私は深い闇の中を漂っていた。ようやく、あのくだらない世界から解放されるのだ。こんなに幸せなことなどない。ただその闇の中に身を任せていることは気持ちよくて、自分のすべてが肯定され、世界が自分を歓迎しているかのように、ひどく心地の良いものだった。


けれど、不可解なことに辺りは少しずつ明るくなってくる。そしてそのまま明るんでくるほどに、どんどんと恐怖感や苦しみがわたしに襲い掛かってくる。いやだ、いやだいやだいやだ。 もう戻りたくなんて無い。誰一人として私を必要としない、存在することすら許されない恐ろしい世界に未練などないのに。

苦痛が脳をかき乱す。もがき苦しめば苦しむほど余計に苦痛が沸き出でてきた。
急に息ができるようになった。と、同時にむせ返り、口からなにか塩辛い液体が出る。息を切らせながら、ゆっくりと重いまぶたを開いた。

そこにあったのは夕日に染まる鮮やかな茜色の空と、キラキラ輝く白銀。


「気がついた、のか?」


目の前に広がる白銀から、声が聞こえた。いや、違う。白銀の髪をした隻眼の殿方だ。


「船で沖まで行ったらアンタが溺れてたんだ」


磯の香りが鼻をくすぐり、ゆっくりと深い呼吸を繰り返すわたしの肺に浸透してきた。さざなみの音が鼓膜をゆすぶり、ゆっくりと思考を巡らす私の脳髄に割り入ってきた。


そうか。わたしは死ねなかったのか。もう一度深呼吸をする。
どうしてだろう。それはどこか、「産まれた」時の感覚と似ていた。



「助かって、よかったな」



心配したとでも言いたげな表情で私にそう言う彼は、いったい何者なのだろう。彼のその声に、表情に、胸が締め付けられるような感覚をおぼえる。その不思議な感覚に、わたしは体をぎゅうっと抱きしめた。

私は確かにいま、此処に存在している。




救われてしまった
(もう一度この世界に生れ落ちたわたしは、すべての苦しみを忘れることはできなかったけれど)






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