放課後、校門の前で佐伯くんの背中を見つけた。 今日は周りに誰もいない。一緒に帰れるかな? 声をかけてみる。 「王子サマーv」 「……そんなにチョップして欲しいのか」 ちょっと出来ごころで呼んだだけだったのに、佐伯くんはそれはそれは怖い顔をして振り返ると、そう言った。「チョップして欲しいのか」って、チョップしてから訊く台詞じゃないと思う。手刀を落とされたつむじが痛い。とっても痛い。 涙が滲んだ。怒られたのが辛いんじゃなくて、純粋にチョップが痛かったせいだ。しかも人が頭を押さえてうんうん唸っているのに、先に歩き出してる気配がする。ひどいなあ、と思ってしまう。原因を作ったのはわたしではあったのだけど。 顔を上げると、涙でにじんだ視界の先で佐伯くんが振り返っているのが見えた。涙で目がぼやけてしまっていたから、佐伯くんがどんな表情をしているのかは分からなかった。 「……行くぞ」 ぱちくり、とまばたきをしたら、視界が晴れた。佐伯くんは少し先で仏頂面をして待っていてくれている。問答無用でチョップもされたし、シャレも通じなかったし、ものすごく不機嫌そうな顔をしているけど、待っていてくれている。 「うん、いま行く!」 わたしは単純だ。それだけですごく嬉しくなってしまったので、素直に佐伯くんの後を追いかけた。佐伯くんは顔を見られるのを避けるように、背中を向けてしまった。けど、心なしか頬の高い部分が赤い気がする。夕日のせいかな? それとも……。 「王子サマ、やさしいね」 「今度その呼び方したらチョップ100回な」 不穏な台詞に慌てて頭をガードしたら、佐伯くんはおかしそうに笑った。おそるおそる、訊いてみる。 「いまは、しないの?」 佐伯くんはわたしの顔をじっと見つめた。薄い色味の髪の毛が風にふわふわ揺れてる。男の子にしては柔らかそうな髪質なのかもしれない。そんな、全然関係のないことを考えてしまっていた。声が降ってくる。 「そんな泣きっ面のヤツに、しないよ」 ふい、と顔を背けられてしまった。 泣きっ面……。そんなに酷い顔をしていたのかな? もう涙は引っ込んでいるはずだけど……。 ぼそぼそと、佐伯くんが言った。 「……悪かった。その、チョップのことだけど……」 ――まさか泣くほど痛いとは思わなかった、そういう風にぼそぼそと謝られた。わたしはというと、急な謝罪にビックリしてしまった。 「う、ううん」 頭を振る。少し考えて、わたしも謝った。 「わたしも嫌いな呼び方して、ごめんね……」 佐伯くんがちらり、とこっちを見た。ため息が降ってくる。 「……本当にイヤなんだよ。あの呼び方」 「うん、ごめんね……」 「特に、おまえから呼ばれるのは、ホント勘弁っていうか……」 「……どうして?」 素朴な疑問だった。佐伯くんは何とも言えない顔をして口を開きかけた。何か言おうとして、言いあぐねたように口を閉じる。佐伯くんが何か言ってくれるのを辛抱強く待ったけど、言葉の代わりに降ってきたのはチョップだった。 「い、いたーい!」 「自業自得、だ!」 「さっきはチョップしないって言ったのに……!」 「それとこれは話が別」 「佐伯くんの嘘つき!」 「バカ、俺はおまえの前じゃ嘘はつかないよ」 唐突過ぎる佐伯くんの台詞に、思わず反応が遅れてしまった。佐伯くんは、とても真摯な声で続けた。 「おまえの前じゃ、嘘なんかつきたくないんだよ」 何だか、悲しそうな、寂しそうとも取れる笑顔付きで佐伯くんはそう言った。わたしは何も言えなくなってしまった。さっきまでぽんぽん言い合ってチョップなんてしてきたのに、急に真面目な顔でそんなことを言うのは、ちょっとズルイと思う。何も言えなくなってしまう。 佐伯くんはというと、わたしのそんな内心には気付いていないみたい。さっきまでのシリアスな空気はどこへやら、「つーか、さ」とぼやくように言う。 「呼び方、もっと他にあるだろ? あんな碌でもない呼び方以外に」 「他の呼び方って?」 「あるだろ、ほら……名字じゃなくて、もっと他の……」 「? あだ名で呼んでいいの?」 「呼び方による」 「えぇ〜、じゃあ……」 「…………」 あだ名、あだ名……しばらく考え込んで、瞬いた。これならどうだろう。 「サエテル!」 佐伯くんはにっこりと微笑んだ。さながら王子サマのように。 「ゼッタイ、却下」 難しいんだから、もう、とわたしは思ってしまうものだ。 [web clap:2012.06.15~site:2012.07.27] *難儀な王子サマですが、そこが魅力でもありますよねっと思います全くもう。 *またも普通友好状態的。なかなかラブくならなくてメッソリです;; [back] [works] |