「疲れちゃった」
 週の半ば、ぽつりと呟いたボンヤリの姿は翌週、校内に見当たらない。嫌な予感がして隣りのクラスを覗く。訊くと今週は休んでいるらしい。なるほど、内心で呟いて教室を後にする。冒頭の呟きが胸の底で澱のように沈む。疲れた、か……。
 一度凍らせた中身を木杓子でかきまぜて、冷凍庫に戻す。頃合いを見て、またかきまぜる。その繰り返し。何度か作業を繰り返して納得がいく出来になったところで、保冷容器に中身を移す。家が近所だから急げば溶けないだろう。マスターに断りを入れて店を後にした。道が夕暮色に染まり始めている。
 呼び鈴を鳴らしたら、「はあい」とおっとりした声の女の人がドアを開けてくれた。どことなく、全体を包む雰囲気があいつと似ていて、まあ、普通に考えるに、この人が『お母さん』。持参したシャーベットを渡す。「お見舞いに来てくれたのかしら?」と訊かれて「ええ」と頷きを返す。あらまあ、と微笑まれ、「どうぞ、上がって下さい」と促されて、結局お言葉に甘えることにした。
 西日に染まった部屋に入ると、布団から顔半分だけ覗かせたボンヤリと目が合った。瞬きもしないで、こっちを見つめていた視線が不意に逸らされる。ため息みたいな声で「……佐伯くんか」と言った。少し癇に障る。まるで他の誰か期待してたみたいな言い方じゃないか。
「そっか、佐伯くんか」
 向こうは妙にさっぱりした顔で言うと半身を起した。
「何だよ、俺だと何か不満なのか?」
「ううん」と頭を振って寄越す。
「不満とかじゃないよ。ただ、意外だったのかも」
「意外?」
「佐伯くんは……もっと難攻不落のお城みたいなものだと思ってたから」
「? 何だよ、それ?」
「こっちの話。ね、お見舞いに来てくれたの?」
「ああ、うん。まあ、な」
「ありがとう」
 嬉しそうに笑っている。頬が勝手に熱を持つ。いつからだろう、こいつの笑顔を前にすると勝手に顔が赤くなるようになったのは。
「……なあ」
「ん、なに?」
「あんまり無理すんなよ」
「うん、もう無理はしないよ」やけにきっぱりとした口調で言った。「もう、無理する必要もないだろうから」
 ……それはそれでどうなんだ? 疑問に思わないでもない。
 何だ、それ、と言うと、やっぱり、何でもない、こっちの話という返答。堂々巡り。それでも、思ったより元気そうだし、何より、この間までの張りつめたような空気が和らいで、楽しそうに笑っているから、まあ、いいかなと思った。


もう進化なんかしない
[2011.05.24/998文字]パラ上げ頑張りデイジーとパラ萌え佐伯くん


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