別に、泳ぐのは嫌いじゃないし。むしろ好きなくらいだし。それに一緒にいられるなら、どこだって……って思わなくもない。
でも、だからって、幾らなんでもアレは空気が読めてないにもほどがあるんじゃないかって思う。よりによって今それを言うのかよ、って――。

髪から水滴が落ちる。日向に座って体の水気を乾かしている。水面が太陽の光を受けてキラキラと光っている。……カルキくさいったら無い。やっぱり苦手だ。でも、授業だからサボる訳にもいかない。例えば、コイツみたいに。

「何してんだ、針谷」
「うるせー、俺は今ここにいねぇんだ」
「いや、訳が分からないから」

人を壁に見立てるようにして、さっきから針谷はコソコソとしている。ご丁寧にも、頭からタオルを被って体を縮こまらせるように体育座りなんかしてまで。……ま、理由は分からなくもないけど。

「そんなにイヤか。プール」
「……違ぇーし!!!」
「悪いけど、全然説得力無いから」

大方、髪が濡れるのがイヤだとか、そんな理由。あるいは、本当に泳ぎが苦手なだけなのかもしれない。水面に視線を投げかけたまま言ってやる。

「そんなにイヤだったら、サボればよかっただろ」

俺の台詞に針谷がタオルごしに横顔を見つめてきた。視線が頬骨辺りに集中する。

「なんだよ?」
「……や、意外っつーか」

針谷がニヤニヤしているのが横目にも分かった。

「まさか、優等生の“佐伯くん”からそんな台詞が出るなんてなぁ」
「うるさいよ」
「女子が聞いたらビックリすんじゃねぇの?」
「ウルサイ」
「つーか、さっきから女子の視線が集中してるよな? 手とか、振ってやんなくていいのかよ?」
「うるさい、見るな、反応するな。こういうのは、一度反応したら終わりなんだよ」

嫌な予感に思わず背筋が寒くなる。そうでなくても、タイムを計るあいだ、黄色い声と女子の視線が痛くて仕方なかったのに。
針谷が、ふーん、と呟いて言う。

「……大変だな、“プリンス”」
「うるさいよ」
「……でも、佐伯は泳げるからいいよな」
「針谷、おまえ、やっぱ泳げないのか?」
「……違ぇーし!!! つーか! ハリーって呼べ」
「いや、イヤだから」
「ってか、うるさくすんなよ、センコーに見つかるだろ!」
「いや、うるさくしてんの、おまえだから」

つーか、おまえがうっかり洩らしただけだろ……。泳いだあとに特有の疲労感と別種の疲労感にぐったりする。プールなんか、そもそも嫌いなんだ。カルキくさいし、目も痛くなるし……どうせ泳ぐなら、もっと別の場所があるだろって話。

「……あ、あかりだ」

ぽつり、針谷が呟いた。釣られて視線を向けるようなことはしない。……するものか。

「へえ……あいつ結構、泳げるんだな」
「…………」

いや、金づちの針谷の意見だし。俺からしたら、それほどでもないかもしれないし。

「……泳ぐの早ぇな。見ろよ、一着だぜ」
「…………」

いや、見ないから。でも、確かにタイムは早い方かもしれない。

「あかりってさ」
「…………何だよ」
「西本と仲良いよな」
「……知るかよ」
「いっつも一緒にいるみてぇだし」
「……つーか、針谷」
「ハリーだ」
「針の進」
「てめぇ……」
「何で、おまえアイツのこと呼び捨てにしてんだよ?」
「は? アイツ? アイツって誰だよ?」
「……アイツって言ったら、アイツだろ?」
「誰だよ? あ、あかり?」

また呼び捨てにしてるし。何でだよ。そもそも、こんなことでヘソを曲げている自分が一番訳が分からない。
針谷がニヤニヤ顔を向けてくる。

「へえ、なるほどなぁ?」
「……何だよ」
「べっつにー? 相変わらず不機嫌ぼっちゃん健在だなーって」
「不機嫌ぼっちゃんって何だよ?」
「おまえのことだよ、佐伯」
「…………」

言い方が癪に障って仕方ない。

「つーか、おまえだってあいつのこと呼び捨てにしてんだろ」
「それは……」

分かってるけど……。でも、自分以外のヤツがそうしてると何か、気に食わないんだ。自分でも子供じみてるって分かるけど……。

「……あかりってさ」
「何だよ、まだ、何か……」
「意外と胸あるんだな。知らなかったけどよ」
「…………針谷くん」
「んだよ? 急に……」
「君、そろそろ出番みたいだから、準備運動しといた方がいいよ」
「は? って、おい!」

派手な水しぶきと一緒に針谷がプールに飛び込んだ。……というか、落ちた。グッドラック、針谷。

「佐伯、てめぇぇぇぇ!!!!!」

浮き上がってきた針谷が喚き立てる。さっきの派手な飛び込みでただでさえ注目を浴びてる。外向きの笑顔を針谷に向けてやる。

「大丈夫、針谷くん? 急に飛び込んだりしたら、危ないよ?」
「はあ? てめぇのせいだろーがっ!」
「何のことか分からないな?」
「てっめぇ、覚えてろよ……」

捨て台詞を吐いてプールから上がろうとした針谷は体育教師に止められて、そのままクロールのタイムを計りに連れて行かれた。南無三。
視線をプールサイドの向かい側に向ける。針谷の言葉通り、あかりは西本と一緒にいて、何か話をしてるようだった。……さっきの騒ぎにも関わらず、あかりは全然こっちを見ない。つーか、昨日からずっと、だ。昨日の帰り道、誘いを断ってから、一度も目も合わない。――ああもう、何だってんだ一体!




6/tangled up in blue(ブルーにこんがらがって)

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