歩きながら佐伯くんは、ぽつぽつと打ち明けてくれた。

「……俺さ、おまえから避けられてると思ってたんだ」
「どうして?」
「どうしてって……」
「わたし、避けてなんかいなかったよ? ただ、ちょっと忙しくしてて……」
「うん……そうだったんだろうけど、俺はおまえが忙しいの、知らなかったからさ」
「そっか……」
「今週おまえ、ずっと帰り、いなかっただろ? たまに誘っても、用事があるって言って断るし……」
「うん……」
「バイト中も、何か、上の空だし……」
「う、うん……」

それは、アナスタシアとの掛け持ちでてんてこ舞いだったせいだ。そのことについては、まだ反省中。いくら掛け持ちしてても、ちゃんとしなきゃいけなかったのに。

「学校でも全然会わないし、いっつも、忙しそうだし……」
「うん……」
「だから、避けられてるのかなって、思って……」

そこで佐伯くんは一度口を閉じた。わたしの方に視線を向けて、少し目を細める。

「ずっとそう思ってたから、今日、おまえが珊瑚礁に来てくれた時、実は嬉しかったんだ」
「佐伯くん……」

胸の奥が、じんわりと温かくなる。

「その、ごめんな?」
「佐伯くんが謝る必要なんてないよ? 何も悪いことなんてしてないんだから」
「でも、避けられてるって思うようなこと、したと思うから……だから、ごめんな?」
「佐伯くん……」

佐伯くんが言いにくそうに続ける。

「……避けられてる理由だと思ったのは、プールのこと」
「プール?」
「俺、すぐ断っただろ。せっかく誘ってくれたのに」
「でも、苦手なら仕方ないよ?」
「うん……俺さ、おまえと行きたくなかった訳じゃないんだ。でも、プールってどうしても苦手なんだ」
「うん」
「カルキの匂いも苦手だし、コンタクトだから、目も痛くなるし……」
「うん」
「結構、狭いし……。ちょっと息が詰まりそうになる」
「うん……」
「断るなら、ちゃんと理由言うべきだった。だから……悪い」
「ううん、わたしも、言葉が足りてなかったと思うから……」
「言葉?」
「うん、あのね、わたし、このあいだ水着買ったばかりなの」
「は? 水着?」
「うん、スクール水着じゃないやつだよ」
「……ああ、そう」
「去年の夏、佐伯くんとは一緒にアルバイトもしたけど……それだけじゃ勿体なかったかなって、思って」

海が身近にありすぎたせいか、気がついたら、佐伯くんと海に行ったことがなかった。いつでも行ける気がしてたけど、そう思っている間に、もう高校も三年目だ。本当なら遊んでいる場合じゃないんだろうけど……それだけで夏が過ぎてしまうのは惜しい気がして。

「わたし、佐伯くんと夏らしい場所に行って夏らしいことがしたかったんだと思う」

プールに行こうと誘ったのも、理由はそういうことだったんだと思う。あのときは海開きがまだだったから、海よりもプール、と思ってしまったけど、一緒に行けるならどっちでも良かったんだと思う。多分、わたしの中で大事だったのは行き先よりも一緒にいられるかどうかということだった気がする。

「……あかり」

夜に紛れそうな沈黙の後、佐伯くんが口を開いた。

「明日、おまえ暇?」
「え?」
「海、行かないか? 一緒に。その……ちょうど海開きだし」

明日は日曜日。それに海の日。つまり海開きの日だ。それに、明日から夏休みだ。
思わず隣りを歩く佐伯くんを見上げたら、佐伯くんはどこか照れくさそうに少し目を細めて言った。

「もちろん、仕事抜きで、だけど……」

それから視線を外して「それで、新しい水着、見せてよ」と呟いた佐伯くんは今度こそ正真正銘、恥かしそうだった。街灯の下でもはっきりと分かるくらい赤い横顔に向けて、わたしは返事をした。

「うん、一緒に海に行こう、佐伯くん」




11/summer make good(夏に願うこと)

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