(*みんなー!10月1日はコーヒーの日だそうですYO-!) 佐伯くんと海沿いの道を歩く。そろそろ、分かれ道。佐伯くんは喫茶珊瑚礁へ、わたしは自分の家へ、それぞれの目的地に向かって分かれなくちゃいけない。わたしは家に帰るだけだけど、佐伯くんはこれからアルバイトだろうから、大変だ。名残惜しい気がするけど、あんまり引き留めちゃいけないよね。 「それじゃ佐伯くん」 「…………あのさ」 ――また明日、と続けようと思った台詞は、同時に発した佐伯くんの声に被さってかき消えてしまった。何だろう、と佐伯くんの顔を見上げると、少し迷ったような顔をしていた。どうしたんだろう? 「今日、時間あるか?」 「これから? 特に予定はないよ」 「なら、店に来いよ」 「うん?」 頷き半分、問いかけ半分の『うん』だったけど(何せ、佐伯くんの意図がはかれなかったので)、佐伯くんは了承と受け取ったみたい。 安心したように、少しだけ口元をほころばせると、道を半分あけて、お店に向かう分かれ道へわたしを誘いこむように、佐伯くんは言った。 「コーヒー、淹れてやる」 ○ お店の開店まであと一時間と少し。お店の中には、佐伯くんとわたしだけしかいない。この時間、いつもお店にいるマスターさんはどうしたんだろう? 開店準備中のお店のカウンターに誘導されて、ぽつんと一人座って待っているのは、少し、心もとない気分。 佐伯くんはカウンターの向こう側で何やらごそごそしてる。ごそごそしてる佐伯くんに声をかけてみる。 「……ねえ、佐伯くん」 「何?」 「わたしも、何か手伝う?」 「いい、おまえは座ってろよ」 「…………」 佐伯くんはこちらを見もしない。……お店に来てからこの調子だ。どうしたんだろう? 何もしないで座っていることにそわそわしてしまうのは、普段、従業員側にいることが多いせいなのかもしれない。こんな風に、お客さんみたいにして椅子に座っているのは、ほとんど初めてのことだ。 めったにない機会なので、お店の中をぐるり、と見回してみる。木製のテーブルや椅子は、濃茶色で、よく磨かれてつやつやとした光沢を放っている。お店の調度品も、壁の色もセピア色がかった色をしていて、あたたかい色味の照明も相まって、この場所は、何だか時間がゆっくりと流れている気がする。 ――素敵なお店だよね。 改めて、こうして見てみると、やっぱり素敵なお店だなあと思う。 ふわり、とコーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐった。 振り向いて、佐伯くんの手元を見ると、佐伯くんは真剣な表情でコーヒーを淹れていた。細かく挽かれたコーヒー豆が、ペーパーの中でふっくら膨らんでいく。 佐伯くんはあらかじめ用意していたらしい透明のガラスのカップにコーヒーを注ぐと、ホイップクリームを浮かべた。その上にアイスクリームを静かにのせる。――アイスクリーム? 佐伯くんの手元をぽかんと見つめているうちに、こと、とコーヒーカップを目の前に置かれた。 「はい、“お待たせしました”」 いつの間にか、コーヒーの熱で柔らかく溶けかけたアイスクリームの上に、刻んだチョコレートが振りかけられていた。手際がいいなあ。 「“カフェ・スラブ”」 「?」 「これの名前」 これ、と、目の前の飲み物を指し示された。 「何だか、おやつみたいなコーヒーだね」 ホイップクリームに、バニラアイスクリーム、その上、チョコレートまでかかってる。本当、おやつみたいな飲み物だなあと思う。 「まあな。でも、コーヒーは深煎りだし、チョコはダークチョコだから、そんなにものすごく“甘い”って訳じゃないと思う」 「そうなんだ……。いただきます」 佐伯くんの言葉に頷きつつ、何となく手のひらを合わせる。コーヒーのことを語る佐伯くんの顔は楽しそうで輝いていて素敵だなあと思う。 『いただきます』のポーズをしたわたしがおかしかったのか、佐伯くんの顔には笑みが浮かんでいる。目が合うと、思い出したように「ああ、そうだ」と言って、ストローを差し出してくれた。 「ストローで飲むの?」 「かき混ぜながら飲んでいいよ」 「そうなんだ。ありがとう」 真っ白なアイスクリームと、ダークチョコのカフェモカにストローを差し込む。何だか少し思い出すものがあって、ちょっとだけ、笑ってしまう。 