「なあなあ、これなんかいいんちゃう?」 色とりどりの布地で飾られたハンガーを物色中、好意5割、オススメ感5割増しの声で西本さんが横から差し出してくれたのは、とても布面積が少ない過激な水着だった。笑顔に申し訳なさを7割増しプラスして頭を振る。 「ちょっと、わたしには似合わないかな……」 「そんなこと無いやろ〜。メッチャかわいいし、ゼッタイ似合うと思うで?」 「(……かわいい?)」 西本さんセレクトのとても過激な水着を手に取ってみる。ビキニタイプの黒い水着……ストラップ部分のたっぷりとしたフリルが……確かに、かわいい、と言えなくもない、の、かも……? でも、それより目に入ってしまうのは布面積があんまりにも少なすぎることだ。な、何もこんなに急角度にしなくても良いんじゃないかなあ、と思ってしまうほどに切れ込みが深い。下半身部分のラインが余りにも際どすぎると思う。試しに分度器で角度を測ってみたいほど……。 「あかり……そんな親の敵みたいな目で水着見なくても良いんちゃう?」 「えっ? あ、ご、ごめんね、考え事してた……!」 「考え事?」 「その……すごい切れ込みだなあって」 「切れ込み? ああ、そうやなあ……じゃあ」 西本さんは成程、という風に頷いてまた別の水着を手に取った。 「これ何かどうやろ?」 差し出されたのは、先のものよりカットは浅いとはいえ、 「豹柄…………」 「こういうのも割と似合うんやないかな?」 「豹柄…………」 西本さんが体に当てて見分してくれている水着は、いかにも“豹です!”という感じの豹柄だった。これを着て行ったらどんな反応をされるかな……と思い描いてみる。 『おまえは大阪のおばちゃんか』 アンド、チョップ……。 ……首を振る。大体、わたしにこの柄を着こなせるとは思えない。 「あ、ピンクもあるみたいやで」 「ピンク? ……うわあああ!」 ――ショッキング・ピンクの豹柄……! あまりに過激な色合いにカルチャーショックを受けたわたしは思わず叫び声を上げていた。西本さんがギョッと目を瞬かせる。次いで、店員さんも駆け寄ってくる。 「どうかされましたかあ〜?」 「あっ、な、なんもですぅ〜」 西本さんは「この子、あんまカワイイ水着見過ぎたせいで、ちょっと興奮してもうたみたいで、すんません、また来ますぅ〜」とまくしたてるように言いながら、水着を元に戻し、わたしの手を引いて店員さんにお辞儀しながらお店を後にした。後には、店員さんのきょとんとした顔と「ありがとうございました〜」と言う声……。 ○ 「ご、ごめんね、西本さん……」 「別にいいんやけどな?」 お店を出て一息つく。と言っても、空調の効いた店内と違って外は炎天下。とても一息つける環境ではなかったけれど……。 西本さんが眉を下げ、う〜ん、と思案するように言う。 「あかり、あんなん嫌いやったん?」 「えっ?」 「もしそうなんやったら、こっちこそゴメンな?」 申し訳なさそうに言う西本さん……。わたしは猛然と頭を振る。迷惑をかけたのはわたしだ。西本さんに買い物に付き合ってほしいと言ったのも。 「ううん、そんなことないよ……!」 「でも苦手な水着勧められたら、断りにくいやろ?」 「……苦手っていうかね」 「うん?」 「あの水着だと、水着に負けちゃいそうで……」 過激な切れ込み、過激な柄の水着……水着の迫力に負けて落ち着かなさそう。 「そんなことないと思うで?」 「う〜ん、そんなことあると思うけどなあ……」 ああいう水着は体型に自信がないと着られないと思う。西本さんが「そっかあ」と息をつく。 「あかりはセクシーな水着はNGかあ」 わたしは、うっ、と言葉に詰まってしまう。 そっか、ああいう水着はそう言うんだ……そっか……。とはいえ、往来の真ん中で耳にするにはちょっとビックリしてしまう単語。 「でも、どうしよっか。あたしのオススメはアソコの店やったんやけど」 「あのね、西本さん」 「ん、何何?」 「付き合ってもらいたいお店があるんだけど……」 「あ、そうなん? もしかして、あかりのオススメの店?」 「ちょっと歩くけど、良い?」 「かまへん、かまへん」 西本さんが手をひらひらと振る。笑顔を向けてくれて、少し安心する。 二人で炎天下を逃げるように、次のお店に急ぐ。どこもかしこも赤い「sale」の張り紙が目に眩しい。 ○ 実を言うと水着を買ったことがなかったわたしは今年の夏こそ水着を買ってみようと思った。というのも、行ってみたい場所があったので。 