要するに、わたしは浮かれていたのだと思う。一週間の期末試験が無事に終了して。――ううん、その前からも、もしかしたら。
試験最終日、最後の教科の答案が回収されて、ペンを机の上に転がした瞬間から(あの何とも言えない解放感!)、わたしの頭の中はもう次のことで占められている。夏休みのこと、本当に、それだけ。高校三年目の夏をどう過ごすか、そのことで頭がいっぱいだった。
窓の外に広がる入道雲と空の青のコントラストが目に眩しい。それから、羽ヶ崎の海。空と海の境界線が曖昧になって溶け込みそう。――きっと楽しい夏になるよね、そんな根拠のない予感で胸が膨らんだ。





テスト結果が貼り出されている。廊下に出て、人だかりの間から順位を確認していたら、背中に声がかかった。

「あかり」
「佐伯くん」

隣りに立って、佐伯くんが張り紙を確認する。

「へえ、頑張ったな」
「うん!」

やったー、頑張って良かった! 頭の中でガッツポーズを作っていたら、「あのさ……」と斜め上から声が降ってきた。心臓が跳ねあがる。もしかして、明日の話かな、と思ったので。

「ん、何? 佐伯くん」

わたしの裏返り気味の声に対して佐伯くんの声はあくまで平坦だ。

「次はもっと頑張ろうな、お互いに」
「う、うん……!」
「一緒にトップ目指そうぜ?」
「えっ」

と、トップ……!? 改めて順位を確認する。十位圏内に入るか入らないかの順位。自分で言うのも何だけど、今回はかなり健闘したと思う。それが、更にトップを目指すなんて。佐伯くんは何て向上心が高いんだろう。氷上君に小野田さん……遙か高み、学年トップを飾る面々の華々しい成績を仰ぎ見て、気が遠くなりそう。トップを目指すためには500点満点を狙わないといけない予感がする……そんなのって、正直、かなり、ううん、相当頑張って勉強しなきゃいけない気がする。

ぽすん。
思案に暮れるわたしの頭に何か落ちてきた。見上げると、近すぎてピントがぼやけた影……佐伯くんが左手をチョップの形にしてわたしのあたまに乗せていた。

「……なんてな」
「えっ?」
「トップと上位じゃ全然難易度違うもんな」

手の影から覗く、まるで挑むような笑顔。――どうする? 言外にそう問われたようで、反射的に返事をしていた。

「やる! 一緒にトップ目指そうよ!」
「よく言った」

乗せていたチョップの手をひねって、今度は手のひらを頭に乗せられた。一瞬だけ、軽く、ぽん、と。――よく出来ました、と花まるをもらった小学生みたいな気持ち。相変わらずの子ども扱い。現金なもので、そんな待遇でもすっかり嬉しくなってしまう。――よーしっ! 目指すはトップだ!

順位も確認したし、あとはもう帰るだけ。すれ違いざま、「あかり、あのさ……」と佐伯くんから声をかけられる。またテスト関係のことかな、と振り返る。トップを目指すなら、わたしたちライバル関係だね、そんな台詞をあらかじめ用意……。

「明日、忘れてないよな?」

こっそりと。
周りからは見えない角度で、佐伯くんが耳元に口を寄せてきた。すれ違いざまに。首を傾けて仰ぎ見た佐伯くんの顔は、少しだけ恥かしそうな顔をしていた。

「忘れてないよ?」
「……なら、よし」

満足そうに頷いた顔は、やっぱり幾分恥かしそうな顔。その顔に向けて微笑みかける。

「それじゃ、明日」
「うん、また明日」
「……遅刻すんなよ?」
「しないよ!」

声を上げると、佐伯くんは目を細めるようにして笑った。「じゃあな」また、すれ違いざまに軽くチョップされる。ぽすん、少し前に比べ大分優しくなってしまったチョップを当てられたつむじの辺りに手を当てる。……一緒に帰ろうって言えば良かったかな、と少し後悔する。
ぼんやりと立っていたら、背中から声をかけられた。

「あかり〜」
「西本さん」

西本さんはすっかり肩を落としている。

「あんたすごいなぁ。ほとんど学年トップやん。ちょっと分けてほしいわあ……」

学年トップという単語に、さっきの売り言葉に買い言葉のような応酬を思い出してしまう。……やっぱり早まったかなあ。今更ながら少し後悔してる。だって、せっかく期末テストが終わったのに、もう次のテストの心配をしなきゃいけないなんて……。
西本さんのぼやくような声が聞こえる。

「あたしは来週から補習や……めっちゃ凹むわあ……」
「……西本さん、今日は時間、ある?」
「あるけど……どうしたん?」
「ちょっと、一緒に寄り道してもらえる、かな?」
「寄り道?」
「あのね……」

西本さんの耳に口を寄せる。内緒話をするように手を当てて。
わたしのお願いを聞いた西本さんがキラキラと目を輝かせる。「なんや、そんなこと!」と胸を叩く。

「お安いご用や! あたしに任せといて!」
「ふふっ! 頼もしいよ、西本さん!」

善は急げ、とばかりに西本さんと連れだって歩き出す。折角テストが終わったことだし、今しばらくは別のことに頭と体を働かせたい。それは例えば、明日のこととか、あるいは、夏休みのこと。
来週いっぱいの補習期間、それが終われば、もう夏休みだ。廊下の窓から確認すると、空と海が溶け込みそうに色の境界線を曖昧にして輝いている。




1/throw away your books, go out into the streets. (書を捨てよ、街へ出よう)

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