お盆休みな瑛主A


別に、調子なんか崩してないし。ちょっと夏の暑さにやられてるだとか、地元に帰省した客が海に遊びに来て珊瑚礁も忙しくしてる……とか、他にも理由はたくさんあるのであって、別に見慣れた茶色い頭が見当たらないせいで本調子が出ないとか、そんなことは断じてないんだからな、と強く言い聞かせておく。誰に? 自分にだよ、ああもう!

「瑛くーん!」
「………………」

……ちょっと、前言撤回。
夕方、電話で呼び出されて店の外に出てみたら、見慣れた、でもここ一週間ほど姿を見なかった懐かしい顔が見えた。相変わらず元気いっぱい屈託が無くて、まだお互い随分遠くにいるのに、ぶんぶんと手を振って帰ってきたことをアピール。元気だよな、相変わらず。元気で良かったな、なんて、少し思ったり。
そういう訳で、久々にヤツの顔を見たら、どういう訳か、不覚にもグッときた。顔を見ただけで、こんな気持ちになるって一体どういうことだ、と思わなくもないから、そういうことはおくびにも出さない。

「ただいま!」
「……ああ、うん。おかえり」
「これ、おみやげ!」
「おみやげ? うわっ、重っ」
「スイカだよ」
「すごいな、実家で作ってるのか?」
「んだ」

相手は笑顔で頷きを返してきた。ちょっと待て……。――んだ?

「あのな、うちのじっちゃん家、スイカ農家だおん、こっちさ戻ってくるとき、いっぺ持ってけ〜って、たくさん持たされてな。んだがら、瑛くんにもお裾わけ!」
「…………………」
「うめがったら、言ってな? まだまだ家さ、いっぺあるがら!」
「………………………」
「あれ? 瑛くん?」
「どうしたんだ、おまえ……!?」
「なしたって……なんもないよ?」
「なんもなくないだろ! って、ああもう、俺まで感化されてる……!」

……確かに、俺にとってこいつは一緒にいると安心できる、気が抜ける一種の安息場所、極言すれば心のふるさと、田舎みたいなものではあるのかもしれないけど、これは違う。確かに和む。壮絶に和み感はあるかもしれない、これはこれで。何て言うか、日●昔話のエンディングとか、ト●ロに出てくる田舎風景を見て癒される心境に近いものがあるけど、俺、別にこいつにそういう類の癒しを求めてる訳じゃないし。確かに今のこいつときたら、いつもより二割増ほど癒しオーラを放ってはいるけど……だけど、これは明らかに違うだろ。幾らなんでも田舎くさすぎる。主に口調。

「……分かった」

きょとんとした顔で見上げてくるボンヤリの肩に手を置く。

「おまえ、実家に帰ってて、うっかり方言移されたんだろ。おまえの適応能力の高さは目を見張るものがあるけど、これはちょっと行き過ぎだ」
「……移されたもなんも、元々あっち生まれだのに」
「いいか、おまえ」
「何だべ」
「何だべって、おまえ……あのな、俺はおまえの心配をしてるんだ。新学期になっても、その訛りが残ってたら、おまえ、確実にクラスのヤツらからバカにされるぞ」
「…………」
「な、なんだよ」
「訛ってるとかっこ悪いんだべか?」
「……そりゃ、あまりかっこよくはないだろ」
「瑛くんはどう思ってらの?」
「俺?」
「みんなのことは関係なぐ、瑛くん自身は何と思ってるのか、聞かせてけろ」
「それは…………」
「………………」
「……それは、その……」
「何?」
「……“だべ”は無いだろ…………やっぱりさ」
「分がった」
「やっと分かったか」
「田舎さ帰らせて頂きます」
「わー、ちょっと待て! それは困る!」
「困る?」

――しまった、つい……!
今まで隠そうとしていた本音みたいなものをうっかり口にしてしまった。

「……ふうん、そっか」

こいつは酷いボンヤリの癖して、こういうときは鋭いから、困る。何かを悟ったらしいボンヤリはニヤニヤ顔で見つめてくる。

「んだども、めんこく無い? 方言」
「めんこいって何だよ」
「かわいいって意味だよ」
「かわいくないし、めちゃくちゃかっこ悪い」
「そっかなあ……あ、瑛くん、これ食べね?」
「何?」
「ぼたもち! ばっちゃと一緒に作っだの! 甘ぐって、おいしーよ!」
「…………」
「瑛くん?」
「…………何か、今、物凄く懐かしくなった……」
「??」

俺、実家にズーズー弁のじいちゃんもばあちゃんも親戚もいないのに。むしろこっちが田舎なくらいなのに、何でだ。この田舎帰りのボンヤリが、いかにも田舎〜な風呂敷包から、ものすごく素朴な手作りぼたもちを差し出して、喜色満面、例の100パーセントの笑顔を向けてきたら、何か、こう、胸に来た。それがときめきに似た感触だったので、参った。新しい可能性の扉なんか開けたくなかったので、ボンヤリの両肩を両手で掴んで、少し距離を置く。ボンヤリが不思議そうに肩に置かれた手を見つめている。

「瑛くん?」
「分かった」
「何が?」
「これから新学期まで、残りの期間で、ゼッタイ俺がおまえのこと、元に戻してやるからな?」
「……瑛くん、わだし、別に病気でも何でもねぇのに」
「いいから、夏休みの残り、一緒に過ごすぞ!」
「……それっで、訛りを直すため?」
「そう。訛りを直すためだ」
「そっが……」
「…………」
「ほんだら、毎日会えるってごとなのがな?」
「そ、それは……」

そういうことになるのか? 実は物凄く恥かしい提案をしてしまった気がして、口ごもっていたら、目の前の相手は以前の印象と同じ、屈託のない笑顔で「嬉しいな」なんて言って笑っている。……そーかよ。別に訛ってても構わないけど、何か、調子が崩れるし、変な嫉妬心まで生まれてくるから、やっぱ、元に戻ってほしいって思う。たった一週間で向こうの方言が移るなんて、そんなに向こうの奴らと遊ぶのが楽しかったのかよ、とか。

「……楽しかったか? 田舎」
「うん!」

即答。ああ、そう……。

「毎日、じっちゃとばっちゃと茶飲み話してたんだ〜」
「ああ、そう……」

それは、訛りが移っても仕方ない、のかな……?




2011.08.16
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*おしまい!
*スペシャルサンクス、8月14日にコメント下さった方。
*拍手メッセージで『デイジが田舎帰って方言が移って、訛って帰ってきてもかわゆい〜』というご意見を頂いて『何それ、超かわいい!』となって、あとはもう妄想が止まらなくて……本当、すみません。妄想楽しすぎて筆が止まりませんでした。そしてあの、知っている田舎弁が東北弁のそれしかなくて(ごにょごにょ)。いまさらですが、物凄くかっぺくさい(=田舎くさい)デイジーを披露してしまって、すみません。

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