~site:13.04.06
うすももいろ、つめのいろ。
*彼の言う爪と同じ色に頬を染める女の子のはなし。
*珍しく恋愛色濃いめのおはなしとなりました……。

[back]
[works]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -