「志波! 何やってんだい、そっちじゃない、右! 右っつってんだろ!」
「右? こっちか?」
「そっちじゃない……!」
「あっ」
「ここか?」
「ぎゃああああああ!?」
「はっ? 何? 何? 今の砂嵐!?」
「お、オレの城がああああああ……」
「僕のお城、潰れてしもうた〜」
「……悪い、針谷、クリス……」
「竜子……」
「何だい? 随分、物騒なメンチを切ってくれるじゃないか?」
「イヤね、人聞き悪い。私はただ、この落とし前をどう付けてくれるのか、聞きたいだけよ」
「はっ、上等だよ。いいよ、受けて立とうか」
「手加減はしないわよ?」
「こっちの台詞。覚悟しな」
「…………おい、クリス、避難するぞ、早く」
「えっ? 何で〜?」
「おめーには、あの二人の後ろに見える阿修羅像が見えねぇのかよ!?」
「あしゅら象? なんや可愛らしい名前の象さんやねぇ」
「全っ然、違ぇ! いいか、お花畑で幸せな頭のおまえにも分かりやすく教えてやるとな、あの二人が今出してる恐ろしい空気、あんなんはなぁ、堅気の人間に出せる空気じゃねーんだよ!」
「そうなん? あ」
「何だよ、とにかく、早く」
「ははは、ハリー」
「何だ? 西も……」
「志村後ろやで、ハリー……」
「は? ……あ」
「流石ボーカルさんね、とってもよく声が通るのね。……全部筒抜けよ針谷君」
「なかな良い度胸してるね、アンタ、気に入ったよ」
「ハリー……南無三!」
「お経唱えんなよ、縁起悪ぃ!」
「そういえば、竜子」
「何だい、水島」
「スイカがもう無いのよね」
「ああ、天地のヤツがどさくさに紛れて、つまみ食いしてくれてね」
「それ、オレより天地を責めた方が……」
「ねえ、針谷君」
「はい」
「私たち、スイカの代わりを探してるの」
「はい?」
「探してるの」
「すごいわ、ひそかっち、笑顔なのに、蛇に睨まれた気持ちになるわあ。さながら、見た者を石に変える、メドュー……」
「西本さんも口には気をつけた方がいいと思うわ」
「ひっ、ははははい!」
「まあ、あながち、嘘でもないだろ」
「竜子、今は私たち共同戦線をはってるはずだけど?」
「……だとさ。ま、漢らしく諦めな、針谷」
「……“漢”なんて、書いて普通は“おとこ”なんて読まねーんだよ!」
「……それが遺言かい?」
「ミスった! ……志波!」
「何だ、針谷」
「オレを助けろ! 今の状況を止められるのは、おまえだけだ! 頼む!」
「…………針谷」
「何だよ?」
「……これも、ニガコク」
「絶対ぇ、違ぇ!!!!」
「……冗談だ」
「おまえの冗談は冗談に聞こえねーんだよ!」
「そうか? おい、藤堂、それくらいにしてやったらどうだ」
「そうだね。悪かったね、針谷。アタシらも冗談」
「もう、やめちゃうの、竜子? あーあ、結構楽しかったんだけど」
「は? えっ? 冗談? マジで?」
「本当よぅ。残念ながら」
「マジすか……」
「まあね、ただし……」
「そう、ただし……」
「……ただし?」
「謂れのない悪口のお詫びくらいは言えるわよね?」
「お詫び?」
「そう、詫び」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………す」
「す?」
「スンマセンっした! 姐さん!!!!」
「良く出来ました。……姐さんは勿論、竜子のことよね?」
「アンタも込みだろ」
「何か言った? 竜子?」
「別に、事実だろ?」



「……なあ、あかり」
「なあに? 佐伯くん」
「あっちで屯ってるのってあいつ等だよな?」
「あいつ等って皆のこと? うん、そうだね」
「…………何か、針谷が女子二人に向かって土下座してるように見えるんだけど」
「うーん……そうだね、してるね……」
「そうか……俺の乱視が進んだ訳じゃないのか。あいつ等、何してんの?」
「何だろう? ちょっと、想像がつかないかも……」
「だよな……。何か、あの空気の中に戻るの、すっごい気が進まないんだけど」
「うーん、でも、放っておけないかも」
「いやまあ、おまえらしいけどさあ……」

……今あそこに戻るのって、狼の群れに子羊を投げ込むような気がしなくもない。何か話を逸らして、もう少しコイツをここに引き止めた方が良い気がする。

「あかり」
「なあに?」
「その水着、だけど……」
「えっ? 水着? ……えっ?」

途端にあかりは赤くなった。緊張してるのと、水着の評価を気にしてたのが、まる分かりな反応。釣られて、こっちまで赤くなりそう。なるべく視線を合わせないようにして、言った。

「……よく似合ってるよ。その、そういう、デザイン」
「……ほんとう?」
「ホント。嘘言ってどうすんだよ。お世辞なんか言う訳ないだろ」
「……うん、そうだね」

あかりがうんうん、と頷いている。丸っこい、黒目がちな目で見上げてきて、言った。

「ありがとう。佐伯くんに、そう言ってもらえて嬉しいな」

――あーあ、ズルイなあ、もう。

パラソルとシートで手がふさがっていなかったら、確実にチョップしていたと思う。照れ隠し代わりに。何で、照れ隠しがチョップなのか、自分でもよく分からない衝動だけど……。

「ね、佐伯くん」
「何? 何だよ」
「今年も水着アルバイトって、あるのかな?」
「はっ?」
「今年もあるなら、わたし、手伝うよ?」

水着アルバイト。去年こっそり計画して、ほとんどあかりを騙し打ちするみたいに呼び出して、実行させた夏限定アルバイト。なかなか、どころか、大分評判が良くて、その日の売り上げは呆れるほど上々だったという……。
去年の夏を思い出す。確かに、あれは凄かった、客の食い付きぶりといい、繁盛ぶりも、目を見張るものだった。だけど……。

「いい」
「えっ?」
「今年はやらない。だから、しなくていい、そんなこと」
「でも……佐伯くん、去年あんなに……」
「今年は何か別の方法を考える」
「そうなんだ……」

心持ち残念そうに肩を下げているあかり……。まさか、やりたかったのか、水着バイト……。人の気も知らないで、と思わなくもない。いや、俺が言い出したことだけど……。去年の自分にチョップをかましてやりたい気分。あの頃の俺は気づいていなかったけど、今の俺はもう気づいてしまった。――あれは好きな子にさせることじゃない。

「余計なことは気にしなくていいから、忘れんなよ? 来週の約束」
「うん!」

変なところで気遣いを働かせるボンヤリな人魚に念押しをしておく。来週また、一緒に海に来ること。こんな風にあかりと約束をする自分なんて、去年は想像も出来なかった。たかが一年。それでも、色々なことが変わったし、気づいたことも多い。新しく知ったことも。
これからも新しく知っていくことがあるのかもしれない。距離だって、今以上に縮まるかもしれない。夏の初めに抱いた期待が戻ってくる。今更ながら、実感出来た。――もう、夏だ。




∞/eternity(おわりに代えて)




(今度こそおしまい!)
(みなさま、よい夏を)

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