言い訳をさせてもらうと、実は、この一週間ほど忙しくてバタバタしていた。発端は先週の土曜日、西本さんと水着を選びに行ったときのこと。 「あ、似合う似合う!」 「そ、そうかな……?」 「うんうん、新人とは思えへんよ」 今日はじめて着るバイトの制服。アナスタシアの制服はケーキ屋さんらしく、フリルをふんだんに使った可愛らしいデザインだった。着慣れないせいか、少し恥かしい。けど、西本さんのお墨付きをもらったので、大丈夫、かな? 向かいに立つ西本さんも、クリーム色のブラウスと真っ白なエプロン姿。もうベテランなこともあって、着慣れている感じがする。わたしはというと、どうしても珊瑚礁の制服と比べてしまって、違和感がある。首元のタイが無いのとか、フリルが多すぎることか……。 でも、そんなことを言ってる場合じゃない。 「よろしくお願いします、先輩!」 わたしが頭を下げると、西本さんは眉を下げて笑いながら、手を振る。 「そんな畏まらんでも、大丈夫やって。ただし、声は大きく元気よく、あと……」 西本さんがニコッと唇を横に引く。 「とびきりのスマイルは忘れんように、な?」 「うん!」 「こら、返事は“はい”やろ?」 「あっ、はい!」 「ジョーダンやって」 からから、と西本さんが笑う。そうして「分からんことがあったら、何でも聞いてな?」と言ってくれた。頼もしいなあ、と思ってしまう。今日から一週間、わたしはアナスタシアで臨時アルバイト。ちょうど、いつもシフトに入っている子が休むということで欠員が出そうだったらしい。西本さんの紹介もあって、飛び入りでアルバイトをさせてもらえることになった。珊瑚礁とアナスタシア、同じ飲食系のアルバイトだけど、やっぱり、喫茶店とケーキ屋さんは勝手が違うだろうから、少し緊張する。 「ええと、これとこれは、アーモンド入りで……」 お客さんからは見えない位置、レジ横に貼られたメモをチェックする。アレルギーを引き起こしやすい食品を含んだ商品の対応表だ。 「お、勉強中やな? エライ、エライ」 西本さんが横から覗きこんでくる。 「ケーキ、たくさんあるね、西本さん……」 「ケーキ屋やしね」 「ケーキと名前が全然一致しないよ……」 「ダイジョーブやって、ピンチのときはあたしがサポートするし」 「ごめんね、西本さん……!」 「今日が初日なんやし、あんま気負わんと。スマイル、忘れんようにな?」 「はい!」 不安もあるけど、今日から一週間、頑張ろう! ○ 「ええと、桃のミルフィーユに、パンナコッタ、レアチーズケーキ、タルト・オ・フリュイ…………フリュイ?」 何だろう、フリュイって? タルトはタルトだよね? ……フリュイのタルトって何だろう? あれれ、ケーキの見た目が思いだせない……。 週半ばの水曜日、今日は珊瑚礁のバイト日。バイト中だったけど、アナスタシアの棚に並ぶケーキの名前を書いたメモを片手にこっそりと勉強中。まだまだ新しいバイト先の仕事に慣れなくて、仕事の空き時間を見て、メニューを復習していた。商品名とケーキの見た目が一致しないものに引っかかってブツブツ言っていたら、急に手元が暗く翳った。 「あかり」 「っわあ!」 急に佐伯くんから声をかけられて、すごくビックリした。咄嗟に手元のメモを握りつぶしてしまう。ぐしゃり、思いのほか、大きな音を立てながら紙を後ろ手に隠した。流石に、見られる訳にはいかない。掛け持ちしてるだなんて言える訳がないし、それに、アルバイトが掛け持ちした理由が理由だったので……。 頭一つ分ほど背が高い佐伯くんを見上げる。佐伯くんはすごく怪訝そうな顔をしてわたしを見下ろしていた。一言一言区切るような言い方で訊ねられた。 「……何、してんだ、ボンヤリ」 「ごめん、ちょっと、ビックリして……」 ごにょごにょと口の中で謝る。何をしていたのか、言う訳にはいかなかった。 佐伯くんはというと、わたしが後ろ手に隠したメモが気になるのか、後ろを覗く素振りを見せた。わたしは体を縮こまらせてしまう。 「何コソコソしてるんだよ?」 「し、してないよ!」 「してるだろ? 何隠したんだ、それ」 「何でもないの! カンペだから、これ……!」 ――あっ。 そ、それを言ってどうするの、わたし……! 自分ひとりでひどい墓穴を掘って慌てているわたしを、佐伯くんは呆れたように眺め下ろし、ひとつ、ため息をついた。 「……何をコソコソしてるか知らないけど」 「う、うん」 「仕事はきちんとやること。今日おまえ、すごいボンヤリしてる」 「えっ」 「しっかりしろよ」 ぽこん、佐伯くんが持っていたトレイでわたしの頭を叩いた。叩いた、というよりも、乗せただけ。軽い衝撃だったけど、わたしには十分すぎる衝撃だった。――そうだ、しっかりしなきゃ、ダメだ。 佐伯くんの言葉通りだ。仕事は仕事だ。きちんとやらなきゃ。いくら掛け持ちをして、忙しくても、大変でも、だからって、いい加減にしていい理由になんか、ならない。 ――しっかりしなきゃ。 佐伯くんを見上げる。 「佐伯くん」 「何だよ?」 「ごめんね、わたし、しっかり頑張るから」 佐伯くんは何とも言えない顔でわたしの顔を見返した。何か言いたそうにしてたけど、そのとき丁度、お店のドアベルが鳴った。お客さんだ。いつもどおり、笑顔と一緒に声を出した。 「いらっしゃいませ!」 9/teenage dreams in a teenage circus running around like a clown on purpose(十代の夢、十代のサーカス、わざとピエロみたいに走り回る) |