当然、予想された通りの騒ぎになった。「ちょっと、どういうこと」だとか、そういう糾弾の声が響く。
そんな中、あかりはにっこりと頷く。さっきの俺の「そうだね」を受けての言葉。


「うん、帰ろう」


天然なのか、何なのか、背後から感じる冷気には全然気づいていないような100パーセントの笑顔。そうか、こいつ肝すわってたんだな。知らなかった。良いことだけど、しかし、こんな状況では知りたくなかった。


辺りのどよめきは留まるところを知らず、どんどん広がっていく。これはマズい。ちょっと、手に負えない騒ぎになりそうだ。すると、廊下から声が上がった。


「ちょっとちょっと、どうしたん、あかりー」
「あ、西本さん」
「『あ、西本さん』ちゃうやろ! なあ、どうしたん、大勢の前であんなこと言って……まさか、あんた、プリンスと…………」
「うん。付き合うことにしたの」
「へっ?」
「……ばっ!」
「「「ええええええ!?」」」


あかりの爆弾発言に、取り巻きだけじゃなくクラス中から声が上がった。……女子だけじゃなく、男子の悲鳴も聞こえたのは何でだ。「あかりさーん」とか、そういう情けない声が方々で上がっているような……。


ってか、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。


「おまっ、ばか……!」


小声であかりに注意した。あかりは「だいじょうぶ」という風に目配せをした。


「『大丈夫』じゃないだろ! とにかく帰るぞ!」


全部小声で言って、教室側に振り向く。「ちょっと、佐伯くん、どういうこと?!」「それって、本当?」とか言う糾弾の声に負けないくらいデカイ声ではっきりと、しかし優等生の顔は忘れずに言い放った。


「ごめん! 今日は本っ当に急ぐから、その話はまた今度ね!」


『何をそんなに慌ててるの?』くらい思ってそうなきょとんとした顔のあかりの背中に手をかけ「じゃあ、帰ろうか!!!」とやけくそで言い放って、教室を後にした。……明日、ほんとうに学校に来たくない。







「……佐伯くん、チョップしすぎだよ」
「うるさい。今のはおまえが悪い。ゼッタイ」


学校帰りの海沿いの道を歩きながら言いあう。人気がなくなったところで、たっぷりチョップをお見舞いしてやった。正直、全然足りない。もう100回くらいはしてやりたい。


「おまえ、ほんとバカ。もう少し言い方とか、やり方とか、あるだろ……」
「でも、はっきり周りに言わないと牽制になんか、ならないよ?」
「……牽制のつもりだったのか、あれ」
「……そういう趣旨の計画だったじゃない」


しばらくカピバラ女の顔を見つめて、顔を逸らし、盛大にため息をついた。横目で見ると、腑に落ちないと言った顔のカピバラ。


「やっぱ、不安だ……」
「……大丈夫だよ、佐伯くん」


心の底からぼやいていたら、思いのほか、柔らかい声で言われた。隣りを見ると、声のまんま、柔らかく笑いかけてくるカピバラ……もとい、あかり。


「大丈夫。全部、うまくいくから」


そう言って、小さな手で俺の手を握ってきた。


「わたしが佐伯くんの隠れ蓑になるから。安心して任せてね」


にっこりと微笑まれて、不覚にもときめきそうになった。
つか、『隠れ蓑』……まあ、そういう趣旨の話なんだろうけど。何故だか、納得出来かねる部分もある訳で……本当に、こんな目的で、嘘でも仮にでも、隠れ蓑でも、『付き合う』なんて、していいのか? 気になって仕方ないことだらけだけど、とりあえず、一番気になるのは、この手だ。いつまで握ってるつもりだ。


「おい、手……」
「え? あ、ごめんね」


掴まれていた手が離れていく。「別に、いいけど……」という俺の呟きは口の中でもごもごと消えた。こっちの葛藤はつゆ知らないあかりはもう走り出していて、「急がないと、バイト遅れるよー」なんて、言っている。――分かってるよ、そんなこと。それも口の中で呟いて、ちっぽけな背中を追った。


波の境界線に夕日が沈みそうだ。昨日とまるで同じ光景の中を歩きながら、昨日交わした会話を思い出していた。


『本当に、そんなにうまくいくのかよ』
『……不安?』
『不安に決まってるだろ』
『……じゃあ、一週間』
『一週間?』
『一週間だけ、試しに付き合うフリをしてみよう? それでうまくいったら、継続。ダメそうなら、計画失敗。一週間だけなら、周りに宣言しても、きっと誤魔化せるよ』


――そんなにうまくいくのかよ、とあかりの後ろを歩きながら、やっぱり、そう思ってしまう。本当に、そううまくいくのかよ。とりあえずのお試し一週間、だって。正直な話、一日目からして不安だらけだ。




2011.01.08


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