空は夏日の見本みたいに晴れてるし、目の前には海が広がっているし、それに……あいつもいるし、本当なら不平なんてあるはずもないんだろうけど、何でだよ、と思ってしまう。――ホント、何でこんなことになってるんだ。

シートの上で騒がしい浜の様子を遠巻きに眺めている。強い日差しも通さない頑丈なパラソルの下は暗くて、長いあいだ浜をボーっと眺めていても大丈夫なように出来ている。きっと便利な代物。でも、俺ならこんなの用意しない。持参したのは別の奴だ。じゃあ一体誰だって、それは、

「佐伯くーん!」

あかりが名前を呼びながら手を振っている。遠目にも分かる、無防備すぎる仕草。あああもう、そんな恰好で、そんなことするなよな、本人は構わなくても周りが動揺するんだ。
幾ら日差しを通さないからと言って、パラソルの下でも焼けつくような暑さは変わりない。浜でグダグダしているよりも、早く水に入りたい……でも、そういう訳にもいかないんだろう。いい加減、観念して立ち上がって、まだこっちに向かって、ぶんぶんと手を振り続けているあかりに答えてやらなきゃいけないんだと思う。先週新調したばかりだって言っていた水着は、あかりによく似合っていて、放っておくと悪い虫が寄ってきそうで気が気がじゃない。ビキニタイプの黒い水着。あかりが動くたびに黒いフリルがまるで羽のようにふわふわと揺れる。

「あかりちゃーん、早ぉこっち〜」
「先輩、早く早く! スイカ割りの準備、もう出来てますよ!」

それに、何も悪い虫が丘サーファーだけ、という訳でもなさそうだし。
暗いパラソルの下が居心地が良い訳じゃない。ただ不貞腐れて遠くにいるだけの話。別に、前から理解してるはずだった、案外広いあかりの交友関係を見せつけれられて、腐ってる訳じゃないけど。ただ、何で二人じゃなくて、ほとんど全メンバー勢ぞろい何だよ、と言いたいだけの話。





重い腰を上げてスイカ割りで盛り上がっている面々に近寄る。

「あ、佐伯くん! スイカ割り、始まるよ!」
「あの荷物どうすんだよ」

パラソルの下のやたらと嵩張る浮き輪やビーチボールとか。あかりが用意したらしいけど、今は誰も使っていない。というか、何でこんな離れた場所にスイカ割りをセッティングしたんだと問いたい。大方、メンバーが大勢集まる場所だったから、くらいの理由。協調性はあっても計画性は無い面々は、皆てんでばらばらのことをしているのに、不思議な事に、ほとんど一つ所に固まっていた。

「ややっ、アサリがこんなに……! 先生、今日のお夕飯はご馳走決定です」
「これは……ヒメアサリですね。少し平たい形をしてます」
「……ヒメアサリ?」
「アサリとは本来違う種類の貝なんです。よく似た見た目をしていますが」
「そうなんですか………………氷上君」
「はい、何でしょう、若王子先生」
「それで、これは、食べられますか?」
「え、ええ、食用にはなるはず、です」
「それはよかったです!」
「……若王子先生、良ければ、僕も探すのを手伝いますか?」
「ややっ、氷上君、それは助かります」
「わわわ私も手伝いますっ! 氷上君!」
「それは有り難いよ、小野田君」

海に来て、潮干狩りに勤しむ教師と生徒会連中とか。

「わあ、ハリーくん、すごい立派なお城やねぇ」
「だろ? すげぇだろ? 俺の力作な!」
「僕も何か作ろ〜、何がええかなあ」
「ねえねえ、クリス君。針谷君が日本のお城だから、あなたは洋風のお城を作ってみたらどうかしら?」
「ようふう?」
「ヨーロッパ風のお城。そうね……シンデレラ城みたいなお城、かな」
「……Neuschwanstein Castle! ノイシュヴァンシュタイン城やね! 分かった、密ちゃん、僕作ってみるわ〜」
「ふふっ、楽しみね!」
「よーし、クリス! オレと競争な!」
「あっ、じゃあ、あたし審判な! どっちが、ごっつスゴイ城を作れたか、判断したる!」
「おう、頼むな!」
「ふふっ、公平にお願いね、西本さん」
「も、もちろん、ですよ、姐さん……!」
「……ねえさん? 密ちゃん、はるひちゃんのお姉さんなん?」
「ううん、違うわよ? もう、西本さんったら」
「あははははは……何でやろ、さっき、ひそかっちから、竜子姐と同じオーラ感じたわぁ……」
「西本さん、どうかした?」
「ううん、何もやで?」
「おめーら! 城に集中しろ! 城作りはなぁ、甘くねぇんだぞ!」
「わあ、ハリーくん、冷血やねぇ」
「熱血な、熱・血」

浜で、砂遊びに夢中なヤツらとか……。

「もう、みんな全っ然協調性が無いですね……!」
「ああいう連中なんだ。仕方ないだろ」
「でも藤堂先輩、折角用意したのに、勿体無いですよ」
「仕方ないね。アタシらだけでやるかい。なあ、志波?」
「ああ、そうだな……」
「あっ、志波先輩! 棒ならこっちにありますよ!」
「……バットか」
「準備は万端です♪」
「ああ……腕が鳴るな」
「思いっきり叩き潰して下さいね!」
「ふん、悪かないじゃないか……よし! サポートはアタシに任せな!」
「ああ、頼む」

