ひたひたひたひた。

氷のように冷たい廊下を裸足で歩く。雪の降りそうなくらい冷え込んだ秋の夜。目指すは城主の部屋。

ひたひた、ひた。

目的地に着いたところで、襖の前で少しだけ思案。普通に声をかけて入ったんじゃあつまらない。

ごほんと小さく咳払いをしてから、いつもとは異なる声音で女中のようなふりをしてみる。


「政宗様、」

「Hey,なまえ。その手にはもう引っかからねえぜ」


襖の向こう側から、私の言いかけた言葉を遮るように政宗がそう答える。どうやらバレバレだった様だ。さすがに前回と同じ手は通じなかった。

また何か新しいのを考えないとなあ、なんてちょっと悔しく思いながら私は襖をスッと開ける。

中にいた部屋の主へと目線を移せば、胡坐に肘をついたまま書物に読みふけっている最中だった。

行灯があるとはいえ、よくこんな薄暗いの中で字が読めるものだと感心してしまう。


「ねえ」

「………」


返事はない。こんな近距離で聞こえないはずなんかないのに、聞こえないふりだなんて馬鹿にしてるのかしら。それとも端から返事をする気がないのか。

ふう、と小さくため息をついてから私は、後ろ手に襖を閉めて部屋の中に足をすすめた。
そうしていつものように政宗の隣に腰を下ろして傍の火鉢に手を翳す。



「さむい」

「そりゃ、んな薄着で…その上裸足で俺の部屋までくりゃ寒くもなんだろうがよ」



政宗は、ちらりと一瞬だけ私の足元に視線をよこして呆れたようにそう言うとまた直ぐに書物へと視線を戻した。

なんだか態度がよそよそしい。思えば、近頃はいつもこんな感じだ。

ついこの前までは、夜遅くに私がこうやって訪ねてくると二人して大はしゃぎして他愛のない話に花を咲かせては夜更かしをして兄上によく叱られていたのが日常だったというのに。



「つめたいなあ」

「もう直ぐ冬なんだ当たり前だろ」

「え、何言ってんの?」

「Ah?廊下の話じゃねえのか」

「ちがうよ、政宗が」

「Ha,coolだろ?」

「くーるって、態度が冷たいって意味なの?」

「いや、もういい…。つーか、帰れ」

「やだ」



一方的に帰れだなんて言われて言われたとおりに帰るなんて真っ平ご免よ。
即答した私を見据えてから深めに溜息をついた政宗は、少しイラついたような口調で言った。



「…あのなあ、そもそもこんな時間に男の部屋に来てんじゃねえよ」



いったい、何だって言うんだ急に…。
いつも私が政宗の部屋を訪れるのはだいたいこんな時間だし、今までにそんな台詞を聞いた記憶は一度もないのだ。
意味がわからない、と政宗を見やれば…ばつが悪そうな面持ちで視線を逸らし頭をガシガシと掻いてみせる。
暫くの沈黙に、火鉢の音がパチパチと大きく聞こえた。



「梵の馬鹿」

「な!てめっ!梵って呼ぶんじゃねえ!」



説教じみた口調で御託を並べられたことが気に入らないから、仕返し。
久しぶりに呼ばれた幼名にすかさず反応し反論する政宗。うん、相変わらずいい反応だ。



「あんたなんか梵で十分よ!いいもん、政宗の部屋が駄目なら成実のとこ行くから」

「なんでそうなんだよ、そんなのもっと駄目だ!」

「いいじゃない、私の勝手よ」

「shit…!なら、好きにしろ」

「え?」

「そんなに居たいってんなら、好きなだけ此処に居りゃいいだろって言ってんだ」

「いいの?」

「成実のとこに行かれるよりは、マシだ」



不貞腐れたようにそういうと、また書物に視線を戻す政宗。
よくわからない彼の態度を不思議に思った私は、火鉢の炭をつつくふりをしてその横顔を眺めてみた。

心なしか眉間にしわが寄ったまま、先程と同様に胡坐に肘を突いて、手のひらは額にあてられてる。
ゆらり揺れる行灯の火にあわせ彼の影もゆがんでみせる。薄暗い中に照らし出された横顔は妙に色っぽい。

幼馴染ながら、思わず見惚れてしまいそうになるその姿。


(いや…ないない!ないって、梵に見惚れるとか…!ああもう、何言っちゃってんの本当…。だめだめ、雰囲気に流されるな私!何処まで行こうとあれは梵よ!それ以上でもそれ以下でもない、ハズ…!)


