君の名は


佐伯くんはわたしのこと、からかい甲斐があると言って笑うけど、佐伯くんだって相当だと思う。……なんて、そんなことを当人に言えば、きっとチョップされてしまうだろうから言わない。言えない、けど……。

(――あ、佐伯くんだ)

噂をすればなんとやら。帰り支度を済ませて、向かった玄関の、下駄箱で靴を履き替えている佐伯くんを発見、わたしはいつも通り『佐伯くん』とその背中に向かって声をかけようとしたけど、一旦止めた。……そうだ。呼び方、変えてみようかな?

佐伯くんはぶっきらぼうでつっけんどんだけど、案外ノリが良いところがあったから、つい魔がさしてからかいたくなってしまう。
いつか、よく佐伯くんの周りにいる女の子たちの真似をして声をかけた時は、流石に『失敗した!』とは思ったけど……。あのときは、佐伯くんの笑顔と無言の脅しが怖すぎて、猛ダッシュして超熟カレーパンと牛乳を買いに売店へ向かった。無事に超熟カレーパンを買えた時は九死に一生を得た心地だった。あんな思い、出来ればもうしたくないけど……でも佐伯くんを見ると、ちょっかいをかけたくなってしまう。つくづく、わたしも懲りない。

さて、なんて呼んでみよう? 今は出会った時のまま、『佐伯くん』と呼んでいるけど……。いつか、『サエテル』と呼んだ時は、物凄く嫌そうな顔で「極控えめに言っても、嫌」と言われてしまった。良い略し方だと思ったけど、ダメだったみたい……。次に『瑛りん』と呼んでみた時は「じゃあ俺はおまえをカピバラって呼ぶけど、いいな?」と脅されてしまった。流石に世界最大のげっ歯類と同じ呼び名は御免だったので、猛然と頭を振った。でも、かわいいと思ったんだけどなあ、『瑛りん』。……うーん、そうだなあ、

「テルたんv」

そう呼んでみた。何となく、『瑛りん』みたいに「駄目だ」って断られてしまいそうな予感があったけど、それならそれで構わない気がした。少し、佐伯くんをからかってみたい気持ちが強かったんだと思う。

だけど……。

「ん? ああ、今、帰るとこか?」

『テルたんv』と呼ばれた佐伯くんは、ごくごく普通に振り返って、わたしに話しかけてきた。あれれ?と違和感を覚えたのはむしろわたしの方で。

「……えっと、一緒に帰ろう?」
「ああ、そうだな」

そのまま、本当に普通に。海沿いの道を二人並んで帰った。

「おまえさ、今日体育の時間、ボール顔でキャッチしてたろ」
「うん……」
「やっぱりか。おまえって、ほんとボンヤリだよな」
「う、うん……」
「しっかりしろよ? 今度体力づくり、付き合ってやるから」
「うん、ありがとう……」
「ああ、うん……い、言っとくけど! ヘンな意味とか下心は無いからな?」

あれ? 佐伯くん、顔が赤いような? あれ?
何だか、せっかく一緒に帰っているのに、会話の内容があまり頭に入ってこないような気がする。思いのほか、すんなりと『テルたんv』が受け入れられてしまったせいかもしれない。少しからかってみるだけのつもりだったのになあ……。

「……テルたんv」
「何だよ?」

本当に、いつもどおりの反応。『佐伯くん』って呼んでいた時と同じ。……抵抗とか、無いのかな? この呼び方に。この呼び方で良いのかな? ……良いのかも。佐伯くんがあんまりいつも通りだから、良いのかもしれないと思ってしまった。それに、一度呼んでしまった呼び方を変えるのも、何だかおかしい気がして、結局、そのまま。

「テルたんv」
「だから、何だよ?」
「ううん、呼んでみただけ」
「……ヘンなヤツ」
「それはこっちの……」
「何か言ったか?」
「ううん! 何でもない!」

そういう訳で(どういう訳で?)。
あれ以来、わたしは佐伯くんのことを「テルたんv」と呼び続けている。どうしてこんな呼び方をしているのかなあ、と思わなくもないけど、佐伯くんが受け入れてしまったから、仕方ない。

……これは本当のことを打ち明けると、という話だけど。
本当は、ちゃんと名前で呼んでみたい。それだけは、ふざけた悪ノリに紛らわせて呼ぶことも出来なかった。これまで一度も。何故って、勇気が湧かなくて。……いつか。いつか決心がついたら呼べたらいいな、と思う。――瑛くんって。頭の中でだけ、じゃなくて。




[clap:11.07.22-10.04/site:11.10.04]
*すごい(無自覚)バカップルになってしまったような……;;
*それにしても今更ながら、好き状態の佐伯くんの許容力に感嘆。そして悪乗りで呼ぶより普通に名前呼ぶ方が照れてしまう気がしますん。

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