……明らかに、スイカを割りに行く空気じゃない、スイカ割りとか。

何となく、入って行く(入って行ける)気がしなくて、遠巻きに眺めていた。遠くにセッティングし過ぎたパラソルとシートの方を指し示すと、あかりも改めてそれらに気がついたのか、声を上げた。

「あ、そうだね。どうしよう、移動する?」
「いい。俺が持ってくるから」
「えっ」

今更あの中に入って行くのも、何だか気が引けるし。それぞれ楽しそうだし。あかりはというと、どんなメンバーの中にも溶け込める特殊能力の持ち主だし。踵を返して、パラソルの方へ戻ろうとしたら、手を引かれた。

「待って、わたしも手伝うよ、運ぶの」
「あかり……」

振り返ってあかりの顔と掴まれた手を交互に見る。何となく、普段二人で出掛ける時みたいな空気が流れたけど、ここは二人きりじゃないし。さりげなく、手を引く。

「……好きにしろよ」
「うん!」

後ろ側から屈託のない声が返る。いつもどおり。いつものあかりだ。……やっぱり何だか苦虫でも噛み潰したような気分。あーあ。

「今日は晴れて良かったね」
「そうだな」
「みんなも来てくれて良かった」
「……そうだな」
「みんな夏休み初日なのに、予定がないなんてすごいよね?」
「ホントにな」
「……佐伯くんも」
「ん?」
「佐伯くんも一緒で嬉しいな」
「…………っ」

横目で確認したら、あかりはどこかはにかんだように笑っていた。…………どんな殺し文句だよ、このバカ。
今日だって、俺は二人きりだと思ってたんだ。なのに、蓋を開けてみたら大勢のコブつきで、拗ねてたとか、子供っぽいったら無い。なのに、あかりは「一緒で嬉しい」とか、本当に嬉しそうに笑うし。またバカみたいに浮かれそうになる。
分かってる、今日だって、二人で来ようって約束した訳じゃないんだから、こうなったのも仕方ないのかもって。だって、俺たち付き合ってる訳じゃないし。だから……。

「あかり、あのさ」
「ん、何?」

デカイ浮き輪とかビーチボールを抱えながらあかりが見上げてくる。無防備な顔に向けて言う。

「今度はさ、二人で来ないか? 海」
「えっ」

この一週間で、いい加減学んだこと。したいこととか、してほしいこと。言わなきゃ伝わらないんだということ。あかりは、どういう訳か、俺の望んでいることを無自覚に叶えてしまう不思議な女の子だったけど、それ以上に物凄くニブイところがあったから、言わなきゃいけないときは、ちゃんと言ってやらないと伝わらない。だから、今度はちゃんと言っておこうと思った。この夏は二人きりで海に行きたいって。

自分の心臓を差し出しているんじゃないかってくらい、ドキドキしながらあかりの返事を待つ。あかりは、学校指定のスクール水着に店の黄色いエプロンという姿だった去年とは違って、新しく買った黒い水着を着て、何か考え込むように視線を彷徨わせた。よく似合ってるし、好きなデザインの水着だなって、思う。いろんなゴタゴタがあって、そういえば、今日はまだ伝えてなかったけど。「佐伯くん」意を決したみたいにあかりが口を開く。

「それは来週の日曜ってこと?」
「……うん、そう」
「今週も来て、来週も海だと、佐伯くん、退屈しない?」
「それは……」

視線を巡らせて、潮干狩りに砂の城作り、スイカ割りに勤しむ面々を見る。……うん、そうだな、

「退屈しない。大勢と二人きりなら、違うだろ?」
「……そういうものなの?」
「……そういうものなんだ」
「……そっか。うん、そっか」

あかりが目を細めるようにして笑った。

「じゃあ、来週は二人で海だね!」
「うん、約束な?」
「うん、約束だね」

だから、そういう訳で、来週は二人で海だ。それで、誰にも秘密にしてる穴場にあかりを連れて行ってやろうと思う。多分、きっと、気に入ってくれると思うから。

青すぎるくらい青い空と、空の青を映した海が境界線を曖昧にして、青色に染まっている。眩しいくらいの青を背に、あかりが「楽しみだな」と言って笑いかけてくる。言葉以上に雄弁な二つの目。そこに何かの影や憧憬を混ぜ込むのは、とても簡単だ。でも今は、そんな思い入れも何も関係なく、ただ、あかりしか見えない。今になって、ようやく分かった。俺はあかりと一緒にこの場所に来たかったんだ。きっと。教室で、あかりが空と海を眺めていた姿に目を奪われた時から。その瞬間から。もしかしたら、それよりも、ずっと前から。

随分、遠回りして気づいたこと。それでも、気づいて良かった。出逢えて良かった。
隣りを歩くあかりに伝えたかったことは、そういうことで、したかったことは抱きしめることだった。今は人目があるし、二人きりじゃないから、とても出来なかったし、何よりパラソルとシートという大荷物を抱えていたから、とても出来そうになかったけど。それでも、いつか、と思う。いつか、時が来たら。




12/the summertime blues(サマータイム・ブルース)

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