自分の思考にハッとして、今の言葉を掻き消すようにして思わず頭を左右に振った。よし、なにか他のこと考えよう。



そういえば、さっきの不思議な言動といい態度といい…政宗は最近どうしたと言うんだろう?

何か妙に余所余所しいし、目線あわせようとしない。嫌われた、って訳でもなさそうだけど…普通じゃないのは確かだよね。


「ねえ、兄上と喧嘩でもしたの?」

「小十郎と喧嘩?・・・いや、覚えがねえな」



不意に思いついた“政宗が余所余所しいのは兄上と喧嘩したからだ”という私の仮説はどうやら見当違だったようだ。
突拍子もなく己に投げかけられた問いかけを不思議に思ったのか、政宗は書物を閉じて怪訝な顔で私を見た。

兄上と喧嘩したんじゃないとしたら・・・なんだ?兄上・・・ん?兄上?



「あっ!そういえば!!」

「What?さっきから何なんだ」



ひと月ほど前に兄上が言っていた『あの話』を思い出した私は思わず声をあげる。

政宗は一向に見えてこない話に少しイラついたように問いただすが、私から言わせて貰うと“さっきから何なんだ”はこっちの台詞だ。
だが、『あの話』を思い出した私にとってそんなことはどうでも良い。向かうところ敵なし、だ!
そんな訳で政宗の疑問をさらりと無視して、兄上に言われたソレを早速に実行に移すことにする。

私はおもむろに立ち上がると、行灯の炎を消した。
光源を失ったことで真っ暗になった視界に、政宗は抗議の声をあげる。


「おい、何勝手に消して」


しかしその後、彼の予想を超えた私の行動によって抗議は中断せざるを得ない。
まず暗闇の中を背後に回り、両脇の間に腕を滑り込ませ腕を曲げ、そのままぎゅっと力をこめる。
いわゆる後ろから抱きつくという感じだ。
暗闇の中、突然に後ろから現れた私の感触に政宗が一瞬身体を強張らせるのが伝わってくる。



「なにしてやがんだ、なまえ」



困惑したような苛ついたような少しかすれた声で低く問いかけられる。
私の心臓はドキドキ煩くて政宗にも聞こえてしまうんじゃなかろうかという勢いだ。
正直言って今すぐ逃げ出したいが、兄上いわくここから先が正念場らしい。さあ、腹をくくって兄上直伝のトドメの台詞を言わなければ・・・。
私は意を決し大きく息を吸うと、政宗に回した腕に改めてぎゅっと力をこめる。



「政宗の、好きにしてくれて・・・良いんだよ?」

「Ha!言うようになったじゃねえか、どうなっても知らねえぜ?」



兄上の言われた通り行動し、兄上に叩き込まれた台詞を言い終えたところで・・・今までどこか余所余所しく冷たかった政宗の態度は一変(やっぱり兄上は凄い!)

と、そこまでは良かったのだが・・・なんと、こともあろうに政宗はそのまま勢い良く私を組み敷いたのだ。

そして抵抗する間もないままに荒々しく唇をうばわれ、有無を言わさず舌が口内に侵入してくる。



「んっ・・・!なっ、何するのよ!!」

「Ah?何するだと?自分から誘っといて何言ってやがんだ」



組み敷かれた状態のままに上から覗き込まれ、視界は政宗で一杯。
口の端についたどちらのものとも判らない唾液をペロリと舐めとる仕草が妙に色っぽくて、眩暈がした。
それでもクラクラする意識の中で私はなんとか言い訳をする。何故なら、私はただ兄上に言われたまま、“なまえに対する政宗様の態度が余所余所しくなった時の対処法”と称して叩き込まれたソレを忠実に実行しただけなのだ。
こんな危険なオプションが付くだなんて話は聞いてない。

どうにかこうにか一通りの事情を説明し終えた私を見て、政宗は意地の悪い笑みを浮かべた。

ああ・・・嫌な予感がする。



「Okay okay,なまえの言い分は良くわかった」

「ほ、本当に!?」

「ああ、だがな・・・実際にそれを行動に移したのは、お前自身の意思だ。You see?」

「っ!」

「そういう訳で、覚悟はできてんだろうな」

「ちょ!ま、まって!」

「待ったなんて野暮はナシだぜ、honey」



最終的に耳元で甘く囁かれたその台詞に酔いしれて、抵抗なんて出来なくなったのが私の運の尽き。








オーダーメイド
HONEY

(Ha,さすがは小十郎だな)
(兄上の馬鹿ぁー!!)






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