長期の任務を終えて、今しがた私は奥州へと戻った。
今回は危険な状況も多々あり、やっとのことで帰還したと言う感じだ。特に最後にくらった攻撃は致命的で大量に血が流れた所為なのか、何だか全身がフワフワする。瞼が重たくて今すぐ床につきたいぐらいだが、何よりもまず主(あるじ)への報告を済ませなくてはならないだろう。予定していた期間よりもだいぶ長引いたのだ、きっと気にかけてくださっているにちがいない。一刻も早く帰還を報告するのは私の義務だ。

丑三つ時で静まり返った城内へと入り、主の部屋を目指す。
もしも寝ていらしたら明朝のご報告にしようとの配慮で、気配は消して静寂に包まれた廊下を進んだ。忍なのだから本来は屋根裏を通って行くべきだが、以前主に「皆が寝静まった夜くらい普通に戸をあけて入ってきたらいいじゃねぇか」と苦笑されたのを思い出したのだ。たまには、こういうのも良いかもしれない。

スッと襖を開けて中の様子を伺う。真っ暗で行灯の明かりは灯されていないのを見て、既にお休みになられているのだと解釈した私は部屋を後にしようとした。
しかし、暗闇の先から掠れたような小さな主の声が聞こえた気がして奥の間へと歩みを進めてみる。

すると窓際、ちょうど月明かりの届かない位置に主の姿はあった。
何かを大事そうに抱え蹲っているが、暗さと私の立ち位置の所為でソレが何であるかは伺えない。

「殿。ただいま隠密任務よりなまえが戻りましてございます」

恭しく膝をつき主の背に向かい深く頭を下げ帰還を報告したものの何の反応もない。
いつもなら「遅ぇんだよ、くたばったかと思ったぜ」だとか「何らかの形でもっと早く連絡入れろ」だとか、叱咤のお言葉を交えて「良く戻った」とお声を掛けてくださるのに。

「殿?」
「……」
「筆頭」
「……」
「政宗様」

幾ら呼びかけようとも返事は愚か振り返っても下さらない。
大層、怒ってらっしゃるのだろうか。そういえば主の肩は小刻みに震えているようにも見える。
不安と焦燥感に駆られ、任務の長引きの連絡をしなかった自分を責めた。


「Shit…!!なんでだっ」


突然発せられた、主の押し殺したような怒鳴り声に私の肩はビクリと跳ねる。ああ、やっぱり。怒らせてしまったのだ、私が。


「なんでなんだ…なまえっ!!!」


震える声で呼ばれた私の名。
主の声は怒りというよりは寧ろ、痛みを堪えるような悲痛さを帯びていて、尚更状況が飲み込めない。思わず立ち上がり主の顔を覗き込もうと前へと回り込んだ。


「俺が作る平和な世をこの眼で見届けるまでは死なねぇって言ったのは、アンタじゃねぇかっ…!!」

「え……?」


聞き覚えのある言葉が耳に飛び込んできた(確かアレは私が主に誓った言葉だ)それと同時に私の瞳が捕らえたのは、


青白く血に塗れた私の屍と

それを抱えた
政宗、様



頭が混乱する。目の前のこの異様な光景を信じられるはずが、ない。


「政宗様政宗様政宗様!私は、なまえはここに居りますっ…!」


狂ったように主にかけ寄る。泣き叫んで縋りついた筈なのに…触れることも、できない。声なぞ届くはずもない。嗚呼嗚呼、何故、どうして。私は貴方の目の前にいるというのに、ただ泣き崩れることしかできないのだ。


「俺は…アンタを愛してた」


消え入りそうな擦れ声で呟かれたその言葉と共に冷たくなった私の屍に口づける主の様は、私の頬に涙を伝わすには充分すぎた。
重すぎる、尊すぎるのだ。愛してるだなんて、私などには許される筈もなかった言葉。神様は何処までも意地悪らしい。どうせならば死ぬ前に聞きたかったのに。



「わたくしも、ずっと貴方様を心からお慕い申し上げておりました。主に仕える忍としてでなく…」

「I love you、なまえ」

「ひとりの、おなごとして」




哭く無く亡く
(私には当然の報いなのかもしれない)





title by:落日




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