正直にそのことを打ち明けると、西本さんは二つ返事で頷いてくれた。一緒に水着を見てくれるって。 「でも、そしたら今まで何着てたん?」 「えっ、スクール水着だけど……」 「それは、あかーん!」 猛然とした調子で言われてしまう。そ、そんなにいけないことだったのかな……スクール水着しか持っていないのって。 でも、そういえば――去年の夏のバイトのことを思い出す。夏休みに入ってすぐの頃、急に佐伯くんから電話で呼び出された。『今から海に来れないか』って。水着も持ってくるように、とも。 急だったのと、水着なんて学校の授業で使うスクール水着しか持っていなかったわたしは、取りあえずスクール水着片手に珊瑚礁に向かった。現場で明かされた“水着バイト”の件。持参した水着と用意されていたエプロンを着用してフロアに立ったわたしを、同じく水着とエプロン、バンダナで髪をまとめた佐伯くんは上から下へと眺め下ろし、ため息をついた……。 『そういうボケはなしって言っただろ……』 「すごく、ガッカリしてたなあ……」 「やろ? スク水なんか着て行ったらテンションガタ落ちや」 うんうん、と西本さんが頷く。はた、と動作を止めて、わたしを見る。 「って、何なんその状況? あかり、誰かと海行ったん?」 「えっ? 内緒!」 「そんなんズルイわ〜水臭い!」 「ご、ごめんね……」 あ、危ない危ない……珊瑚礁のアルバイトのことは誰にも内緒だったんだ……。釈然としない顔をしてる西本さんに向け、水着を掲げて見せる。 「西本さん西本さん、この水着かわいいね!」 「へっ? ああ、うん、かわいい、かわいい」 「ね? 西本さんに似合いそう」 「ちょい待ち、あたしの水着選びに来たのと違うやろ?」 「えっ」 そういえば、そうだった。今年こそちゃんとした水着を買おうという話だったんだ。ちょこっとついたフリルがかわいい水着を西本さんの体の前から外す。「あたし、このお店に来たのは初めてやわあ」と珍しそうに店内を見回す西本さん。 「あれとか、どうやろ?」 西本さんが壁に飾られた白いワンピースの水着を指さす。かわいい水着だ。かわいいけど……。 「ちょっと子どもっぽい感じになっちゃうかなあ」 「そうやなあ……でもアンタなら似合いそうやけどなあ」 「う〜ん」 デザインだけ見ると小さな子供用の水着に見えなくもない。フリフリの裾に小さなリボンがたくさん……。 「あ、これ何か、どうやん?」 西本さんが手に取った水着。背中部分にやや大きめのリボンがついたビキニ。控えめについたフリルが少し羽みたいでかわいい。 「あ、いいかも!」 「やろ? 色も黒やし。これなら、子どもっぽくもないし、良いんちゃう」 「うん、そうだね」 大人っぽすぎて水着に着られそうでもないし。いいかも! 「何て言うんかな、こういうの? 清らか? ピュア? そう、ピュアやな!」 「ピュア……」 手に取った水着を見つめる。……佐伯くん、好きかな、こういうの。 「じゃ、これで決まりやな!」 「うん、そうだね」 「幾らくらいするんやろ?」 「あ、そうだね」 値札を確認してみる。そうして沈黙……。 「……け、結構高いんやな、水着って」 「……そ、そうだね」 「あ、でもセール中やし、値引きとか……」 「そうだね……」 きょろきょろと辺りを見回してみる。そして、更に沈黙……。 水着を取ったコーナーには“new arrival”の字。 固まったわたしたちに、店員さんが申し訳なさそうに声をかける。 「ごめんなさい……そちらのコーナー、新しく届いたばかりで……」 つまり、セール対象外。 ため息と一緒に商品を元の場所に戻す。 隣りから西本さんの気遣わしそうな声がする。 「買えそうにないん?」 「ギリギリ買えるんだけどね……」 でも、7月はこれからまた別の出費があるし……全額使い切ってしまう訳にはいかない。かといって、来月バイト代が出るまで我慢するのも待ちきれない。 しばらく難しそうな顔をしていた西本さんが目を輝かせる。 「なあなあ」と耳打ち。打ち明けられた提案に目を丸くする。けど……。 「お願いします!」 「こちらこそな!」 元気よく頭を下げると、負けないくらい元気な声が返る。やっぱり、今年の夏は(も?)忙しくなりそう。そんな予感に胸を膨らませる。窓の外がキラキラと茜色に染まり始めている。 2/which do you like better, "sexy" or "pure"? (どっちが好きなの?) |