「何だよ」 「何かね、別のカフェのこと、思い出しちゃった」 「言うなよ」 俺だってそう思うよ、と佐伯くんは唇を尖らせている。この一杯はなんだか、某有名なコーヒーチェーン店の甘いコーヒーみたい。佐伯くんがこういうコーヒーを淹れるのは、少し珍しいと思う。 カップの中身を、崩すようにかき混ぜながら、ホイップクリームとバニラアイスクリーム、カフェモカの混じりあった味を味わう。佐伯くんは『そんなにものすごく“甘い”』って訳じゃないと言っていたけど、うん、やっぱり甘いと思う。でも、冷たくて温かい、甘い味は、とてもおいしい。思ったままの台詞が、思わず口をついて出てしまう。 「……おいしい」 「……そっか」 佐伯くんは、どこか、ほっとしたような顔だ。 「ま、当然だけどな」 「はいはい」 こういう台詞は佐伯くんなりの照れ隠しな気がする。これは、長く一緒にいるにつれ、気がついた点。ストローでコーヒーを味わいつつ、気になっていたことを訊いた。 「そういえば、どうして?」 どうして急にこんなこと、してくれたんだろう? 「……今日はコーヒーの日なんだって」 「コーヒーの日?」 「コーヒー豆の収穫って大体9月に終わるんだ。だからコーヒーの新しい年度は10月から。つまり、今日からがコーヒーの年度始め」 「コーヒーの年度始め……」 お米でいう、“新米”みたいなものなのかな。……ちょっと違う気がする。首を傾げるわたしに、佐伯くんが続ける。 「あと、秋冬って、コーヒーの需要が高くなるからな」 「寒くなると、温かいコーヒーがおいしいもんね」 「だろ? それで、10月1日は、コーヒーの日」 「いろいろ理由があるんだね……」 「まあな」 「それで……コーヒーの日だから、コーヒーを淹れてくれたの?」 「まあ、そういうこと」 「そっか……ありがとう」 微笑みかけると、佐伯くんは急に百面相風に気難しい顔をしたかと思うと、目を逸らしてしまった。 「べ、別に、おまえのためって訳じゃなくて、秋冬のメニューの試作に、な?」 「あ、これ、そうなの?」 そっか、秋冬用の新メニューなんだ……。確かに、バニラアイスクリームに、少し苦いダークチョコを使ったカフェモカのコクのある深い味は、寒くなり始める季節には丁度いいかも。 佐伯くんも頷きつつ、言葉を続ける。 「一応、暦の上じゃ秋だけど、まだ暑いだろ。でも、いつまでも夏っぽいメニューじゃ味気ないから、こういうメニューもいいかなって思ったけど……」 「……けど?」 「他のカフェのメニューっぽいし……」 思わず噴き出してしまった。 「なっ……大体、おまえが最初にそう言ったんだろ!」 「ご、ごめん……でも、このコーヒー、おいしいよ」 「……ふん」 「……新メニューには、しないの?」 「しない」 「他のカフェっぽいから?」 「おまえなあ……」 流石に佐伯くんからじろり、と睨まれてしまった。肩をすくめると、佐伯くんは、やれやれ、という風に息をついた。 「……また別の考えるよ。もっとウチの店らしいヤツ」 「わーい、楽しみ!」 「味見させるなんて言ってないからな?」 「え〜」 「今日はコーヒーの日だから、特別」 「?」 佐伯くんは何故だか含み笑いをしている。何だろう? 「……まあ、でも意見が聞きたいから、試作が出来たらまた呼ぶ」 「うん、任せて!」 「はいはい」 残り少なくなったカフェスラブをひとくち、甘いバニラアイスクリームと、底の苦いダークチョコが混じりあって、甘い大人の一杯のような気がした。 2012.10.01 *10月1日コーヒーの日に寄せて。 *全/日/本/コ/ー/ヒ/ー/商/工/組/合/連/合/会様によると、本日コーヒーの日は、男性が女性にコーヒーを贈るキャンペーンの日らしいですよ。コーヒーのことに余念がない佐伯さんはきっとそういうこともチェック済みだよ!ということで、デイジー本人には言わないけど『コーヒーの日だから、特別』なんだと思います。そこら辺の機微、察して頂けたら嬉しいなあ、と思いつつ、作中で言いあらわせなかった上、うまく形に出来なくてすみまっせん;;!正直、向かい合ってコーヒー飲む瑛主が見たかったというか、書きたかったに尽きますん。ふはは。すみません。在校中で甘めかしい雰囲気なお二人は拙宅にはちょっと中々 い な い よ !(すみません) [back] [works] |