木陰で休みながら、噴水がある方を眺めている。……噴水の方がよかったかな。やっぱり水辺は涼しげに見える。でも、それはみんな同じようなことを考えるのか、噴水前は人で賑わっていた。向こうは日陰もないみたいだし……。うん、やっぱり並木道にしてよかったかも。今日は(も?)朝から良いお天気で気温が高いけど、少し風があるから、こうして木陰にいれば、それほど暑さは感じない。 佐伯くんが空を見上げながら言う。 「こんだけ晴れるなら、海に泳ぎに出てもよかったな?」 佐伯くんの台詞に釣られる様に、わたしも空を見上げる。真っ青な空に真っ白な入道雲が見える。本当によく晴れている。佐伯くんの言葉通り、海で泳げたら気持ち良かったかも……。さて、どう答えようかな。こういうことは時折あるのだけど、わたしの頭の中で三つほど、回答の候補が上がる。一つは「公園もいいものだよ」、もう一つは「波がキラキラしてきれいだろうね」あともう一つ……、 「海はアベックで混んでるよ」 脳裏に浮かんだ海の光景。こんな日の海は、きっと人気スポットだから混んでいると思う。しかも、アベックでいっぱいなはず。 「アベックっておまえ……」 佐伯くんが呆れたような顔でわたしを見つめる。あれれ、もしかして、印象最悪だったかな……。 「でも、確かにカップル多いよな」 わざわざ“カップル”の部分に力を入れるようにして言われてしまった。うーん、“アベック”って、そんなにおかしな言い方だったのかな? それでも、佐伯くんの唇の端が上がっていて安心した。よかった、印象最悪な訳じゃなかったみたい。わたしも頷きを返す。 「うん、今日もきっといっぱいだよ」 “カップル”が、という話。 佐伯くんが何かに気がついたように言葉を続ける。 「カップルってさ、べつに泳ぐわけでもないのに、夏は海に集まるよな?」 「泳がなくても、楽しいんだよ」 素朴な疑問といった風な佐伯くんの台詞に向け、持論とも言えない意見を返す。……多分、一緒にいられたら、それだけで楽しいんじゃないかな。それは、“それなら何も海を選ばなくたっていいんじゃないか”って話になりそうな意見ではあったのだけれど。でも、何を差し置いても夏は海、という感じがするし。季節の人気スポットにカップルが集まるのは、よくあることだし。 わたしが返した一言に、なぜか佐伯くんはうろたえてしまったみたいだった。もごもごと口ごもりながら「ああ、そっか……」と呟いている。……? どうしたんだろう? 「い、言っとくけど」 佐伯くんが怒ったような、弁解するような調子で言ってくる。 「俺は泳ぎたいんだ! 間違えんなよ?」 ……佐伯くん? どうしたんだろう? 怒っちゃったのかな? ○ 辺りが茜色に染まり始めている。もう夕方。そろそろ帰る時間だ。 海の話題で少し怒ってしまったように見えた佐伯くんだったけど、機嫌が悪くなってしまった訳じゃなかったみたい。帰り道の途中、海沿いの道を歩きながら「少し寄り道してくか?」と誘われる。「うん!」頷き返すと、「じゃあ、こっち……」と浜辺に続く階段へと促される。最近ではすっかり定番になってしまった“寄り道コース”。佐伯くんに続いて砂浜へと続く石階段を下りる。ふと思いついた様に、佐伯くんが振り返った。階段の段差のせいで、佐伯くんがわたしを見上げる形。何だか、新鮮だ。いつもは逆の位置関係だったので。 「手、つなぐ?」 言って、手を差し出された。思わず聞き返してしまう。もうほとんど、反射的に。 「えっ」 「……足元、危なっかしいだろ」 眉間に浅く皺を寄せて佐伯くんが言う。足元……白いサンダル。少しだけヒールがあるタイプの……。 「……サンダルだから?」 「……そう。危なっかしいから」 「そっかぁ……ええと、じゃあ」 差し出された手に手を乗せる。 「よろしくお願いします?」 「なんだよ、それ」 佐伯くんがおかしそうに笑う。その笑顔に少し安心する。それから、手を繋いでくれたのが嬉しくて、口元が緩んでしまう。すかさず、「ニヤニヤすんな」と釘を刺されてしまったけど、こればかりは仕方ないと思う。 ○ 浜に下りて、並んで歩きながら取り留めのない会話を続ける。今日一日過ごすうちに交わした会話の延長線上にあるような話を。 時間帯のせいか海はそんなに混んでいなかった。それでもまだ、ちらほらと泳ぎに来た人とか、カップルの姿が見えたけど。 そういえば……と昼間の話題を思い出す。海に泳ぎに出ればよかったな、と言っていた佐伯くん。やっぱりまだ、泳ぎに来たかったって思っているのかな? それも兼ねて話を振ってみる。昨日から提案してみたかった話題。 「佐伯くん佐伯くん」 「なに?」 海に目を向けたまま、佐伯くんが返事をする。質問を投げかけてみる。 「あのね、今度の日曜なんだけど……」 「え? あ、ああ。うん……何?」 「一緒に市民プールに行かない?」 佐伯くんがはっきりと眉間に皺を寄せて、わたしの顔を見た。あれ? 「……プール?」 「うん、一緒に泳ぎたいなあって」 「だから、プール?」 「うん、そう……」 ため息。手で首元をさすりながら、言われた。はっきりと。 「……行かない」 「どうして?」 「どうしても何も、とにかく、イヤだ」 「……泳ぎたくないの?」 「そうじゃないけど……」 「なら、行こうよ?」 「…………そういう問題じゃない」 「えっ?」 「分かんないなら、いいよ。もう」 「佐伯くん……」 食い下がろうとするわたしから佐伯くんは一歩距離を置くと、きっぱりと言い切った。 「俺は行かない」 取り付く島もない感じだった。 5/faraway swimmingpool (遠い水泳プール) |