木陰に座ってボンヤリと空を眺めていると、隣りから声が降ってきた。

「何見てんの」
「うーん、空」
「まんまだな」

だって、本当のことなのに。
少し思案して、付け加える。

「雲。入道雲」
「……うん」
「……佐伯くん」
「なに?」
「……入道雲って」
「うん」
「ソフトクリームに似てるよね」

思わず呟いたら、佐伯くんが吹きだした。

「な、なんで笑うの!?」
「……だって、おまえ、真面目な顔して、何考えてんのかと思ったら……ソフトクリームって……!」

――結局、食い気かよ! 

そんな突っ込みが返ってくる。……酷いなあ。何もそんなに笑うこと、ないじゃない、と思ってしまう。白いもくもくがソフトクリームに見えるのなんて、そんな突拍子もない連想じゃないはずだ。きっと誰だって思い描きそうなものなのに。

ひとしきり笑って気が済んだのか、佐伯くんは、ぽんぽん、と軽くわたしの頭を手のひらで叩いた。まだ声に笑いの余韻が残っていて、ひどく楽しげだった。

「はいはい、たくさん食べて大きくなれよ?」

――また、お父さんモードだ。佐伯くんは時折、わたしの“お父さん”みたいになってしまう。同い年の男の子なのにね、ヘンなの、と思うけど、佐伯くんによれば、全部わたしが頼りないせいらしい。……そうなのかなあ。
佐伯くんが空を見上げながら、ぽつり、と言う。

「まあ、でもソフトクリームもいいかもな」

わたしは思わず乗せられた手のひらの陰から佐伯くんを見上げてしまう。

「……佐伯くんも結局、食い気じゃないの」
「俺はおまえに釣られたの。なあ、あそこの売店で売ってないかな」
「どうかな……」
「よし、おまえ行って来いよ」
「暑いよ〜日陰から出たくないよぉ」
「俺だってそうだよ」
「じゃあ、公平にジャンケンで決めようよ!」
「こういうのは言いだしっぺの法則だろ」
「いいから! 最初は〜〜」
「っおい、不意打ちはずるいだろ!」
「グー!」





散々悪態をつかれてしまったけど、結局佐伯くんは勝敗どおりソフトクリームを買いに行ってくれた。なんだかんだ言って、律儀というか、面倒見がいいよね。
ソフトクリームを舐めると、ミルクの甘い味と香りが広がる。暑い外で食べる冷たい物は格別だなあと思う。すぐに溶けてしまいそうだから、しばらくのあいだ食べるのに集中していたら斜め上から声が降ってきた。

「満足か? 小動物」
「うん! おいしいよ!」
「……それは何より」

すねたような、憮然とした口調で佐伯くんはそっぽを向いてしまう。あ、佐伯くんはもう食べ終わりそう。男の子って食べるのが早いなあ。わたしも急いで食べないと。

「落ち着いて食えよ。口の周りに白ヒゲを作らないように」
「えっ? ウソ?!」

――白ヒゲ? 牛乳を飲んだときとかに出来る例の白い輪。それが今、口の周りにあるのかな……? 佐伯くんが目を細める。

「ウ・ソ」
「もう!」

意趣返しに成功したみたいに佐伯くんが笑う。……そんなに癪だったのかな、ジャンケンに負けたの。
溶けかけのソフトクリームを舐めながら、あとでこっそり口の周りをチェックしようと思った。本当に口の周りにヒゲが出来ていたら、目も当てられないので。

「ねえ、佐伯くん」
「なんだよ」
「雲を食べてるみたいだね」
「メルヘン思考は勘弁」
「そんなんじゃないよ!」
「雲を食べるって言うなら、ワンタンだろ」
「そうなの?」
「そうなの」
「……そうかも?」
「簡単に言いくるめられるなよ。ま、字面だけだけどな。ワンタンって、漢字で書くと“雲を呑む”って書くだろ?」
「ふうん、そうなんだ……雲呑かあ……」

今度、ワンタン麺を食べるとき誰かに喋ってみよう。ええと、覚えていられたら。
ふと、そういえば……と言葉を続ける。

「わたあめも雲に似てるね?」
「……おまえは、つくづく食い気ばっかりだな?」
「そ、そういう訳じゃないよ……!」
「そうだろ。ったく、さっきから食べ物の話ばっかして……」

呆れたようなため息が降ってくる。そういうつもりじゃあ、なんだけどなあ……。

「わたあめと言えば……」
「まだ言うか」
「縁日だよね」
「……ああ、うん。そうだな」
「花火大会、八月にあるね?」

しばらくして、「……そうだな」と小さな声で佐伯くんが言った。佐伯くん、誘ったら、花火大会に一緒に来てくれるかな? 顔を背けられてしまったせいもあって、何となく、訊くに訊けない空気。……もう少ししたら。もう少し日が近づいたら、また訊いてみようかな? そんなことを考えながら、残りのソフトクリームを舐め取る。甘い。とっても。




4/a random summer(成り行きまかせの夏)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -