店員さんに注文をした後で繰り広げられた議論の末、瑛くんがタルト、わたしがシフォンケーキの担当になった。「ちゃんと感想教えろよ。二つともな」と釘を刺される。「分かってるよ」と応える。敵情視察も大変だ。 しばらくして、ケーキが運ばれてきた。 「わぁ、苺がいっぱい!」 シフォンケーキに添えられた生クリームには三角に刻まれた苺がたっぷりのせられていた。思わず歓声を上げたら、ケーキを持ってきてくれた店員さんから、くすりと笑われてしまった。瑛くんはニコニコと例の王子様スマイルを浮かべていたけど、店員さんが「ごゆっくりどうぞ」と去っていってから、笑顔を綺麗さっぱり消し去ると「バカ」と小声で言った。うう、すみません……。敵情視察中なのに、目立つことしちゃいけないよね……。 タルトケーキはタルト生地にたっぷりのカスタードクリームと生クリーム、そしてクリームを飾りたてるように苺がたくさん盛ってあった。見た目もとても可愛らしいケーキだ。瑛くんは一番上にのせられた苺をお皿の脇に寄せるとフォークを使ってサクサクとタルトを切り分けた。そうして切り分けたケーキの三分の一くらいをフォークで指し示して「ほら、お裾わけ」と言った。 「いいの?」 「あとで、そっちの分けろよ」 「うん!」 分けてもらったタルトを口に運ぶ。カスタードクリームのこってりとした甘さと苺の爽やかな甘酸っぱさがよく合っていると思う。タルト生地もサクサクだ。 「おいしい」 「感想、それだけだったら後でチョップするからな」 王子様スマイルで瑛くんが言う。チョップは堪らないので、慌てて感想を頭の中で組み立てる。ええと……。 「お、おいしいし、見た目も可愛いけど……」 「けど?」 「少し食べにくい、かな」 たっぷりのクリームに苺が積み上がったタルトケーキ。見た目も可愛くて目にも楽しいけど、いざ食べるとなったら、少し戸惑ってしまう。どこからフォークを切りこんだらいいのか分からないのだ。サクサクのタルト生地も切り分けるのが大変そうかもしれない。 「なるほど」と瑛くんが言った。 「結構、手厳しいな。おまえ」 「そ、そんなつもりは……!」 「でもお客さんの意見にも近そうだし、参考になる」 「…………」 「……と、いえなくも、ない」 …………。 瑛くんはニコニコというより、人をからかうようなニヤニヤ笑いを浮かべている。ええと、それじゃあ……。 「……チョップはなし?」 「まあな」 よ、よかった……! 思わず胸をなで下ろす。 うーん、それにしても敵情視察って大変だなあ。おいしいケーキを食べられるのは嬉しいけど……。 「あ、じゃあ、今度はわたしがお裾わけするね……」 「ああ、頼む」 シフォンケーキにフォークを刺し入れる。一旦フォークを置いた部分に「そんなに多くなくていい」と口を挟まれる。「でも」というと、「どっちも食いたかったんだろ」と言われる。「この、食いしん坊万歳」とも。むむ……。同じくらいお裾わけしたかったのになあ。心持ち小さく切り分けたシフォンケーキに、お皿の上に添えられた生クリームと苺を何個かのせる。そのまま、瑛くんに「どうぞ」と言おうとして、そういえば、と瑛くんの台詞を思い出した。 ――高校生のカップルみたいな振りをした方が…… それで、ふと思い立って、シフォンケーキをフォークにのせて差し出した。この場合によくあるような台詞と笑顔も添えて。 「はい、あーん」 「……ごほっ」 瑛くんがむせた。 コーヒーもお水も何も口にしていなかったのに、むせた。ごほごほと咳き込んでいるせいか、顔が赤い。 「て、瑛くん、大丈夫?」 「誰のせいだと思って……つーか、何のつもりだ」 人目を憚るように瑛くんは顔を寄せると小声で抗議し始めた。わたしも自分の言い分を言いつくろう。 「え、だって、この方がカップルっぽいかなあって、思って……」 「か、カップル、って、おまえなあ……」 「高校生のカップルの振りをした方が、いいんでしょ?」 「いやそれは口実って言うか、カムフラージュっていうか……」 「口実?」 何の口実だろう? そもそも、敵情視察が目的であって、口実というなら、わたしとこうしてお茶をしてることを指すのじゃないかなあ、と首を傾げてしまう。 「や、何でもない……」 「?」 「ケーキ、もらうから」 「あ、うん」 もう一度差し出したフォークを持つ手に瑛くんの手が伸びた。急に手が伸びたからビックリした。瑛くんの手はわたしのなんかより、ずっと大きい。 「自分で食べるから」 そのままわたしのフォークを受け取ると、言葉通り、瑛くんは自分の口元に運んだ。フォークがなくなって、右手が何だか手持無沙汰。そうして考え深げにケーキを咀嚼する瑛くんを呆気にとられて見つめてしまう。わたしの視線に気づいたのか、瑛くんがこちらを見た。そうして気付いたように、「ああ、悪い」と言って、自分のお皿にのせてあったフォークを「ほら」と渡してくれた。瑛くんはタルトを切り刻んだだけで、まだタルトケーキを自分では口にしていなかった。だからこれは何も手つかずのフォーク。それを渡された。でも今、瑛くんが手にしているフォークは……。 「どうした?」 「え?」 「何か、顔赤いぞ」 「な、何でもないっ」 「?」 慌てて新しいフォークを握り直して、ケーキに向かった。 瑛くんが今持っているフォークはわたしのフォークだ。瑛くんから分けてもらったタルトケーキをそれで食べた。カップルの振りをして差し出した時は全然気にならなかったのに、あんな風に瑛くんの手元にあるのを見たら、急に恥かしくなってしまった。なんだろう、これ……。 ○ 喫茶店を出た帰り道。外はすっかり夕日の色に染まっている。 「ケーキ、おいしかったねぇ」 「おまえはそればっかりだな」 「だって本当においしかったんだもん」 「はいはい」 苦笑交じりに頷く瑛くんを横目に確認しながら訊いてみる。 「ね、瑛くん」 「何?」 「“敵情視察”になった? 今日」 「いや、だからそれもカムフラージュっていうか、口実だから……」 「え?」 「……何でもない」 それきり口ごもって、言葉少なになってしまった瑛くんの頬の辺りが赤かった。夕日の色かなあ、と思ったけど、もしかして、それだけの理由じゃなかったりするのかな……。 瑛くんは秘密の多い男の子だから、いろいろと大変だと思う。お店のことは勿論学校には秘密だし、喫茶店の敵情視察するにも同業者だってバレないように気を配らないといけない。 ちょっとした偶然から、わたしは瑛くんの秘密を知ってしまった。だから、瑛くんの秘密を守るカムフラージュになら、いつでも協力したいと思う。でも、もしかして、瑛くんはわたしにも分からない秘密をたくさん抱えていたり、するのかな? 瑛くんがまだ抱え込んでいる秘密、いつか、教えてくれるかな。分かる時が来るかな……。 そんなことを考えながら、急に足早になってしまった、何かと秘密の多い男の子の背中を追いかけた。 clap:2012.04.24~site:2012.06.15 *あれもこれも、君をお茶に誘うためのカムフラージュ、なんてね! [back] [works] |