「はい、どうぞ」と手渡されたのはあかりの弁当箱だ。言っておくけど、俺のじゃない。じゃあ誰のだって、


「佐伯くんの分だよ」


だって。そう言った。公衆監視の元。「マジか」と呟かざるを得ない。小声で。







昼休みは憂鬱ランチ
3日目)







4限目終了のチャイムが鳴ってすぐ、教室の入り口であかりを見つけた。目が合って、手招きをされた。何か企んでいるのか、やけにうれしそうな目つき。ものすごく嫌な予感しかしない。周りの目を盗むように戸口に近寄る。あかりの出現があまりにも早かったので、そういえば、今回はまだ他の女子から声をかけられていない。というか、むしろ、探るような視線を感じるのは気のせいか?


「やあ、あかりさん」
「ごめんね、佐伯くん。急に呼び出しちゃって」


あくまでにこやかに言う。こいつに演技力なんてあるとは思えないから、あくまで天然。なんて器用な奴と思ってしまう。ある意味で。
少し背をかがめ、奴の耳元に口を近づけ小声で言う。


「……で、今回は何の用だ? こんな目立つとこに呼び出したりして」
「うん、あのね」


そうして胸元にかかえていた青い包みを差し出してきた。


「はいどうぞ」
「何だこれ?」
「お弁当だよ」
「いや、それは分かるけど……」


「佐伯くんの分だよ?」と小首を傾げて言う。きょとんとした顔で、どうして受け取らないのかと不思議そうに。――これで自覚なしってすごいよな。


「………………海野さん」
「なあに?」
「ちょっと、屋上に行こうか?」


優等生モードであくまで爽やかに言った。辺りが一瞬水を打ったように静かになって、「え、あ、うん」と戸惑うように頷いたあかりの肩に手をかけ、エスコートするというよりはほとんど無理やり拉致するみたいに屋上に連れて行った。
背後から悲鳴みたいな声が上がる。戻ってからどう詰め寄られるのかと思うと頭が痛い。痛すぎる。







「佐伯くん、待って、足早いよ」とか言ってるボンヤリの言葉は聞かないで、屋上に続く扉を開ける。まだ昼休みが始まったばかりのせいか、屋上に人の姿は見当たらない。確認よし。振り返って問い詰める。


「おまえ、何のつもりだ」
「何って……お弁当のこと?」
「ああ、そうだよ」
「一緒にお弁当食べたいなあと思って」
「……それだけ?」
「うん。だって折角作るならついでに佐伯くんの分も作ってもあまり変わらないもの。手間だけならね。それだけだよ?」


軽く小首を傾げて、『それの何が悪いの?』とでも言いたげに見上げる。ああ、悪いさ、と返したい。


「クラス全員の前で、無謀すぎるだろ!」
「そう?」
「そうだよ! あんなの全員の前で宣言してるようなもんじゃないか」
「それが目的なんだよ?」
「………………」


言葉に詰まる。ああ、そうだ。確かにそう言ってた。付き合ったふりをするって。隠れ蓑になるって。だから、わざとらしいくらいそういうこと(人前で付き合う宣言とか、一緒に帰ろうとか、弁当を手渡すとか)をするのも、こいつの中ではちゃんと筋が通っているんだろう。


でも、何かがひっかかる。モヤモヤする。釈然としないものがある。


(こんな理由でこんなことしていいのかって――)


「佐伯くん?」
「……何だよ」
「早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ?」
「いらない」
「そんな!」


あかりは「折角作ったのに!」とか、悲鳴を上げてる。しかし悪いけど、俺だって当たり前に自分の弁当用意してるんだけど、それが無駄になるってそもそも考えなかったのか、こいつ。


「……どんなやつ?」
「え?」
「弁当の中身」
「あ、うん。あのね、自慢じゃないけど、けっこううまく出来たんだよ? 見て。鶏そぼろ弁当! 簡単だけどおいしいよ!」


あかりが弁当のふたを取って見せる。
――黄色い炒りたまごと茶色い鶏そぼろ。はじっこに絹さやを細長く刻んだやつ。あと紅しょうがが少し。
シンプルで、でもどこか家庭的で懐かしい感じの弁当。感想を洩らす。


「素朴な弁当だなあ」


少しだけ笑ってしまう。シンプルで気取ってなくて、こいつらしいと言えば、らしい中身。


「うん、あのね、見た目は地味だけどおいしいんだよ? 佐伯くんのは男の子だからお肉多めにかけてみました。ほら」

そう言って自分の分も開けて見せる。一回り小さい弁当に同じく黄色と茶色が半々、はじっこに少しの緑と……、


「何、このピンク色」
「桜でんぶ!」


黄色と茶色、ピンク色で三等分された弁当の配色。桜でんぶ……あれか、ちらしずしとかにかかってるやたら甘いじゃりじゃりした舌触りのやつ。
あかりはやたら嬉しそうな顔で「甘くておいしいんだよ!」とか言ってる。甘いのは分かる。分かるが…………ダメだ、やけに誇らしげに弁当を持っている顔を見ていたら、もう我慢できなかった。盛大に吹きだしてしまった。


「えっ、な、なに!?」
「お、ま……子どもかよ!」
「なんで!?」
「桜でんぶでそんな喜ぶって、ほんっとガキかおまえは!」


ひとしきり笑って、あーあ、とため息をつく。上を仰ぎ見たら、やたらと青い空が広がっていた。ああ、良い天気だったんだな、とか、今さら気づく。なんか、さっきまで気にしてた色んなことがどうでもよくなってきた。肩の力が抜けたような気分。
「そんなに笑うなんて、ひどい!」とか言って頬を膨らませているあかりの頭をポンポンと叩いてやる。


「分かった、分かった。お父さんが一緒に弁当食べてやるから、機嫌直せ」


途端、目を輝かせるあかり。


「ほんと!? 食べてくれるの?」
「二度も言わない。箸は?」
「勿論、あるよ! はいどうぞ、あなたv」
「あなたって、おまえ……!」


青空の下、あかりが用意した弁当を食べながら、やたらと甘ったるい気分になったのは、多分きっとこいつの味付けのせいだ。断じて雰囲気に流されて味覚が狂ったとは思いたくない……うん。







「あ、そうだ」とあかりが小さなタッパーを取り出す。蓋を開けると唐揚げ、ウィンナ、たまごやき、プチトマト……こまごまとしたおかずが詰まっている。

「食べる?」と小首を傾げて上目づかいで比較的かわいらしく訊かれて、うっかり頷いてしまう。


「え、あ、いや……うん」
「どれがいい? 唐揚げ? ウィンナ? たまごやき?」
「じゃあ……唐揚げ」
「分かった」


――分かった?


あかりは持ってたフォークで唐揚げを刺して、掲げ持って、こっちに向けて差し出して、そうして、


「はい、あーん」


――ちょっと、いや、かなり相当ものすごくグッと来たなんて絶対言うものか。




「食べないの?」
「…………………………食べる」





2011.01.29


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