その日、少しだけ待ち合わせ場所に遅れて来たあかりは夏らしくサマーニットとデニムのミニスカートという着こなしで姿を現した。

裾にフリルがあしらわれているそのスカートは、これまで何度か履いてる姿を見たことがあったけど、薄いブルーの模様編みのサマーニットは初めて見る服だった。袖なしで見た目にも涼やか。何より、よく似合っていた。髪はクリップでまとめている。……そういえば出会って間もない頃、手持ちの数少ない服で何とか新しい着こなしをしようと努力していたあかりを今でも思い出せる。あの頃は、来ている服こそ先週と同じ花柄のワンピースでも、先週と同じ格好だと思われないようにアクセサリーの類で前回との違いを演出しようとしていた。そんな努力が涙ぐましくて、同じ服装だという判定はしないでやった……懐かしい思い出だ。

今ではあかりの手持ちの服も増えたんだろう。着回し技術も向上したのかもしれない。同じ格好をしてくるという凡ミスはほとんどなくなった。とはいえ、内心振袖を期待していた初詣にコートにセーター、ニット帽というまるで極寒対策以外の何ものでもない格好で現れるというガッカリなサプライズをしでかしてくれたりはするものの。まあ、高校生のポケットマネーで振袖を入手するのはハードルが高すぎると思わなくもないから、仕方ないとは思うけど。

「ごめんね、佐伯くん……!」

待ち合わせをしていた森林公園の入り口、木陰に向かってあかりが駆け寄ってくる。走るのには明らかに向いていない白い華奢な作りのサンダル。……危なっかしいから走らないで欲しいと思う。それにそもそも、本当のことを言うと、まだ遅刻じゃない。

「別に。遅れてないだろ」
「えっ?」
「まだ待ち合わせの十分前」

腕時計の画面を指先で軽く突いて、時間を教えてやる。あかりは手前に差し出された腕時計を覗き込んで『あ、そっかあ!』みたいに目を瞬かせる。相変わらず考えていることがすぐに分かる、分かりやすい表情の変化。まだ午前中の早い時間とはいえ、夏日の太陽の下を走って来たせいで、額に少し汗をかいている。拭ってやりたいけど、下手に髪に触ると髪型を崩してしまいそうで言い出せない。頭の後ろで髪をまとめているクリップの青い石がキラキラと光りを反射させている。その青い石が不意に視界から消える。あかりが顔を上げたせいだ。

「でも待たせちゃって、ごめんね?」
「……別に」

腕時計を覗き込んでいた前傾姿勢からの上目づかいへのシフト。そういう無自覚な仕草に堪らない気持ちになる。これ以上墓穴を掘りたくはなかったから、先を促した。

「で、どうする?」

問いかけると、あかりは公園の噴水と並木道へ続く道へと、交互に視線を巡らせて思案を始める。少しして、決めたのか顔を上げて言った。

「並木道、歩こうよ」
「オーケー」

木陰を連れだって歩く。歩き始める直前、手元をじっと見つめるあかりの視線を感じた。それで、ようやくハッと気づいて手を差し出した。未だに自分から先に手を出すのは慣れない。気恥かしいのと、あと、やっぱり、少し緊張して。

「手、繋ぐ?」

訊ねると、今度はあかりがハッとした顔をした。猛然と頭を振って寄越す。

「い、いいよ!」
「……なんで?」

人が折角、恥かしさを押して手を差し出したのに、この野郎……。思わず悪態をつきたくなったけど、あかりの顔が木陰の下でも分かるほど赤くなったから、出そうになった台詞は飲み込んだ。まさかまだ、走って来たせいで赤い……という話じゃないはずだ。だって、刷毛で色を乗せたみたいに急に赤くなった。

「なんでって、こともないんだけど……」
「じゃあ、なんだよ?」

別に本気で怒ってる訳じゃないけど、次の台詞を促したくて不機嫌な空気を漂わせた。あかりが言いにくそうに指をもじもじとさせる。

「…………手に汗かいてるから」
「は?」
「走ってきて、汗かいてるから。今わたしと手を繋ぐと、佐伯くん、ベタベタして気持ち悪いんじゃないかなあと思って……」

それで真っ赤になってるとか。

「べ、別に、繋ぎたくない訳じゃないんだよ……!」

しなくても良い弁解とか。
どれだけ、こっちを翻弄すれば気が済むんだろう。

「やっぱり夏は暑いね!」

ぱたぱたと顔の前で扇いでいる手を掴んだ。……別に、べたべたなんかしてないし。少し汗ばんでいるくらい。こんなの、これからこの日差しの下を歩いていれば誰だってかく程度の汗だし。

「さ、佐伯くん……?」

戸惑ったように、慌てたように声を上げるあかりの方を振り向かないで言った。

「……今日のサンダル」
「え?」
「かわいいし、よく似合ってるけど、歩きにくそうだろ。見てて危なっかしいから、手、繋いどいてやる」

繋いだ手が熱いのは、夏の日差しだけのせいじゃないはずだ。これ以上、掘りようがないくらい、墓穴を掘った気分……。悪い気分じゃないんだ。決して。ただ、気恥かしくて。少しの間、振り返れそうにない。

「佐伯くん、ありがとう」

少ししてから、小さな声であかりが言った。

「……別に」

同じくらいの声で答える。

出会って三年目の夏。未だに手を繋ぐのだって、やっとだ。けれど例えば、去年の今頃、気恥かしさが邪魔をして手も繋ぐことさえできなかった頃に比べたら、格段の進歩を遂げたと言える。
……多分、これからも。今はこれがやっとでも、これからまた徐々に距離が縮まっていくのかもしれない。この一年間分の変化みたいに。
そんなことを考えると、バカみたいに胸が弾むんだ。手を繋いだまま、互いに顔を見れないでいる当人には、決して言えそうにはないけど。これも、今は、という話。……多分、きっと。




3/i had a date.(デートなんだ)

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